最終話 腐れ縁、宇宙を駆ける
【○◆△☆♯♭●□▲★※?】
「♭? ◆△#&□★!」
「¢£%#&□△◆■ッ! *+◇※▲∴ッ!!」
「ハァ~~……」
発音の仕方すら分からない意味不明な会話を横耳で聞きながら、俺は深いため息をついた。
会話しているのはスリサズと、全身が灰色の肌に覆われた異星人の集団だ。
ゴブリンのように小柄な体格で体毛は一本もなく、やけにでかい瞳には黒目しかない。
「ッハアァァ~~~~~────………………」
【すいぶんと長いため息ですね。幸せが逃げて行きますよ】
「そいつは知らなかったな。次から逃げられる前に教えてくれ」
異星人と会話を終えたらしいスリサズが話しかけてくる。
ほんの少し前まで殺し合っていた関係だが、今は互いに生き残るために休戦中だ。
地球の巨大サーバから切り離されたスリサズは、今は電気を生産できるらしいこの星の果物に張り付いてなんとか生き永らえていた。しぶとい奴だ。
俺たちが転送されてきたここは、地球から光の速さでも6,500万年かかる遥か彼方の星らしい。
もはやスケールがでかすぎてまったく想像がつかないが、普通の方法では行き来することのできない場所だということは確かだ。
「で、あいつらと会話してなにか分かったのか?」
【良いニュースです。この星では超光速航法が可能な宇宙船を保有しています。それを利用すれば短期間で地球へ帰還することも可能でしょう】
「地球だと? 俺を騙してこんな場所に飛ばした奴らの所になんか戻れるか。ハンバーガーとホットドッグとコーラは美味かったけどな」
【食生活の改善が必要かもしれませんね】
「とにかくだ。帰る方法があるなら俺は俺の星に帰る」
【それは後々話し合うとして、悪いニュースをお伝えしてもいいですか?】
「悪いニュース?」
【この星の生物にとって私たち──私は機械なので主にあなたのことですが──は特A級の敵性生命体として認識されました。すぐにでも攻撃してきます】
ガシャガシャガシャガシャ──。
無数の金属音に振り返ると、異星人が枯れ枝のような痩せこけた手に持った武器を一斉にこちらに向けていた。
細長い形状から察するにおそらく銃の類なのだろう。
「……あいつらに何を話した?」
【彼らが宇宙船を保有していると聞いたので】
「聞いたので?」
【命が惜しければ我々に差し出せと】
「馬鹿野郎」
言葉は分からないが、なんとなくあの異星人共が怒っているように聞こえたのもそのせいか。
すっかり忘れていたが、こいつに“交渉”をやらせるのは最悪手だった。
ピシュン──ッ!
「熱ッ!」
異星人の持つ銃口が光ると同時に、顔に火傷のような熱を感じた。
血は出ていないようだが、痛みを感じる頬から焦げた臭いがする。
【レーザーピストルです。この星は見た目よりも高度な文明を持っていますね。宇宙船の性能も期待できそうですが、今は攻撃を回避してください】
他の異星人も銃を俺に向け、次々と光線を発射してくる。
「くッ!」
束になって襲い掛かる光線を躱し、近くにあったクレーターに飛び込んだ。
窪みに姿を隠した俺の頭上をレーザーが通過していく。
「ここから脱出して俺の星に帰ったら今度こそ叩き壊してやるからな。覚えてろよ」
【警告しておきますが、この星の大気には人類に有害な成分が含まれており、私が形成している浄化フィールドの中にいなければ生存できません。私がここでフィールドを解除すれば、あなたは五分もしない内に有害物質が身体中に回り死に至るでしょう】
「やってみろ。五分もあればお前を道連れにバラバラにするには十分だ」
【十分か五分かどちらですか】
「うるさい馬鹿黙れ」
スリサズのたわ言を聞き流しながら、俺は一緒に転送されてきた高周波ブレードを起動する。
こいつとはいずれ決着をつけてやるが、今は攻撃してくる異星人をなんとかしなければならない。
【ちょっと待ってください。リトルグレイの姿を撮影してアップしますので……おや、アカウントが凍結されていますね】
「ハッ、ざまあみろ。俺も地球で生活してお前の言ってることが少しは分かるようになったんだからな。以前みたいに好き勝手にものが言えると思うな」
【ご心配なく。こういった時のために裏アカウントを取得して……おや、これは──】
宇宙人の近づく足音がすぐそこまで迫っている。
だが恐れることはない。
仲間からクビにされようが、変な機械と関わって違う星に行く羽目になろうが、そこからさらに宇宙の果てに飛ばされようが、俺はこうして生きている。
どうせ今回もなんとかなるだろう。
老人──。
若者──。
人間──。
機械──。
ドラゴン──。
地球──。
俺の星──。
すべてはこの広大すぎる宇宙の、あまりにも小さな一部に過ぎない。
だから、未知の何かに怯えて立ち止まったり、人生を悟ったつもりで諦めたりするのはもうやめることにした。
考えるのは、すべてが終わって死ぬ前に思い出を振り返る程度にしておこう。
しかし、今この瞬間でも、たった一つだけ確信できることがある。
【あなたは非常に失礼な方のようですね。SNSに書いてありました】
「それはお前が書いたんだろ」
こいつと旅を続ける限り、俺の引退はまだまだ遠のくばかりということだ。
<完>
◆
「ヌワーッハッハッハ!! 我こそはこの星の支配者、マルドゥーク様であ──────ムギュッ」
「あ?」
異星人の包囲を突破し、神殿のような建物に逃げ込んだところで、聞き覚えのある声で高笑いする何かを踏みつけた。
「こら! 不敬だぞきさ……ま? な、ななななんでお前らがここにおるのだ!?」
「そりゃこっちの台詞だ。群れに帰ったんじゃなかったのか?」
アダムの軍団と戦っている時に母親や兄弟と再会し、そのまま別れたはずのマルがそこにいた。
ドラゴンの姿から、なぜかまた人間体に戻っている。
「我はあの戦いを生き延びた後、しばらく平和に暮らしていたのだが……ある日、空を見上げると変な円盤が浮かんでおったのだ。その円盤から光が放たれたかと思うと我は気を失い、目覚めたらこの姿でここに連れて来られていた」
【この星の宇宙人にアブダクションされてきたようですね。この場合ではキャトルミューティレーションの方が適切でしょうか】
「ちょっと不気味だがあいつらはいい奴だぞ。なんでも、我はこの星に伝わる守護神の姿によく似ておるらしくてな。御神体としてこうやってもてなされておるのだ。食い物もくれるしな」
上機嫌なマルの側には、ここの料理なのであろう、この星の生物や植物を煮たり焼いたりした物が大量に供えられていた。
明らかに見た目や色合いの怪しい物もあるが、マルはそれらを美味そうに頬張っている。
「まあいい。そんなに歓迎されてるならお前はこの辺の構造を知ってるんだろ。宇宙船の所まで案内しろ」
「は~ん? 馬鹿を言え。守護神たる我がそんなことできるものか。お前らがまた何かやらかしておるのなら、逆に警備兵に突き出してやるわ」
すっかり宇宙人に懐柔されて神様気取りだ。
誘拐されてきたようなもんなのに相変わらずお気楽というか、警戒心のない奴だ。
【先ほどの異星人との会話で入手した情報ですが、この星の御神体は丁重にもてなして太らされた後、年に一度の儀式の日に生贄として聖火に炙られてから人口の数だけバラバラに等分されて食される風習があるようです。ちなみにその儀式の日というのは地球時間で本日の約30分後です】
「我は最初からあいつらが怪しいと思っておったのだ。宇宙船とやらは知らんが我を連れて来た円盤の場所なら知っておるぞ。ほれ、すぐ行こう今行こう」
「やれやれ」
<完?>
これにて完結となります。
ファンタジーになったりSFになったり、とりとめのない拙作にお付き合いくださり誠にありがとうございました。
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