09 今後の方針
どこまでも広がる漆黒の闇の中に、ひとつの星が見える。
「本当にあんな所にいたんだな」
ここは宇宙船のブリッジの中。
すでに豆粒ぐらいの大きさまで遠ざかった砂漠の星を見て、俺は独りごちた。
「宇宙から星を見るのは初めてかい?」
フィノがブリッジに入ってくる。
手にはコーヒーか紅茶か、何か湯気の立った飲み物を持っていた。
「今までゆっくり見てる暇なんかなかったからな。マルは大丈夫か?」
「途中でお掃除ロボットにひったくられたよ」
「またゴミに間違えられたのか」
マルは砂漠での戦いの後、ワームの腹の中から脱出するのに力を使い果たしたのか、またも人間形態に戻り「お前ら覚えておれよ……グフッ」などと恨み節を吐きながら気を失った。
【清掃用ドローンのプログラムを修正したのでその点は問題ありません。巨大ワームの体液でドロドロに汚れていたので洗浄室に連れて行ったはずです】
「洗浄室ってシャワー室のこと?」
【ドラム式で乾燥機付きです】
「洗濯機じゃねーか」
その内またドラゴンに戻った時、怒りの矛先が俺たちに向かってこないか心配になる。
危機を脱したのはあいつの手柄なのだからもう少し労わってやってもいいと思うのだが、逆にあいつが色々とひどい目に遭ったおかげで危機を脱せたのだとも言える。複雑な心境だ。
「皆もやっと落ち着いたようじゃ」
続いてブリッジに入って来たのはジェンセンだ。
集落にいた住民の中には今だに状況がよく分かっていない者もいるが、パニックを起こさないようにジェンセンとニューラがうまくまとめてくれている。
「それにしても、宇宙船のコアがあの悪名高きSSSとはな。仲間にダーク・ゾーンの魔物がおることといい、お前さんたち実に興味深い」
「スリサズを知ってるのか?」
「地球の人間で知らん者はおるまいよ」
【私もあなたの情報はデータベースに入っています。ロナルド・ジェンセン博士。考古学や民俗学を専攻していましたが、ダーク・ゾーンの理論を発見したことで宇宙科学の分野に転向。一時はレジスタンスにも協力し研究内容を提供していましたね】
「あんたがレジスタンスに?」
「昔は研究費用を稼ぐためになんでもやったもんじゃ。奴らの理念に賛同していたわけではない」
「ダーク・ゾーンの存在は当時は眉唾もので質の悪いオカルトだと思われていた。ジェンセン博士がある発明をするまではね」
フィノが会話に割り込む。
「発明って?」
「ダーク・ゾーンの門は魔物が集まる惑星から別の惑星を繋ぐ。何かと似ていると思わないか?」
思わせぶりなことを言うフィノだが、俺には想像がつかない。
「君も一度は体験してるはずだけどね。地球に行ってまた別の星に飛ばされたみたいだから二度になるのかな?」
「――亜空間転送装置か!」
驚いた。そんなところに話が繋がるとは。
地球にいたスリサズを俺の星に追放し、また俺を地球に送った亜空間転送装置。
さらにはアダムを俺の星に転送し、魔王になるきっかけを作った、ある意味すべての元凶とも言える機械だ。
「ワシの知らぬ間に実用化されておったのか。最終試験は失敗だったはずじゃが」
「最終試験? アダムがそんなことを言っていたな」
「アダムを知っておるのか。あの試験に使用した装置が暴走し、ワシと奴は宇宙のどこかへランダムに飛ばされた。あやつは周囲に敵を作るタイプじゃったからな。恨んでいた連中がそうなるように仕組んだのじゃろう。ワシはその巻き添えになったのじゃ」
装置の暴走、これもアダムから聞いた話と同じだ。
そのせいでジェンセンはあの砂漠の星へ、アダムは俺のいた星に転送されたということか。
【では博士。早速この宇宙船で地球へ帰還しましょう】
「駄目だ。お前を地球に帰すわけにはいかん」
さり気なく話を誘導しようとするスリサズを制止する。
こいつは今でも隙あらば地球に帰るつもりでいるらしい。
「ジョン。異星人でありながら地球の混乱を防ごうとする君の姿勢は立派だと思うよ。けれどいつまでもそう言ってられないかもしれない」
フィノが間に入り、諭すような口調で言う。
「どういうことだ?」
「まあ色々と心配事はあるけど、たとえば宇宙船に積まれた水や食料には限りがある。仲良く餓死するなんてことになったら、せっかく助け出した難民にも申し訳が立たないだろ?」
「……そうなのか?」
【我々だけなら数ヶ月は問題ない備蓄量でしたが、急に人数が十倍に増えたので二週間程度で枯渇する見込みになりました】
それはたしかにまずい。
しかしだからといって地球に戻ることを認めるわけにもいかない。
「他の星に降りて食料を探したらどうだ?」
「現実的じゃないね。宇宙管理局はこれまで多くの惑星を発見してきたが、ほとんどは単一の砂や岩石で構成されている星ばかりなんだ。動物はおろか、水や草木がある星を探すだけでも何百に一つ。君たちみたいに文明が発達してる惑星ならなおさら超レアケースなんだよ。宇宙の広さを考えたらそりゃあ探せばいくらでも見つかるだろうけど、その前にまた宇宙船の燃料が尽きるか、私たちの体力が尽きるかだと思うね」
「う……そ、そうか」
「助けられておいて言うのもなんだが、SSSが地球で何をしでかしてきたかはワシもよく知っておる。せっかく追放に成功したのであれば無闇に帰還させるのはやめておいた方が良いのではないかな」
早口でまくし立てるフィノに、その手の知識の乏しい俺はたじろぐことしかできなかったが、意外なことに当のジェンセンから助け船が入った。
「ニューラや他の者は地球人ではないし、ワシも今さら郷愁を覚える歳ではない。まともな生活が送れるならどんな星に降ろしてくれても構わんよ」
「しかし博士、その降ろせる星が見つかるかどうかも分からないんですよ?」
「俺の星に連れて行くのはどうだ? そうすれば俺もある程度は顔が利く」
「ダーク・ゾーンの魔物が日常的にうろついてるような星にかい?」
「たしかに治安がいいとは言えんが……砂漠よりはマシだろ」
「ほー、お前さんの星はそんな所なのか。ダーク・ゾーンの研究をするには良いかもしれんが、皆が納得するかは怪しいな。砂漠で暮らしていた間は、あいつらにずいぶんとやられたもんだからのう」
「難民の誰かの星はどうですか? たとえばニューラの故郷とか」
「あの砂漠に流れ着いた者の中で科学者はワシ以外におらん。自分の故郷の星は知っておっても、そこに行くまでのワープ座標まで知る者は一人もおるまい」
【では前回と同様にランダムにワープ航法を行いましょうか】
「お前は黙ってろ」
駄目だ、いくら話してもまとまりそうにない。
結局のところスリサズの行ったことがある星、要は地球か俺の故郷の星かという二択にしかならないのだが、どちらも宇宙人の難民を連れて行くには問題がある。
ビーッ――! ビーッ――!
今後の方針が決まらないまま、しばらく誰も言葉を発さなくなったその時、どこかから耳障りな警報音がブリッジに響き渡った。
「なんだ? この音は」
【通信回線の着信です。何者かが通信を呼びかけています】
「通信だって? 一体どこから……こ、この周波数は!」
宇宙船のパネルに表示された数字を見て、フィノが慌てた様子で通信機に駆け寄る。
「どうしたフィノ? 何か知ってるのか?」
「ふっふっふ……、どうやら今後の方針が向こうからやってきてくれたみたいだよ」
【通信回線を開きます】
スリサズの言葉と共に警報音が収まり、スピーカーからノイズ混じりの声が聞こえてきた。
『そこの宇宙船。こちら航宙都市艦“フェルディナント”。敵対の意志がなければ応答せよ。繰り返す、こちらは地球の宇宙管理局所属、航宙都市艦“フェルディナント”だ。地球の言語は理解できるか? 敵対の意志がなければ応答せよ』




