07 サンドワーム
上空に現れた黒い渦は、俺たちを見下ろすように地上に向かって開かれていた。
渦の中心は一点の光も見えない完全な暗闇だが、その奥で何かがうごめくような気配を感じる。
「おお……あれぞまさしくダーク・ゾーンの門。しかしあんな巨大なものは初めて見たな」
いつの間にか長老が建物の外に出て、俺たちと同じように渦を見上げていた。
「おいジイさん。危ないから建物に隠れてろ」
「いや、あそこから出てくるものを想像すれば、このボロ家では用を成すまい」
「……長老。あなたはもしやジェンセン博士ではないですか?」
フィノが聞いたことのない名前を口にする。
「ほう、懐かしい名で呼ばれたものじゃな。お前さんたち、地球人か?」
「俺は違うけどな」
「ジョン。ジェンセン博士はダーク・ゾーン研究の第一人者なんだ。SSSとレジスタンスの戦争に巻き込まれ行方不明だと聞いていたんだが、こんな所におられたとは」
「元々は神話や伝説上の生き物のルーツを調査しておったのだが、まさかワシも宇宙に出ることになるとは思いもせんかったな。ホッホッ」
過去を懐かしむように笑うジェンセン。
興味深い話ではあるが、しかし今はそれどころではない。
「それより詳しいなら教えてくれ。あの渦の中から何が出てくる?」
「そこまでは出てくるまで分からん。しかし、ゴブリンが現れる時に同じ門を見たことがあるが、穴の大きさはゴブリンと同じぐらいじゃった。だがあれはどうじゃ?」
空に開いた黒い渦はさらに広がり、この辺りの家一軒は入りそうなほどになっていた。
それだけでかい通り道が必要な奴が出てくる、ということか。
「見ろ! 穴の中に何かいるぞ!」
「グロロロロ――――……」
門から徐々に長い物体がズルズルと這い出すように姿を現す。
それは蛇のようなミミズのような、巨大なワーム型のモンスターだった。
目は見当たらず、頭のほとんどを占めるぽっかりと開いた口には、細かく尖った歯がびっしりと奥まで敷き詰められている。
飲み込んだ獲物はあれですり潰されるというわけだ。
「グロォッ!」
空からロープを垂らすようにゆっくりと降下していた巨大ワームだったが、俺たちを見つけるや否やその巨体が突然しなり、俺たちに飛びかかって来た。
「くっ!」
俺は体当たりするようにジェンセンを庇い、その場から飛び退く。
ワームは地面に激突すると、その勢いのまま砂中に潜り、姿を消した。
「下から攻撃してくる気か!」
ゴゴゴゴゴ――――…………
ワームが地中を移動している余波なのか、地震のように辺りが揺れる。
これではどこから飛び出してくるか分からない。
「見ろ! 建物が沈んでいく!」
フィノが近くの民家を指さす。
その方向に視線をやると、金属板の壁がバキバキと音を立て、折りたたまれながら地中に飲み込まれていくのが見えた。
建物が完全に視界から消えようとした瞬間、そこに入れ替わるように地面からワームが頭を突き出す。
ワームの頭部は真っ直ぐに天を仰ぎ、飲み込んだ物を咀嚼するように小刻みに動いていた。
「くらえ!」
俺は無防備な頭部の側面に高周波ブレードを突き立てる。
ワームは硬質の皮膚に覆われているようだったが、刃は大した抵抗もなく根本まで突き刺さった。
地球から持ってきた甲斐があったというものだ。
「グロォォォッ!!」
痛みを感じているのかワームが頭部を激しく揺らし、俺を弾き飛ばした。
その拍子に突き刺した剣がすっぽ抜け、傷口からは緑色の体液が噴き出す。
「ちぃっ!」
態勢を立て直し再び斬りかかろうとするも、ワームは砂に頭を突っ込み、地中に逃げていった。
頭を刺してやったが、まだまだ元気そうだ。
あの巨体では、深く斬りつけても内臓や器官に達することはできないのかもしれない。
「ギャアァァッ――!!」
攻撃を中止し、静観していたゴブリンの一団が悲鳴のような鳴き声をあげた。
民家の陥没に巻き込まれ、ゴブリンも砂中に次々と飲み込まれていく。
「こいつ、見境なしか?」
「モンスター同士、連携がとれているわけじゃなさそうだね」
中途半端に傷を付けたせいで、かえって狂暴化してしまったのだろうか。
先ほどよりも遥かに早いペースで、集落中の建物やゴブリンが見る見る内にワームに飲まれ消えていった。
「みんな、家から出て高い場所に逃げるんじゃ! 一緒に食われるぞ!」
ジェンセンが付近の家々に向かって叫ぶと、住民たちは隠れていた民家から這い出し、散り散りになって逃げていく。
建物から出たところをゴブリンに襲われる危険はあったが、幸い、奴らもワームの巻き添えを恐れて同じように逃げ惑っていた。
「助けてくれえッ!!」
少し離れた所で、男の叫び声が聞こえた。
声のした方を向くと、住民の一人が崩れる建物の屋根に必死にしがみついているのが見えた。
運悪く外に出る前に建物がワームの標的にされてしまったようだ。
「おい! そっちに行くから我慢してろ!」
「む、無理だ! 握力が……うわあぁッ!!」
地面が大きく揺れ、男はその衝撃でしがみついていた手を放してしまった。
すぐ真下には、ワームが大口を開けて獲物を待ち構えている。
助けに行こうにも距離が離れすぎていた。
「ああああぁぁぁぁッ!! ――――――――…………あ、あれ?」
ワームの口に入る直前、男の落下が突然止まり、空中で静止した。
目を凝らすと、男を包み込むように円筒形の光が上空から降り注いでいる。
「……なんだ?」
男は光に包まれたまま、今度は逆再生するように空に昇っていく。
それを目で追っていくと、上空に巨大な円盤が浮遊しているのが見えた。
俺たちが不時着した宇宙船だ。
【お待たせしました。これより住民の回収を行います】
スリサズの声が聞こえると共に、左目の義眼が宇宙船のブリッジを映し出した。




