02 砂漠の戦闘
宇宙船の外は、事前にモニターで見た通り、どこまでも砂の山が続いていた。
「砂嵐のおかげであまり遠くまで見えないのがむしろ心の救いだね。先になにかあるかもって気にさせてくれる」
フィノがフードを軽く上げ、俺に顔を見せながら言う。
「ああ、地平線まで砂が続いてるのが見えたら本当にあきらめるしかなくなるからな」
今の俺たちは、太陽の光や吹きすさぶ砂嵐から身を守るため、宇宙船のコンテナから見つけた布を切り取った簡易的な外套を着込んでいた。
この布もあの宇宙人たちがどこかの星から奪ってきたのだろうか、あまり経験のない感触をしている。
「この素材は熱をある程度遮断する性質があるみたいだ。触り心地もなかなかいいし、地球に持って帰ればいい商売になるかも」
「持って帰れたらな」
軽口を叩き合いながら砂嵐の中に歩を進め、10分ほど歩いたところで後ろを振り返る。
「あれが俺たちの宇宙船か。思ってたよりでかいんだな」
不時着した宇宙船は、砂嵐の中でもその白い楕円形の巨体が存在感を放っている。
奪った直後は追われていた上に、ブリッジに繋がる狭い通路を通ったために全体の外観を見ることはできなかった。
「私はあそこでしばらく隠れて暮らしていたが、あれは移民用の宇宙船らしい。ブリッジの他にも100人ぐらい入る居住スペースがある」
「無駄にでかいのを選んじまったもんだ」
もう少し小さい宇宙船なら燃料も少なくて済んだかもしれないが、奪ってしまったものは仕方がない。
「見ろ! ジョン! 人影だ!」
前方を見ていたフィノが突然叫んだ。
釣られて彼女の視線を追うと、たしかに砂嵐の先にポツンと立った人影が見えた。
腕を大きく上げ、こちらに自分の存在をアピールしているようにも見える。
「……サボテンか」
しかし、近づいてみると、そこにいたのは人ではなく植物だった。
腕を上げているように見えたのは枝の部分のようだ。
「まあ砂以外が見つかったのは大きな進歩だね。少なくとも生命が育つ環境ではあるってことだ」
「こういうのからでも燃料の素材は取れるのか?」
「地球のサボテンじゃ無理だけどこの星の植物はどうかな。調べてみよう……棘のせいで迂闊に触れないな。ちょっと枝の一部を切り落としてくれないか」
「ああ」
言われて俺は持ってきた高周波ブレードを振りかぶり、サボテンの枝目掛けて振り下ろす。
――バァンッ!
刃が枝に触れる瞬間、サボテンが音を立てひとりでに破裂した。
「なに!?」
棘が付いたままのサボテンの破片が、近づいていた俺とフィノに降りかかった。
咄嗟に外套を翻し、棘が刺さるのを防ぐ。
「なんだ!? この植物の習性か!?」
「違う! 銃撃だ! どこかから撃ってきている!」
周囲を見回すと遠くに動く人影が見えた。
俺たちのように全身を外套で包み、その手に持ったライフルのような長い武器を俺たちに向けて構えている。
「植物に続いて人間も見つかるとは、やはり幸先がいいね」
「いきなり攻撃してこなきゃな!」
人影は武器を連射しながら俺たちに向かって走って来る。
不意打ちが外れたと分かって、早めに仕留めようという考えだろうか。
「よし、ここは私に任せてくれ」
フィノが俺を守るように一歩前に出る。
「“マジック・シールド”!」
青白い光が俺たちの正面に展開し、飛来してきた物体は重力を失ったように直前で止まった。
「!?」
人影もその光景に驚いたのか、撃つのをやめて立ち止まる。
「ライフル……じゃないな。工事作業用の釘打ち銃かな? バネを改造してるのか威力はあるみたいだけど」
空中で静止した釘の一本をつまみ取り、フィノが言う。
「今のは魔法……じゃないよな?」
初めて会った時には魔道士だと名乗っていたが、この星に来る直前、フィノは自分で地球人だと明かしていた。
地球人に魔法を使うことはできない。
「宇宙管理局が潜入任務のために開発した小型兵器だ。我々はこれを『マルチツール』と呼んでいる。君の星で見せた魔法も全部、地球の科学の力によるものだ」
フィノは袖をめくって手首に付いた機械を俺に見せる。
一見するとただのブレスレットのようだが、内部で複雑な回路が光を放っているのが見える。
「俺が地球にいた頃もそんな技術は聞いたことがないぞ」
「我々の組織は秘密主義でね。SSSにも知られないように厳重に秘匿されているから、一部の者以外は誰にも知られていないはずだよ」
「だからスリサズも気づかなかったのか。……じゃあマジック・シールドってのは?」
「魔法使いになりすましていたせいで適当に思いついた魔法を叫ぶ癖がついてしまってね。地球に帰る前に治しておかないと非常にマズい。ただの痛い人になってしまう」
今でも十分痛いと思うのだが、とにかく飛び道具を防げるのなら都合が良い。このまま近づいて叩きのめしてやる。
そう考え、俺は敵のいる方向へ向き直った。
「……あいつはどこへ行った?」
釘を撃ってきた方向を見ても、人影は文字通り影も形も無くなっていた。
攻撃が通用しないのを見てすぐに逃げたのだろうか。
「見切りの早いヤツだな」
「いや待て。なにかがおかしい」
戦闘態勢を解こうとした俺をフィノが制止し、地面の砂に腕を突っ込む。
「探知機能!」
突っ込んだ腕を中心にして、地面にかすかに波紋が広がる。
俺からはなにをしているか分からないが、彼女は目を閉じてなにかを探っているようだ。
「ジョン! 左後ろだ!」
後方の砂山が弾け、全身を外套に包んだ姿が飛び出してきた。
手に持った釘打ち銃の先端には短剣が括りつけられている。
なるほど、砂を利用した戦い方を知っているというわけだろうが、接近戦ならこっちのものだ。
「いい作戦だが相手が悪かったな!」
俺は高周波ブレードを振り上げ釘打ち銃を叩き落とすと、返す刀で敵の脳天に振り下ろす。
「う、うわぁッ!」
「ん!?」
しかし、俺の剣は相手の頭を両断することなく、その直前で止まった。
「……こいつ、子どもか?」
「遠近法で小さく見えてたのかと思ったよ」
フィノが呆れたように肩をすくめる。
外套で顔は見えないが、背丈や声の高さから判断して、敵の正体はまだ幼い子どもだった。




