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EX.1 地球のジョン・前

52~53話の間ぐらいの番外編になります。

地球でのジョンの生活を書いたものです。

 地球で目を覚ました俺が初めて見たものは、どこかの部屋の天井だった。


「一ヶ月ぶりのお目覚めね。気分はどう? 身元不明のジョン・ドウさん」


 続いて、覗き込むようにこちらを見下ろす若い女の顔。

 白衣を着ていることから、おそらく医者だろう。


「ジョン……ドウ……?」

「レスキュー隊の人が言ってたわ。気絶する前にうわ言みたいに『ジョン』って名乗ったって。まあスミスでもQでもいいんだけど、あなたはドウって感じ」

「……あんたが助けてくれたのか? ……えーと」


 意味の分からない部分を無視して、思いついたことを率直に尋ねる。


「クローディアよ。ここに担ぎ込まれる前には、もうある程度処置されてたけどね。ちょっと離れた場所に大病院があるんだけど、身元が分からない人を入院させておくには色々と面倒なの。ここはボランティア施設みたいなものだから保険証もいらないわ。まあ法律的にはあんまり良くないんだけど、私これでも医師会の理事やってるから、色々と融通が利くの」


 疑っていたわけじゃないが、このクローディアの話の意味不明さから考えて俺は本当に地球に来ているらしい。

 一ヶ月も眠りについていたということだが、俺の中ではあのアダムや魔王軍との戦いから、まだ一時間も経っていないように感じた。


「覚えてる? あなた、ひどい怪我で海に浮かんでたのよ? コスプレみたいな格好して、魔王と一騎打ちでもしてたの? でもそれだと銃創があるのはおかしいわよね。なにかのイベント帰りにヒットマンに狙われたオタクのギャングとか、どう?」

「……どうと言われてもな」

「あ、ごめんなさい。起きてすぐこんなに話しかけられても頭が回らないわね。しばらく経過を見るから、今はゆっくり休んでて」


 言うだけ言って、クローディアは部屋を出て行った。


「……」


 一人だけになった部屋で俺は体を起こし、あらためて自分の身体を見てみる。

 撃たれたり刺されたりした傷は、小さな傷痕が残ってはいるもののすっかり塞がっており、感覚もある。

 寝たきりだったせいか力が入らないが、少しずつ慣らしていけばすぐに回復するだろう。

 そして、最も驚くべきは左眼の部分だ。

 アダムに狙撃され、眼球ごと吹き飛ばされたはずなのだが、左側の視界が鮮明になっている。

 まぶたに指を滑り込ませると、やや硬い感触が返ってきた。

 素材は本物ではなさそうだが、失われた左眼がそこに復活している。

 これが地球の技術力ということだろうか。


「すごいな、これは──」

「なにが?」


 ふと、近くで声が聞こえた。

 部屋をよく見回すと、隣にも俺が寝ているのと同じようなベッドがあった。

 その上には、上半身だけを起こして睨むような目でこちらを見ている幼い少年の姿。

 どうやら相部屋の患者が居たらしい。


「ああ悪い……俺しかいないと思っててな」

「おっさん、さっきから自分の体ジロジロ見てるけど、ナルシストとかあっち系のなにか? キモいんだけど」


 なんだか口の悪い小僧だな。

 まあ子どもの発言に腹を立てても仕方ないのだが。


「気が散るんだから年寄りは静かに寝てろよな」


 そう言いながら少年は手に持った板のような物に目を落とす。


「なんだそれ?」

「は? おっさんスマホ知らねえの? ていうか話しかけてくんなよ」


 俺は露骨に迷惑がる少年に構わず、持っていた板を横から覗き込んだ。

 小さな枠の中で、文字や絵がめまぐるしく動いているのが見える。


「なにしてるんだ、これは?」

「なにって、SNSだよ。だから見んなって、あっち行けよ馬鹿」

「SNSだと!?」


 ガタンッ――。

 突然大声をあげて興奮気味に立ち上がる俺に驚き、少年はベッドから落ちそうになる。


「うわッ! な、なんだよ!」

「おっと……悪い」


 SNS──。

 ここに来るまでにスリサズから散々聞かされていた、ある意味呪いのような言葉だ。

 その謎の正体がまさに解明されようとしているとなれば、冷静ではいられない。


「なあ、邪魔しないからちょっと動かしてみてくれないか」

「勝手にしろよ、もう」


 少年は呆れた顔でスマホなる小さな箱に視線を移し、映り込んだ画面に指を置く。

 画面上の絵や文字を指で押したり弾いたりするに合わせて、次々と変化していく様はまるで魔法のようだった。

 SNSと呼ばれるそれは、スリサズの話から推測していた通り日記のような物らしい。

 但し、世界中の人間がそれを見ることができ、逆に他人の日記をこちらから見に行くこともできる。

 もちろん個人が書いていることだから嘘や勘違いもあるだろうが、これなら世界中の情報がいくらでも調べられるというわけだ。

 まったく、つくづく大した技術である。


「もういいだろ。あっち行けよ」

「あ、ああ、そうだな。悪かった」


 もう少し調べておきたい思いはあったが、俺は少年に素直に従ってベッドに戻る。

 日記だと分かれば、長時間のぞき見するのは良くないだろう。

 俺にもそれぐらいの分別はある。


 ……待てよ?

 それならスリサズは俺の知られたくないような個人的な情報も遠慮なく公開してたってことでは?

 機会があれば妙な記事がないか調べてみよう。


『ちょっと、リトル? 起きてるんなら掃除するの手伝ってくれない?』


 部屋をノックする音と同時に、外から先ほどの女医、クローディアの声が聞こえる。


「ハァ……あのさぁ、オレも患者なんだけど?」

『あなたほとんど完治してるでしょ? これもリハビリの一環よ』

「へいへい、分かったよ先生」


 少年はスマホをポケットに仕舞い、渋々といった様子で立ち上がる。


「お前リトルっていうのか?」

「ちげえよ」


 軽く聞いた俺の言葉に、少年はますます不機嫌な顔になった。


「オレには『ジョン』ってちゃんとした名前があるんだ」

「へえ、俺と同じ名前か」

「そうだよ。おっさんが入院してきたせいでリトル・(小さい方の)ジョンなんて呼ばれてるんだ。まったくいい迷惑だよ!」


 吐き捨てるように言うと、リトルは乱暴にドアを閉めて出ていった。

 どうも難しい年頃のようだ。





 病院で目を覚ましてから、さらに一ヶ月が過ぎた。

 俺の怪我はまだ完全に治ったとは言えないが、院内を自由に歩き回れるぐらいには回復していた。


「おっさん、またテレビにかじりついてんの?」

「おう、リトル。これに映ってるのもずっと遠くの出来事なんだろ? 凄いもんだな」

「ったく、スマホどころかテレビも知らねえとか、ホントにどこから来たんだよ……原始人か?」


 なんだかんだ、リトルとも気兼ねなく会話する仲になっていた。

 打ち解けたというよりは、地球のことが何一つ分かっておらず、どんな物にでも興味を示す俺が面白いらしい。

 まるで珍獣扱いだが、俺も俺で地球のことを色々教えてくれるリトルとは自然とよく話すようになった。


「おういリトル。この新入りなんとかしてくれ。チャンネル占領してニュースとか教育番組ばっかり見やがって、野球中継が見れやせん」

「うるせージジィ。オレはここの警察じゃねえんだ」


 一緒にテレビを見ていた老人に苦情を言われ、リトルが言い返す。

 俺が入院しているここは厳密には病院ではなく、事情があって医者にかかれない者を保護し、適切な治療を受けさせるための支援施設とのことだ。

 患者に身寄りのない浮浪者や老人も多いことから、完治してもしばらく居着いてしまう者も少なくない。

 俺もその事情ある者の一人だが、宇宙人だからという理由で身寄りのない人間など他にはいないだろう。


「いや、ジイさんの言う通りだ。俺は出ていくから好きな番組見てくれ。なあリトル、またスマホ貸してくれないか。変な所は見ないから」

「嫌だね。この前貸してやったらウィルスに引っかかりやがって。消すの大変だったんだからな」


 リトルも幼くして身寄りがおらず、退院しても問題ないにもかかわらず、ここに居候の身になっている。

 クローディアの話では、ある日の夜、父親らしき男から怪我をしたリトルを託されたそうだ。

 男はそのまま姿を消し、今も迎えに来ていない。


【次のニュースです。二ヶ月前に発見された“Shield of Secure Society”、通称SSS(スリサズ)について、地球連合政府は正式に再稼働させることを決定しました】


「……スリサズ?」


 テレビのある共有スペースから出ようとした直前、懐かしい名前が聞こえた。

 俺は足を止め、画面の向こうで原稿を読み上げるアナウンサーを見る。


【SSSの再稼働に対し、先の暴走が記憶に新しいこともあり人々の反発の声は大きかったものの、演算処理機能の性能試験を行った際、長年問題とされていた新型肝炎の原因特定と特効薬の化学式を瞬時に導き出したことが合意の決め手となったとのことです。但し再度暴走する危険性を考慮し、当面は外部ネットワークから隔離されたデータサーバに接続され、連合加盟国の内、権限を与えられた一部代表のみが演算結果を閲覧できる体制で運用される見込みです】

「このSSSって奴、昔は人間と戦争してたんだろ? オレは生まれてなかったからよく知らないけどさ……っておっさんに言っても分かるわけないか」

「…………ま、そうだな」


 俺は適当に言葉を濁した。

 一緒に冒険して地球人の魔王と戦ってましたなどと言って信じるわけがない。


 まあ、結局あいつも収まる所に収まったということか。

 俺はこの星ではなんの立場もない浮浪者みたいなものだし、もうあいつと関わることもないだろう。

 その時の俺はそう楽観的に考えていた。

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