06 ダーク・ゾーン
「どうした! もっとかかってこい!」
俺は何十匹目かのゴブリンを斬り伏せながら、遠巻きにこちらを見ている群れに向かって吠える。
蛮刀で武装しようが、銃を持ったゴブリンを相手にしたこともある俺にすれば、どれだけ集まろうと物の数ではない。
それよりも厄介なのは、群れが散開して他の住民を襲い始めることだ。
戦う力を持たない人間を守りながら戦うぐらいなら、俺一人を集中して狙わせた方が遥かにやりやすい。
「ギギ……」
民家の屋根に上っている一部のゴブリンが低くうなる。
なぜ人間一人にここまで手こずっているのだ、とでも言いたげな苛立った声に聞こえた。
「お前らも参戦したらどうだ? 全員で来なきゃ俺は殺せないぞ」
「ギ」
ジャキンッ――。
うなっていたその一匹が、背中から新たな武器を取り出した。
小柄な自分の背丈と同じぐらいはありそうな大振りのクロスボウ。
屋根の上の他のゴブリンも同じ武器を取り出し、俺に照準を合わせる。
たしかに参戦して来たが……これは聞いてないぞ。
「ギャアアッ――――!」
号令らしき甲高い鳴き声と共に一斉にクロスボウが発射された。
「ちっ!」
飛び交う矢を剣で弾き飛ばしながら俺は転がるように回避する。
銃ほどではないにしろ剣一本で飛び道具を相手にするのはやはり骨が折れる。
「シャアッ!」
蛮刀を担いだ地上のゴブリンもここぞとばかりに活気づき、こちらに突進してくる。
今まで調子に乗って挑発していた俺も、防戦に回らざるを得なかった。
注意を引きつけるのは成功しているようだが……
「ゲェッ……!」
「ん……?」
屋根の上でクロスボウを構えていたゴブリンが数匹、ぐらりと横倒しになった。
見ると、頭になにか刺さっている。
「よう、あんた強いんだな。変態のくせに」
「ニューラ?」
ゴブリンの頭に刺さっていたのは釘だった。
ニューラが物陰から釘打ち銃でゴブリンを撃ったのだ。
「武器は取り上げたはずだが?」
「私が返したんだ。緊急事態だからね」
ニューラの後ろから、続いてフィノが現れる。
「早かったな。住民は無事か?」
「見回った限りはね。みんな家に鍵をかけて閉じこもってるようだ。モンスターが集落を包囲していて宇宙船までは連れて行けそうにない」
「そうか……っと!」
とっさに飛び退いた足元に、クロスボウの矢が突き刺さる。
「ボサっとしてんなよ変態!」
「変態はやめろ」
俺たちは互いに背中合わせになり、襲い掛かる敵の群れに応戦する。
フィノが魔法……もといあの奇妙な機械でクロスボウから俺たちを守り、ニューラが屋根の上のゴブリンを撃ち落とし、蛮刀を持って突進してくるゴブリンは俺が迎撃する。
しかし、いくら倒しても新手が途切れる気配はなかった。
「なあ、あたしが外に出るために使ってる抜け道があるんだけど」
弾切れの釘打ち銃に釘を装填しながらニューラが言う。
「そこからここの人間を逃がせるのか?」
「うーん、やっぱり無理かも。狭いから大人じゃ通り抜けられないし、子どもでも大勢で行ったら気づかれると思う」
「ゴブリンはそこら中にいるからね。建物から出すのは危険すぎる」
やはりここの住民を宇宙船に連れて行くのは無理か?
そう思った俺の目の端に、バケツが転がっているのが見えた。長老が持っていたネブラタイトだ。
「連れて行くのが無理なら……あっちから持って来させるか」
俺はネブラタイトの入ったバケツを拾い上げ、ニューラに投げ渡した。
「え?」
「宇宙船の場所は分かるな? 少しの間だけくれてやる。変な奴らが乗ってるがびっくりして撃つなよ」
「……分かった!」
ニューラは頷き、比較的ゴブリンの少ない路地に駆け出す。
ネブラタイトを持ったニューラが抜け道を使って宇宙船まで行き、燃料を補給してこの集落まで運んでくる。
考えられる手段としてはこれが最善だ。
「スリサズ、聞こえるか? 出てこい」
軽く左目の近くのこめかみをコンコンと叩く。
これで呼び出せるのかは分からないが、スリサズの話では義眼を通してこっちの様子が見えているはずだ。
【どうしました? #変態】
「なんでタグ付けした?」
こうなるからこいつに変な材料を与えるのは嫌なんだ。
「いいか、冗談に付き合ってる暇はない。今からニューラがそっちにネブラタイトを持って行く。燃料を補給して宇宙船をここまで運んで来るのにどれぐらいかかる?」
【精製機にネブラタイトを投入すれば10分ほどで補給まで完了します】
「よし、ニューラが来たら案内してやれ」
【了解】
スリサズが短く答えると通信が切れた。
◆
「しかしこいつら、一体どこから沸いて出てくるんだ?」
「へん……ジョン、さっきの長老たちの話で思い出したことがあるんだ」
戦う手を止めないまま、フィノが俺に話しかける。
こいつ今釣られて呼びそうになったな。
「ゴホン、いや失礼。で、長老たちが話していたことなんだけど……私は以前、宇宙管理局でも同じ話を聞いたことがあるんだ」
「ダーク・ゾーンがどうとかいう話か?」
「いいかい? あのゴブリンは君の星にいたモンスターとまったく同じ生物に見えているのだろうが、おそらくその認識は間違っていない」
「本当に同じモンスターってことか?」
「そう。私たち宇宙管理局は多くの惑星を発見してきたが、いくつかのまったく違う星で、同じ特徴を持つ生物が現れることを確認している。彼らは共通して空想上の怪物の姿をとり、現地の人間や動物と敵対する傾向にあるようだ。さらにその怪物がどこから来てどのように進化してきたのか? 現地の者に聞いても誰も何も知らない。不思議だと思わないか?」
たしかに俺のいた星でもモンスターは当たり前の存在だったが、まともに生態を調査されたという話は聞いたことがない。
科学とかそういったものに縁の無い星だからということもあるが。
「そうだな……言い伝えではどこかにモンスターの本拠地である魔界に繋がる門があるとか聞いたことがあるが……」
「なるほど、さすがファンタジー惑星だね。しかもなかなか的を射ている」
「なに? じゃああるのか? 魔界の門が?」
「そんなシャレた言い伝えじゃないけど、研究者の説では彼らには本来存在している母星があって、他の星に生息地を広げるために何らかの方法で転移してるんじゃないかって話だ。それこそ惑星間を繋ぐ門を作ってね。そのモンスターの母星こそが私たちの惑星コードでDZ9999――またの名をダーク・ゾーンと呼んでいる。あくまで仮説だけどね」
「あのモンスター共にそんな秘密が……待てよ、じゃあドラゴンのマルもそこから来たのか?」
「ひょっとしたら長い歴史の中で人類と共存関係を築いたパターンもあるのかもしれないね」
そこまで話をして、俺はゴブリンの攻撃が止んでいることに気が付いた。
包囲されていることには変わらないが、何かから身を隠すように物陰や屋根の上からこちらを見ている。
いや、正確には俺たちの頭上、何も無いはずの虚空を見ている。
「……フィノ、例えば門ってのはああいうのか?」
「いや私も実際に見たことはないが……え?」
ズズズズ――――。
ゴブリンたちの視線を追って上を見ると、黒い渦のような穴が空に出現していた。




