10 航宙都市艦フェルディナント
「たたた大変だ! 船が攻撃を受けておるぞ!」
入口のドアを壊す勢いでマルがブリッジに飛び込んできた。
ワームの体液は綺麗に洗い流されたらしく、全身が不自然にツヤツヤしている。
「……攻撃?」
その言葉を受けて辺りを見回すが、宇宙船に変わった様子はない。
「なにをぼんやりしておるのだ! こここんなに船が揺れておるではないか!」
マルは一人で叫びながら千鳥足でそこら中の壁や床にガンガンと体を打ちつけている。
はたから見たらかなり危ない奴だ。
【振動計に異常はありません】
「目を回してるだけじゃないのか?」
「ああ、洗濯機に入ってたからね」
ゴキンッ――。
「……きゅぅ」
ひとしきりブリッジ内を転がりまわった後、無造作に置いてあったコンテナの角に頭をぶつけ、嫌な音を立ててまた倒れる。
「――はッ!? 我は一体なにを」
「相変わらず頑丈な奴だな」
ほんの数秒で起き上がったマルを見て、俺は呆れ気味に言った。
むしろぶつけたショックで正気に戻ったようだ。
「大丈夫だよ。攻撃の心配はない」
フィノはそう言うと通信機に近づき、備え付けのヘッドセットを頭に装着する。
「こちらは宇宙管理局のマーガレット・フィノメールだ。わけあって異星人の宇宙船で銀河を漂流している。救助を頼みたい」
『エージェント・フィノメール? なぜ君がそんなところに?』
「話すと長くなるんでね。ひとまず光学迷彩を解いて収容してほしいな。難民も数十人乗せてるんだ」
『ちょっと待て。今確認をとる』
相手の声の主が言うと、一旦通信が切れる。
「あいつらは何者だ? お前の仲間なのか?」
静かになった船内で、俺はフィノに尋ねた。
「かつて地球が戦争や環境汚染、エネルギー資源の枯渇で危機に陥った時、その状況を打破しようと様々なプロジェクトが立案された。その内の一つはジョンも知っての通り、驚異の演算能力を持ったスーパーAIに地球を管理、再生させることだ」
「スリサズのことだな? ……失敗したみたいだが」
【失敗ではありません。愚かな人類が望む形にならなかっただけです】
「ま、そっちの成否は置いといて、いくら完璧にコントロールしようとも地球の資源は所詮限られている。そこで私の所属する組織ではもう一つのプロジェクトが極秘裏に進行していた」
フィノが言い終わると同時に宇宙船の正面、メインカメラに映る何も無い空間が歪む。
歪みは徐々に物体を形づくり、やがてそれは巨大な円筒形の姿を俺たちの前に現した。
「な、なんだあれは……?」
一言で表すならば、バカでかいガラス瓶といったところだろうか。
俺たちの宇宙船の何倍、いや何十倍も巨大な半透明の容器の中に、地球で見たような建物や草木、海のようなものまでが透けて見えている。
あの中に街が一つ、すっぽりと入っているのだ。
「地球を脱出し、宇宙空間に人工の居住地を作る。いわゆるスペースコロニー計画さ」
『エージェント・フィノメール、そちらの要請は受諾された。指定のドックに宇宙船を移動させろ』
再び通信が入り、声の主の淡々とした声が宇宙船内に響き渡った。
◆
「航宙都市艦“フェルディナント”はスペースコロニー計画の試験モデルだ。現在の人口はおよそ4000人。大半が異星人の難民で構成されている」
通信の主に指示されたドックに移動しながら、フィノがこの巨大な宇宙船について説明を始めた。
「地球人はいないのか?」
「いるけどほとんどが宇宙管理局の関係者だ。地球ではまだ異星人の存在すら公ではないからね。宇宙を回って移住先を探すかたわら、難民を保護して社会実験に協力してもらっている」
「実験……?」
聞き捨てならない単語に、俺は眉をしかめる。
「おっと、変な想像しないでくれよ。危険な薬を飲ませたり、頭を切開して脳みそかき回したりするわけじゃない。普通に生活してもらうだけさ。難民の衣食住を保障する代わりに彼らの生活を記録し、いざ地球人が移住しようって時に備えて問題点を洗い出しておこうというわけだ」
「ニューラたちもそれに付き合わされるのか?」
「ここで生活していくならね。まあジェンセン博士のお仲間だ。無下にはされないと思うよ」
【ドックに到着しました。ハッチを開放します】
俺とフィノの話に割り込む形で、スリサズが到着を告げる。
宇宙船の窓から外の景色を見ると、複雑な機械が立ち並び、工具を持った作業員が忙しなく動き回っている。
どうやら、宇宙船の格納庫のようだ。
『まずはフィノメールが一人で出て来るんだ。他の船員はそのまま待機。エージェントといえども特別扱いはできない』
「はいはい分かってますよ」
外に出ていくフィノの背中を眺めていると、その向こうに男が立っているのが見えた。
「フィノメール! 本当に君だったのか!」
「疑われてたのか? ひどいな、エージェント・ゲオルグ」
「艦のセキュリティ上仕方なかった。僕も本意じゃない」
年齢はフィノより少し若いぐらいだろうか。鼻の高い端正な顔立ちの男だった。
短くセットされた金髪に、黒い上下の服――地球でよく見かけたスーツだか背広だかいう服装をしている。
「本人確認が取れたところで、みんなも外に出していいかな?」
フィノは親指を立て、宇宙船の中から覗いている俺たちに向けた。
「よし、一人づつ降ろしてくれ。武器や危険物と分かるものは中に置いて出るんだ。問題がなければ後で返却する」
俺たちはゲオルグという男の指示通り、順番に宇宙船の外へ出ていく。
「なるほど、難民というのもたしかなようだ」
一様に粗末な襤褸を羽織っている砂漠の民を見て、ゲオルグはそう呟いた。
「みなワシの家族じゃ。どうか助けてもらいたい」
「あなたが代表者か?」
「ゲオルグ、彼はジェンセン博士だ」
「ダーク・ゾーン研究の? ……ふむ、地球人の難民とは珍しいと思ったが」
ゲオルグは軽く頷くと、自身に視線を向ける他の難民に向き直った。
「みなさん。私はシューマン・ゲオルグ。この艦の艦長であり市長でもあります。ここまで辛い旅をされてきたと思いますが、この艦にいる限り、みなさんが安全で快適な生活が送れることをお約束します。もちろん一定のルールには従っていただきますが、決して何かを強制したり自由を脅かすものではありません。手続きをすれば学校に行くことや仕事に就くこともできます。みなさんがこの艦の一員となり、共に発展していけることを心から歓迎致します。ようこそ“フェルディナント”へ」
砂漠の星から脱出してからも不安そうにしていた難民の中から、安堵や喜びの声がところどころで上がる。
「艦長に市長だって? 若そうなのに大したもんだな」
俺は小声でフィノに話しかけた。
「ゲオルグは私より年下だ。あいつは要領がいいんだよ」
「ふーん」
「『お前より若い奴が艦長だの市長だのになってるのにお前には何の役職もないんだな』とでも言いたそうな目だね」
「被害妄想だ、それは」
……まったく思わなかったと言えば嘘だが。
「これからみなさんには簡単な検査を受けていただきます。スタッフに従って移動してください。検査が済めば晴れてみなさんは我が都市艦の市民となります」
ゲオルグと交代する形で医者らしき白衣を着た人間が現れると、難民を先導しどこかへ歩いて行く。
「お前さんたちには本当に世話になった。あらためて礼を言わせてくれ」
「ありがとな。へ……おっさん!」
医者の後ろに列を作った難民たちが動き出す直前、ジェンセンとニューラに声をかけられた。
ニューラはまた妙なことを口走りそうになったようだが、ちゃんと礼を言ったことに免じて見逃してやろう。
「さて、君たちは残ってくれないか。少し話がしたい」
◆
格納庫を立ち去る難民たちを見送った後、ゲオルグに呼び止められた俺たちは一度宇宙船のブリッジに戻った。
「フィノメールから聞いたよ。彼女や難民を守ってくれたそうだね。僕からも協力に感謝する」
「俺たちも途方に暮れていたところだ。あんたたちが来てくれなきゃどうなっていたことか」
「さっきも名乗ったと思うけど、宇宙管理局のエージェント・ゲオルグだ。よろしく」
目の前に右手が差し出される。
「……」
「君の惑星には握手の習慣はなかったかな?」
「ああ、いや」
ここまでの旅で疲労が溜まっているのか、仕草の意味がとっさに理解できず硬直してしまっていた。
気を取り直してゲオルグの右手を握り返す。
「ところで、フィノメールの報告以外にも君のことは色々と調べさせてもらっているんだ。レジスタンスの超人兵士、ジョン・ドウのこともね」
「……なに?」
ゲオルグは俺の手を硬く握り、張り付いたような笑顔のまま言った。
一瞬、黒いスーツの袖に隠れた手首が見える。
そこには、フィノが着けていた物と同じブレスレットが装着されていた。
「“重力”」
ズゥン――ッ!
全身に押し潰されるような圧力を感じ、俺はゲオルグの手を握ったまま膝をついた。
「ぐっ……こ、これは……!」
「SSSを返してもらおうか。異星の原始人くん」




