11 エージェント・ゲオルグ
不意に宇宙船のハッチが開き、大勢の人間がブリッジに乗り込んできた。
「準備完了しました。エージェント・ゲオルグ」
先頭にいた男が姿勢を正し、野太い声でゲオルグに呼びかける。
その男を含めて全員が長柄の銃を下げ、鎧のような装甲を身にまとっており、難民を案内していたスタッフとは明らかに雰囲気が違っていた。
あの鎧も地球で見たことがある。たしか、レジスタンスでも一部の人間が身に着けていた、パワードスーツとかいう代物だ。
「よし。総員、作業にかかれ」
乗り込んできた者たちはゲオルグの指示のもと、統制の取れた動きで、あっという間にブリッジのメインコンピュータからスリサズを切り離し、なにかカプセルのような透明な容器に収納してしまった。
「ス……スリサズを……奪う気か……」
「返してもらうと言っただろう。これは元々、地球のものだ」
ゲオルグの腕輪が妖しく輝くと、押さえ付けていた重力がさらに増した。
俺は膝立ちの姿勢では体を支えられず、地面に腹這いになり、もはや指一本動かすこともできなかった。
「宇宙管理局は異星人の難民を保護して回ってはいるが、僕はどんな人や物でも、あるべき場所にあるのが物事の正しい姿だと思っているんでね。君とそこのダーク・ゾーンの魔物は、帰る惑星も分かっていることだし、この辺で退場していただこうか」
全身の骨がきしむ感覚。
このままでは、この見えないおもりに潰されてしまう。
「よせ、エージェント・ゲオルグ。さすがの彼でも死んでしまうぞ」
フィノが肩を掴んで制止すると、ゲオルグはようやく重力を解除した。
「ぐっ……げほっ!ごほっ!」
圧迫されていた肺から空気がしぼり出すように、俺は大きく咳き込んだ。
飛散した唾液の中に、わずかに血が混じっている。
「これがSSSです。ご確認ください」
パワードスーツの男がスリサズの入ったカプセルを手渡す。
「ほう、こんな虫みたいなものに人類の英知が詰まっているとはね」
「……けっ、自分たちで追放しておいて、また地球に戻そうとは勝手な奴らだな」
俺は息を切らしながら精一杯、毒づいた。
全身を圧迫されたことで、重力を解除された後も身体の自由が利かない。
「その点については僕も耳が痛いよ。レジスタンスは所詮、圧政に耐えかねて暴発しただけの凡人の集団だ。理解を越えたものに対しては考えなしに排除してしまう。だが……」
ゲオルグは一拍置いて続けた。
「宇宙管理局がこれまでに発見、発明した宇宙の技術をもってすれば、SSSの制御は十分に可能だ。地球の科学者の手に負えないのなら、我々が引き取って役立ててみせるさ」
「俺が地球にいた時も、偉い奴らはそんなことを言ってスリサズを暴走させてたぜ」
「少しばかり滞在したぐらいで地球を理解したつもりかな?」
これ以上話すことはないとばかりに、ゲオルグは背を向けて立ち去ろうとする。
――今だ。
視線が外れたのを見て、俺は転がっていた高周波ブレードを手に取り、無防備な背中に向けて振りかぶった。
「“バインド”!」
ゲオルグとは別方向から声が聞こえ、振り上げた俺の腕は見えない何かに絡めとられた。
「う……これは、まさか!?」
「悪いけど言うことを聞いてくれるかな。ジョン」
振り向くと、フィノが俺に向けて例の腕輪をかざしていた。
攻撃を止められた隙を突いて、数人の男が再びこちらを地面に押さえ付け、頭に銃を突きつける。
「わわッ! ま、待て! 我は関係ないというかむしろ我も被害者というかそもそもこやつとは会ったばかりで名前すら知らんというか!」
同じく銃を突き付けられたマルが両手を上げ、下手な嘘を交えてもの凄い早口で弁明している。
「フィノ! 裏切る気か!」
「裏切る? 私は元々こっち側の人間だよ。君たちとは成り行きで協力し合ってただけの腐れ縁。君も分かってるはずだ」
フィノが俺を見下ろしながら冷たく言い放つ。
「でも悲観することはない。宇宙管理局はなにも悪党じゃないんだ。君とマルは故郷の星に強制送還されるだろうが、おとなしくしていれば殺されたりはしない。難民のみんなも丁重に扱われるはずだ。これで全部解決だろ?」
「フィノ! 待て!」
取り押さえられている俺たちを横目に、フィノはゲオルグの後について宇宙船を去っていった。
◆
私、マーガレット・フィノメールはゲオルグと共に、都市部へ続く回廊を歩いていた。
二人分の足音がカツカツと飾り気のない白い廊下に響く。
「さっきは助かったよ、エージェント・フィノメール。きつめに重力をかけたのに、あんなに早く動けるようになるとはね。とにかく戻ってきてくれて僕も嬉しい」
「ここに長官はいないのか?」
「さあ、長期出張とは聞いているがどこに行っているのやら」
「ああそう、まあいつものことだね。溜まりに溜まった超過勤務手当の申請を出したかったんだけど」
「ハハハ、それなら僕の権限でやっておいてあげるよ」
「ところで、SSSの回収については私も初めて聞いたんだけど、それも長官命令なのか?」
「いや、とある出資者からの要望でね。我々としても有益だからお応えすることにしたのさ」
「出資者ね……ふ~ん……なるほど」
「休暇を取る前にもう一仕事してもらえるかな。回収したSSSは安全な場所に保管しなければならないんだが、その責任者になってほしい。君はSSSとは長く過ごしているし、他の者より理解が深いと思うんだ」
「そんなことでよければ喜んで。あ、超過勤務には追加しておいてくれよ」
「相変わらずしっかりしてるね。それじゃあ頼んだよ」
そう言うとゲオルグは私と別れ、自分の執務室に入っていった。
「出資者ね……ふ~ん……なるほど」
私はゲオルグに言った言葉をもう一度反すうした。
長官から受けた、もう一つの任務もここで果たせるかもしれない。
「さて……お互いしばらくおとなしくしててくれよ。こっちの仕事が終わるまでね」




