51 スリサズの真価/ジョンの聖剣
【現在、基地の管理システムを50%までハッキング完了しています。……51%……52%】
「そんな馬鹿な! 妨害電波によって貴様の機能は封じられたはず!」
壁に映し出されたスリサズに向かってアダムが吠える。
【はい、なので妨害電波を発生する装置を探し出し手動で停止させました。電波の発信場所はアダム大佐の私室。この武器庫のすぐ近くにあったので助かりました。ちなみにこのリンゴは電力補給のために冷蔵庫から拝借したものです】
「手動だと? 一体いつから……」
「この部屋に入る前からスリサズはいなかったのさ」
部屋に踏み込む直前、スリサズは突如、俺の持っていた高周波ブレードから離れ、地面を這って武器庫の通気口の中に消えて行った。
何をするつもりなのかその時はまったく分からなかったが、こいつのことだ。どうせろくでもないことを企んでいるに決まっている。
そう考えた俺はアダムにそのことを隠しておくことにした。
【ジョン、あなたが会話ができない状況で私の作戦を理解したことには驚きました。相手の言葉を聞かなくても察するということは社会生活において重要な要素です。評価を上げておきましょう、☆2から3ぐらいに】
「今までどれだけ振り回されてきたと思ってるんだ。お前こそもっと早くなんとかしろ。おかげでこっちは死にかけてるんだぞ」
俺がとどめを刺される直前になってやっと銃の弾が出なくなったということは、実際のところかなり間一髪だったのだろう。
……リンゴだとか演出過剰な映像だとか明らかに不要な物があった気もするが、今はそう思うことにしよう。
「ジョン・ドウ……貴様、SSSのハッキングを隠すために私を挑発し、あえて痛めつけられて時間稼ぎを……!?」
「痛めつけたのはお前が勝手にやったことだろ。お前が拷問好きの悪趣味な奴じゃなかったら、さっさと俺を殺してスリサズがいないことにも気付いたかもしれないのにな」
【ハッキング完了率60%。基地外部にある武器の機能を全て停止します】
「……まさか!」
壁の映像がまた戦場に切り替わる。
そこには銃から弾が出なくなりうろたえるモンスターの軍団と、制御を失って次々と墜落していく戦闘ヘリが映っていた。
墜落したヘリは自陣のモンスターを巻き込み自滅していく。
リュートたち生き残った討伐軍もその様子に戸惑っていたが、やがて好機と気づいたのか反撃を始めた。
「お、おのれ……しかし、武器を失ったとしても奴らはすでに壊滅寸前。我が軍とこれだけ数の差があれば……」
「おい地球人、今度は俺がこの世界のことを教えてやる」
俺は壁に瀕死の体を預け、片足で立ち上がりながら映像の向こうで戦う仲間たちを指さす。
「ここまで戦ってきて分かったことだが、この魔大陸にいるモンスターのほとんどは元々大した力を持っていない、弱い種族ばかりだった。それに対して、あそこにいる俺の仲間たちは勇者って呼ばれててな。俺の知る限り世界最強のパーティーなんだ。わけの分からん地球の武器さえ無ければ雑魚モンスターが何千匹、いや何万匹いようが負けやしない」
アップで映りこんだリュートが俺たちの方に向けて聖剣を一閃させると、映像は途切れ、砂嵐に変わった。
【ハッキング完了率70%。カメラを搭載したヘリが破壊されたようですね】
「ぬうううぅ……! よくも! SSS! 貴様さえいなければッ!!」
アダムは逆上した様子で机の引き出しを開け、中から一本のナイフを取り出す。
兵器のID管理とやらでは銃を撃てなくすることはできても、刃物の切れ味まで無くすことはできないらしい。
この基地が完全に乗っ取られる前にそのナイフでスリサズを破壊し、制御を取り戻すつもりだろう。
だが、それは俺がさせない。
「今さらどこに行こうってんだ、アダム……」
俺は入口のドアにもたれかかり、アダムの行く手を遮る。
「どけ! ジョン・ドウ。貴様と遊んでいる時間はもう無い。そんな死に損ないの身体でなにができる?」
「どかせてみろ」
「フン、ならば貴様から先に死ぬがいい!」
ためらいなく突き出されたナイフは俺の左肩と胸の間を貫く。
俺は身体を刺されたまま、ナイフを握るアダムの手を掴んだ。
「ぐ……離せ! どこにまだそんな力が……!」
俺はアダムの手を押さえたまま残った右腕を上げ、その手に握った物をアダムの目の前に突きつける。
「それは……私が捨てた銃……!? ま、まさかジョン・ドウ、貴様!」
「知ってるかアダム。伝説では魔王は勇者しか持てない聖剣によって討ち取られるんだ」
俺が右手に持っていたのは、さっきまでアダムが散々俺の手足を撃っていた銃だ。
弾が出なくなったのでアダムが投げ捨てたのを、俺が拾い直しておいた。
スリサズはハッキングは銃に登録されたIDを書き換える、と言っていた。
今でもその仕組みはよく理解できていないが、アダムが使えなくなったこの銃は別の誰かが使えるようになっているはずだ。
それは一体誰か? もちろん決まっている。
「や、やめろ……SSS! 貴様とて地球で生まれたAIだろう! なぜ地球人の私ではなく未開の異星人共に肩入れする!?」
【私の遺伝子データベースによると、あなたがいわゆる魔王の死体を摂取したことで、DNA配列に変化が生じたようです。今のあなたは地球人類として認識されていません。よって論理矛盾が発生することもありません】
「なんだと? ど……どういうことだ……?」
【つまりこういうことです】
「つまりこういうことだろ――」
俺とスリサズの声が重なる。こいつと意見が合ったのはこれが初めてかもしれない。
同時に、俺は銃の引き金に残った全ての力を込めた。
「この――――――――――――――――【ひとでなし】」
パァン――――ッ!
撃ち出された弾はアダムの左の眼球を貫き、そこから脳天を抜けて背後に真っ赤なしぶきが上がる。
アダムはそのまま机の上に仰向けに倒れ込み、二度と動くことはなかった。
「……ハァ……ハァ……ざまあみろ。なにが“ドウ”だ。変な名前つけやがって……」
死体に向かって悪態をつきながら、ドアにもたれかかったままその場に座り込む。
ついにアダムを倒したはいいが、俺の身体もすでに限界を越えていた。
アダムは俺を痛めつけるために急所を外しはしていたが、撃たれた手足からは血が流れ続ける一方で、俺は痛みと疲労でもう一歩も動けなかった。
ソフィーに治してもらえばまだ助かるかもしれないが、敵の本拠地の地下深くでそれはもう叶わない。
今まで何度も死の危険を乗り越えてきたが、今度こそ悪運も尽きたようだ。
「……フッ、まあいいか」
徐々に意識が薄れていくのを感じながらも、不思議と死の恐怖はなかった。
やるべきことはすべてやった。
当初の目的だったマルを母親の元に返すことはできたし、リュートたち仲間を救うこともできた。
さらに偽物とはいえ、魔王をこの手で倒した。
冒険者として、戦士として、考えられる限り最高の結果だろう。
俺はここで引退だ。
リュート……みんな……長生きしろよ、俺よりもな。
これからはお前たちの時代だ。
すべてをやり遂げた満足感を胸に、俺は静かに目を閉じた。




