XX 惑星N1180EVに関する報告
「……ふむ、では勇者殿がたどり着いた時には、魔王はその居城ごと、跡形もなく消えていたと?」
「その通りです。陛下」
玉座に座る、立派な髭をたくわえた人物に向かって、僕はひざまづきながら肯定した。
南の大陸を治める王国、サザンティウム。
戦いを終えた僕たちパーティーは、報告のために国王陛下に謁見していた。
「うむ。信じがたいことだが、帰還した我が国の兵士たちも口を揃えて同じことを言っておる。疑いはするまい」
僕は戦場で見たこと、体験したことのすべてを偽りなく報告した。
といっても、あの島で起こったことは何もかも僕の理解を超えていて、うまく伝わったかどうかは自信がない。
「魔王の生死が分からぬのは不安だが、あの日を境に島中のモンスターが一斉におとなしくなったのは確かだ。まるで魔大陸全体に満ちた瘴気が晴れたかのように。少なくとも、魔王の脅威は去ったと判断してよいだろう。これで人々が襲われる心配は無くなり、北との交易も再開できる。あの島ももはや魔大陸と呼ぶべきではなくなったのかもしれぬな。よくやってくれた、聖剣の勇者リュートよ」
「……ありがとうございます。しかし僕、いえ、私だけの力では成し遂げることはできませんでした。すべては仲間たちと討伐軍の協力のおかげです」
僕の後ろにはエレトリア、ソフィー、カナベル。共に戦った仲間たちが僕と同じように膝をつき、王様に向かって頭を下げている。
ただし、この場にもっともいるべき者を除いて。
「魔大陸での戦いは熾烈を極めたと聞いておる。それにも関わらず、誰一人欠けることなく使命を果たすことができたとは、さすが選ばれし勇者の一行。噂に違わぬ強者たちであったな」
「…………いえ、私たちは仲間を一人失いました。大切な、とても大切な仲間を」
「む? 勇者殿のパーティーはそこの者たちを含む四人だったと聞いておるが……」
彼らにとって、ジョンは名も無き傭兵の一人でしかないのだろう。僕たちのパーティーから一度外れているのだから無理もない。
それでも僕たちはみんな知っている。
本当に世界を救ったのは彼だということを。
あの戦場で、僕が気づいた時にはジョンの姿は消えていた。
彼が戦場を離れて何をしていたのかは分からない。
けれど、あの絶体絶命の状況の中でなぜか敵の銃から突然弾が出なくなったり、鉄の船がひとりでに墜落したり、あの不可解な出来事の数々は、ジョンが何かしたのだと直感した。
それにあの奇妙な機械──スリサズと呼ばれていたか。
彼らが誰も知らない内に敵の本拠地に乗り込み、魔王を打ち倒したのだ。
だから、本当に勇者と呼ばれるべきは僕じゃなくてジョンの方なんだ。
「……ふむ、我が国も戦いで多くの同胞を失った。だが、今は平和の到来を共に祝おうではないか。それが戦死した者たちを悼むことにもなろう」
「……はい、ありがとうございます」
王様も気を遣ってくれたのか、それ以上のことは聞かなかった。
「ところで、その戦いの指揮を執っていた者を勇者殿は知っておるかね? 直々に褒章を与えたい」
「……? はい。確か、フィノという女性の方でした」
なぜそんなことを聞くのだろう?
自分の家来のことなのだから、僕でなくても討伐軍の誰かから聞いていると思うのだが。
「うーむ……やはりそうか。大臣、ちょっとよいか?」
王様は大臣を近くに呼び寄せると、小声でなにか話し込んでいる。
報告の中に、おかしな点でもあったのだろうか。
王様は軽く咳払いすると大臣を下がらせ、僕らの方へ向き直った。
「確認したが、“フィノ”という名の家臣は我が国にはおらんのだ」
「え?」
「各部隊の指揮官は全員戦死が報告されておるが、その者の名は書かれておらぬ。生き残った兵に聞いても、皆口を揃えてフィノという者が指揮官だったと言うのだが……」
戦場ではたしかに兵士たちが彼女に指示を仰いでいたし、ジョンが彼女をフィノと呼ぶのも聞いた。
指揮官ではなく、この国の人間でもないとしたら、彼女は一体……?
◆
王都から遠く離れたとある海岸。
そこにポツンと打ち捨てられた小さな空き家で、私は隠しておいた通信機を取り出す。
最新技術により、何百万光年離れた場所でも遅れることなく会話のできる優れものだ。
特定の周波数に合わせ、応答したオペレータに向かって話を始める。
「私だ。長官に繋いでくれ。……いや、どちらさまですかじゃないよ。周波数見て分からないのか? ……だからイタズラじゃないって。なにを怪しんでるんだ。君はいつものオペレータじゃないな? ……臨時の派遣社員?」
応答した声は、今いち会話の噛み合わない、若いというか幼い感じのする女性のものだった。
言動がたどたどしく、いかにもマニュアルを探りながら回答しているという感じだ。
注意して聞くと、かすかにページをめくるような音も聞こえる。
人手不足とは聞いていたが、極秘情報を扱う任務に素人を雇うのはいかがなものだろう。
「こちらは外宇宙管理局のエージェント、マーガレット・フィノメール。惑星コードN1180EVの件で報告があると言えば分かるはずだから繋いでくれ。……誰に? だから長官だよ。最初に言っただろ」
なかなか要領を得ない新人オペレータに、少々語気を強めて指示を出す。
やっと用件が伝わったのか一旦通信が切れ、スピーカからは相手を待たせるための音楽が鳴り出す。
…………
……………………
…………………………………………
……………………………………………………………遅い。
一曲聞き終わってしまったじゃないか。
あの新人、取り次ぎも満足にできないのか?
長官がつかまらず探し中の可能性もあるが、それならそれで待たせて申し訳ないの一言ぐらいあって欲しいものだ。
まったく、これだから素人は困る。
などと心の中で毒づいていると、音楽が停止し通信が戻る。
「おい、いつまで待たせ……! こ、これは長官! 失礼しました!」
スピーカからの音声が渋い男の声に変わっていることに気付き、私は慌てて姿勢を正し、誰もいない空間に向かってお辞儀をする。
長年の社会経験で染み付いた悲しき習性だ。
「えー、それで報告の件ですが……
──はい、アダム・C・マッカートンの地球侵攻はSSSと現地人の手により阻止されました。アダム自身の死亡も確認しています。
──はい、当初の計画通り、SSSはあちらへ帰還したはずです。正直、それが人類の希望になるかどうか疑問ではありますが、まあそれはこちらの管轄ではないので。
──ええ、もちろん私が地球人であることも気づかれていません。衣服の下に仕込んだ小型兵器のおかげで、みな私を現地人の魔法使い“フィノ”だと信じきっていました。現地人の死体から仮の身分を手に入れられたことも幸運でした。
一時はどうなることかと思いましたが……いえ、なんでもありません。とにかく任務はすべて完了です」
私は走り書きしたメモを眺めながら、この星で起きた出来事を報告した。
実際、かなりギリギリの状況ではあったが、余計なことは言わないに限る。
苦労話をしても同情してくれるような上司ではないし、逆に無能扱いされて給料や出世に響くのも困る。
終わり良ければすべて良しだ。
「それでは、私もこれからそちらに戻ります。帰還にはおそらく一週間ほどかかるかと。──はい、ありがとうございます、長官。…………ふぅ」
通信が切れるのを念入りに確認し、軽く安堵のため息をつく。
仕事が片付いた瞬間は気持ちがいいものだ。
帰ったらまた新しい仕事が待っているかと思うと気が重くなるが、少なくともしばらくは休暇が取れる。
長官には一週間と言ったが、実は私の宇宙船ならば超光速航法を用いて三日程度で地球へ帰還することもできる。
高齢で現場を知らない長官は、今の航空宇宙技術の発達を知らないのだ。
私はそのことを利用して、こうして渡航期間を過大申告することで余裕のできた時間を休暇に充てているのである。
不正だって? なーに、みんなやってることさ。どうせまともに休みも取れない仕事だ。要領よくやらなければ務まらない。
とりあえず緑豊かな争いのない穏やかな星にでも行って休息を取るか。それとも見つからないように地球に帰って、エアコンのきいた部屋でゴロゴロするか。
しかし地球はこれからまた荒れそうだからなあ。
SSSが帰ったことで、黙っていられない連中は大勢いる。
戻って騒ぎに巻き込まれるよりは、このまま遠い別の惑星で傍観者でいた方が楽なのかもしれない。
それに、不可抗力とはいえあの戦士殿があんなことになったのも、後々なにか問題になる気もする。
まあ、考えても仕方がない。まずはこの星を離れるとしよう。
行き先は宇宙船の中でゆっくりと考えれば良い。
そう思って私は、宇宙船を隠した海岸の洞窟へ足を進める。
「……あれ? 宇宙船はどこだ?」
この星に降り立った時、宇宙船はこの海岸に空いた横穴にすっぽりと収まるように停泊させていたはず。
確かにここにあったことは覚えているのだが、宇宙船は影も形も無くなっていた。
「おうネェちゃん。おめぇそんなとこで何してんだ?」
洞窟を覗き込む私の背後から、いかつい半裸の男が話しかけてきた。
どうやら地元の漁師のようだ。
「あの、この洞窟に宇宙船……いや、変わった形の船が停まっていませんでしたか?」
「あぁ? こんなとこに船停めてたのかい? そりゃあ駄目だ。この辺は潮の関係で、ちょっと前まで海に沈んでたんだ。洞窟にあったもんなんか潮が引いた時にまとめてさらわれちまっただろうよ」
「へ……?」
「まあその船も今頃とっくに沈んじまってるだろうよ。諦めんだな」
これだから素人は……などとブツブツ呟きながら漁師の男は立ち去っていった。
「……」
私は混乱する頭を落ち着かせながら再び通信機を起動し、震える指で先ほどと同じ周波数を呼び出す。
「た、たびたび済まない。緊急事態なんだが、もう一度長官に繋いでくれないか」
『本日の業務は終了いたしました。ご用のある方は翌営業日の9時から17時まで──』
「まだ定時じゃないはずだぞ! 出ろ新人! おい!!」
感情なく繰り返される機械音声に向かって私は叫び続けた。




