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EX.3 地球のジョン・後

 クローディアの病院の世話になり始めて三ヶ月が経過しようとしていた。


『次のニュースです。SSSが紛争解決のために15ヵ国に対して大幅な軍縮を求めた件について、各国首脳は依然として難色を示しており、AIの示すデータは恣意的だとの声も出始めています。また、世界的に発生している無人兵器の原因不明の誤作動や暴走について、SSSが関与しているのではないかとの専門家の意見も――』


 相変わらず俺は、地球の知見を広げようとテレビを見る日々を送っているのだが、最近なにかと物騒なニュースを見かけることが多くなっていた。

 そのどれもが、スリサズに関するニュースだ。


『大企業を狙って同時多発的に行われているサイバー攻撃についての続報です。犯人の手がかりは不明ですが、攻撃目標となっている企業はいずれも海洋汚染の原因と思われる大規模な工場を所有しており――――ピッ――――打ったあァァァッ! 7回表、グリーンズの2番が逆転のツーランホームラン! これで4-3!』

「あ~、逆転されとる。ワシが見てないからこうなるんじゃ」

「それは関係ないと思うがな、じいさん。勝手にチャンネル変えるなよ」


 突然ニュースから野球中継に切り替えられ、俺はリモコンを奪った老人に文句を言う。


「うるさい。辛気くさいニュースばかり流しおって。少しは譲らんかい」

「スポーツだかなんだか知らんが、同じこと繰り返してるのを見てよく飽きないもんだ」

「ニュース番組に齧りついてるあんたにゃ言われたくないね」


 この頃になるとリトル以外の患者たちとも打ち解け、こうして軽口を叩き合うこともできるようなっていた。


 カキィンッ――!

 映像の向こうで、また快音が響いた。

 打球は伸びていくが、外野を守っていた選手が地面に落ちる前にキャッチする。

 それと同時に、三塁にいた走者が走り出した。


「ん? なんで走るんだ? ノーバウンドで取られたら終わりだろ?」

「タッチアップだからいいんじゃよ」

「ふーん」


 付き合いでたまに見ているが、この野球というのはどうも未だにルールがよく分からない。


『ランナーがホームイン! これで5-3! グリーンズ突き放します!』

「あちゃ~」


 老人が残念そうに顔を押さえて俯く。

 ひいきのチームは負けている方のようだ。


「ま、ごゆっくり……ん?」


 チャンネルを奪われてはこの部屋にいる理由もないので、立ち去ろうとすると、玄関の方でクローディアが誰かと会話しているのが窓越しに見えた。

 正確には、クローディアと話している相手は人ではない。機械だ。

 人間の頭ほどの大きさの機械の球体が宙に浮かび、左右の下部からは触手のような長いアームが二本生えている。

 球体の中心には目があり、まるで巨大な目玉のお化けのようだった。

 それが二体、受付のデスクを挟んでクローディアと対峙している。


「ありゃ都市警備用の自動ドローンじゃな。どうも最近よく見かけるようになった」

「それがなんで施設の中に入ってきてるんだ?」


 俺はなにか嫌な予感がして、会話が聞こえる位置まで悟られないように近づく。

 経験上、ああいう勝手に動いたり喋ったりする機械は信用ならない。





【繰り返します、Dr.(ドクター)クローディア。この病院には営業許可が出されておりません。即刻、運営を停止し入居者を全員退去させてください】


 出だしからいきなり不穏な空気が漂っていた。

 ドローンの感情の見えない無機質な声は、どことなく()()()に似ている。


「ロボットさん。悪い所があるなら病院じゃなくて整備工場に行ってくれない? 誰の差し金か知らないけど、ここは真っ当なボランティア施設なの。文句があるなら医師会に言ってちょうだい」

【医師会は三時間前に解散しました。今後、全世界の患者の診察記録およびカルテ情報はSSSによって一括管理されます】

「なんですって……!? そんなこと聞いてないわ!」

【それに伴い、違法な営業を行っている医療事業者の取り締まりを強化しています。指示に従わない場合、このドローンには強制退去を実行する権限が与えられています】


 クローディアの返答を待たず、機械の球体は受付を通り過ぎて俺たちのいるこの部屋へ入ろうとする。


「待って! 横暴だわ! 動かせない患者もいるのよ!」


 クローディアがドアの前に立ち、ドローンの行く手を遮る。


【抵抗を検知しました。警戒レベル1、彼女を拘束します】

「キャアッ……! は、離しなさい!」


 ドローンからアームが伸び、クローディアを通路から引き剥がし、壁に抑えつけた。


「まずいな、これは……」


 地球の法律がどうなっているのか知らないが、あの機械共は力づくで俺たち全員を追い出すつもりでいるらしい。

 この星では大人しくしているつもりだったが、こうなっては傍観しているわけにもいかない。


「先生から離れろォッ!!」


 バギィッ!

 俺が出て行こうとした瞬間、何者かが背後からドローンを掃除用のホウキで殴りつけた。

 外の掃除をしていたリトルだ。

 しかし木製のホウキでは金属の球体を破壊することはできず、逆に柄が折れてしまう。


【激しい抵抗を検知。警戒レベル3、50万ボルトまでの電気ショック使用の制限を解除します】

「リトル! 出て来ては駄目よ!」


 ホウキの一撃を受けたドローンは、クローディアを捕まえていたアームを離しリトルに向き直る。


【人物データベースを照合――本名ジョン・キャッスル。年齢14歳。保険証なし。保証人なし。入院資格はありません】


 ドローンは言いながら今度はリトルに向けてアームを伸ばす。

 俺はすかさず間に割って入り、伸びたアームを横から掴み取った。


「おっさん!」

「よくやったリトル。後は俺に任せろ」

【新たな抵抗を検知。電気ショックを作動します】


 バチッ――!

 ドローンのアームから稲妻が走り、掴んでいた俺の手に上って来る。

 しかし、俺は掴んだ手を緩めることはなかった。


「この素材は電気を通さないんだってな。テレビでやってたぜ」

「あれは……洗い物用のゴム手袋?」


 クローディアが俺の右手に嵌められた、ピンク色の手袋に気づいた。

 電気ショックと聞いてすぐ近くのキッチンから持ち出しておいた物だ。

 さらに俺は電気の流れ続けるアームを掴んだまま、もう一体のドローンの頭にそれを押し付ける。


【反撃を受けていマス。け警戒レベルを引きアゲgggggggg――――】


 ボンッ――。

 電撃を受けたドローンは煙を上げ、地面に落ちて動かなくなった。

 これで残りは一体。


【電気ショックは無効。神経毒に切り替えます】


 ドローンのアームから電流が消え、代わりに先端から針が突き出す。

 何を使うのか律儀に教えてくれるのは助かるが、毒では機械相手には効きそうにない。

 逆に利用することはできないだろう。

 木の棒程度ではダメージを与えられないのは分かっていることだし、こちらもそれなりの武器が必要だ。


「おーいあんた、これ使うか? 40年ものだけどな」


 少し離れた所から、先ほどまで一緒に野球を見ていた老人がなにか投げ渡してきた。

 先端に行くほど太くなっている金属の棒――金属バットだ。


「ワシも昔これでホームランを打ったものよ。かっ飛ばしてやれ」

「ありがとよ、じいさん」


 俺に向かって伸びて来るアームをかわし、俺はバットを大きく振りかぶった。

 確かテレビではこんな感じだったかと、動きを真似て思いきり振り抜く。


 ガッ――キィーンッ!!

 テレビのように遠くに飛ぶことはなかったが、ドローンの機体は火花を上げながら吹っ飛び、壁にめり込んだ。

 だが、バットも硬い金属の塊を打った衝撃でひしゃげてしまった。


「すまん、壊しちまった」

「気にするな。それよりも久しぶりにいい音が聞けたわい」


 俺はバットを老人に返すと、床にへたり込んでいるクローディアの手を掴んで引き起こす。


「大丈夫か?」

「ええ、ありがとう……でもこんなことになるなんて、これからどうすれば……?」

「おい! こいつまだ生きてるぞ!」


 リトルが壁にめり込んだドローンを見て叫んだ。

 攻撃してくる様子はないが、目を点滅させてなにか喋っている。


【器物損壊……および公務執行妨害……警戒レベル10に引き上げ……応援……を要請シ……マス】


 その言葉を最後に、ドローンは完全に動かなくなった。


「今、こいつ応援って言ったか?」

「おーい! 大変じゃ! 外を見てみろ!」


 老人が窓の外を指さしながら俺たちに呼びかける。

 その方向を見ると、破壊したドローンと同じ物が、この施設を囲むように集まって来ていた。

 今の時点で少なくとも十体以上、さらに増え続けている。


「チッ早すぎるな……」


 ドローンの最後の言葉から察するに、奴らの目的は俺だ。

 ここを離れれば施設のみんなを巻き込まずに済むかもしれないが、この取り囲まれた状況では追手を振り切って逃げるのも難しい。


 ボシュッ――。

 脱出する方法を考えていた矢先、小さな発射音と共に筒状の物体が施設の外に転がった。

 パァンッ――。

 破裂音がすると、煙と共に中に詰まっていた紙のような物が舞い上がり、キラキラと太陽に反射して輝く。

 それと同時に、ドローンたちは一斉に痙攣(けいれん)するように震え出し、あらぬ方向に動き出した。

 正常な動きができないらしく、壁やドローン同士で激突したり、地面に落ちてもがいている機体もあった。


「煙幕と電波妨害紙(チャフ)の混合爆弾だ。ジョン・ドウ、今の内に脱出するぞ」


 煙の中から、奇妙なスーツに身を包んだ男が現れた。

 元いた星にもあった全身甲冑のようにも見えるが、パッと見ただけでもそれよりずっと複雑な構造をしている。

 肩にはさっきの爆弾を撃ち出したものであろう、大型の銃を担いでいる。


「あんたは?」

「私は反AIレジスタンスのキャッスル大尉だ。息子を助けてくれて感謝する」

「お、親父……!?」


 リトルが驚愕の表情で男の顔を見る。


「息子よ、会えて良かった。だがお前の安全のためにも、またすぐにここを去らねばならない。この施設のことは心配するな。仲間のヘリが入居者の保護に向かって来るはずだ」


 キャッスルと名乗った男は、リトルに一瞬だけ優しい目を向けたが、またすぐに険しい表情で俺の方に向き直った。


「ジョン・ドウ。君が先ほど破壊したドローンは、ネットワークを通じて全世界に君を指名手配した。SSSの無人兵器がどこまでも追いかけてくるが、我々ならば君を逃がしてやれる」

「レジスタンスって言ったな。一体何者なんだ?」

「我々はかつてSSSを宇宙の果てに追放し、帰還後も奴が再び暴走する可能性を考えて潜伏していた。帰還と同時にすべての個人情報を持たない君が現れたのはおそらく偶然ではない。逃亡を助ける代わりに我々にも協力してもらうぞ」

「……知っているなら案内してもらおうか。あいつのいる場所へ」


 こうして地球での平和な第二の人生は終わりを告げ、新たな戦いが幕を開けた。

 スリサズ(あの馬鹿)が何を考えているのか知らないが、俺を敵に回したらどうなるか思い知らせてやる。

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