05 ドラゴン討伐
「おい、この先は危険だ。引き返すか迂回しろ!」
俺は霧の向こうに商隊を見つけると、馬の前に身を乗り出し両手を大きく振って制止した。
「なんだあ? あんた」
荷物を担いだ馬の横で手綱を引いていた男が、不審な目でこちらを見る。
商売がうまくいっているのか、恰幅のよい太った男だ。
「ドラゴン退治に来た冒険者だよ。この辺りに出るって聞いてきたんだ」
「ドラゴンだって? ワハハ、こんな山に来るわけがなかろう」
お連れの男たちも釣られてのんきに笑う。
【彼の出発した町には、この山にドラゴンが出現する情報は伝わっていないようです】
おいおい、マジかよ。説得してる暇なんてないってのに。
「いいか? ワシは長年この交易路を使っているがゴブリン一匹見たことがない。平和な道だからこそ、こんな霧の中でもこうして荷を運んでいられるんだ」
【熱源が上空から急速接近しています。距離100M】
「旦那様、早く行きませんと納品が遅れてしまいます」
【距離50M】
「そういうわけだ。どこでそんな話を聞いたのか知らんがなにかの間違いだろう。お前さんもさっさと山を下りた方がいいぞ」
【距離20M】
「ああそうかい、悪いなじいさんッ!」
俺は無視して通り過ぎようとする横っ腹を思いっきり蹴っ飛ばした。
「ぐおっふぅッッ!?」
丸々と突き出た腹を蹴られた商人の男は、ゴムマリのように弾んで脇道に吹っ飛んでいく。
【『ナイスシュート』。これは私の母星での球体を蹴るスポーツで使われる賛辞です】
「き、貴様! 旦那様になにをする!?」
ズズゥーーーーンッ!
次の瞬間、俺たちのいる場所だけを影が覆い、青く巨大な二本の足が馬ごと商隊の荷物を圧し潰した。地面に降り立った衝撃で、小さな地震が起きる。
その二本の足に支えられているのは、全身を青い鱗に覆われ角と翼を生やした巨大なトカゲ。
それは紛れもなくドラゴンだった。
キシャアァァァァァッ――!
続いて空気を切り裂くような咆哮。
「ど、ど、ドラゴンだあぁ~~ッ!!」
「だからそう言ってんだろ」
呆然としていた商人の集団も我に返り、叫びながら我先にと逃げ出し始めた。
さっき蹴とばした主人と思われる男もしっかり担いで行ったのは大した忠誠心だ。
【被害は荷物と馬一頭に抑えられました。不幸なお馬さんには黙とうを捧げましょう】
「言ってる場合か!」
一人残った俺に狙いをさだめ、長いカギ爪の付いた前足が襲いかかってくる。
俺はその攻撃を紙一重でかわし、伸び切った足を剣で斬りつける。
しかし、硬い鱗に阻まれ、ダメージを与えることはできなかった。
【所有している剣では、あの硬質の鱗に跳ね返されます。鱗のない白い部分は比較的柔らかい皮膚のようです】
「それぐらい知ってる!」
距離を取って体勢を立て直す。
ドラゴンは頭を下げ、俺を正面に見据えていた。
【体温の急上昇を感知、退避をおすすめします】
青い巨体にバチバチと稲妻が走り、突き出した顎を上下に開いた。
俺はとっさに近くの岩陰に避難する。
それと同時に、俺が元いた場所を雷を纏った熱線が一直線に通り過ぎ、山頂の一部を禿山にした。
【この星では「サンダーブレス」と呼ばれている光線砲ですね。ミステイク・ドラゴンの皮膚は特殊な帯電体質になっているようです】
よりによって雷属性のドラゴンとは運がない。
ドラゴンはどんな属性でも例外なく強い存在だが、その中でも雷は特にタチが悪い。
というのも、そいつが吐く光線は他の属性に比べて圧倒的に速い上に、浴びた者を一瞬で蒸発させてしまう。たまたま隠れられる分厚い岩があったから良かったものの、少しでも避難が遅れていたら骨も残らずこの世から消えていただろう。
【私から戦闘支援の提案があるのですが】
「なんだ!?」
【あなたは従わないので自粛しておきます】
「とりあえず聞かせろ! やるかやらないかは俺が判断する!」
盗賊との戦闘で無視したことを根に持ってやがる。機械のくせに。
【あの巨大な爬虫類の帯電皮膚には、今私が張り付いているレモンなんかよりも遥かに高い発電能力があると思われます。体のどこかに私の電極を刺し込むことが出来れば、ドラゴンの電力を吸収して私の機能を回復するとともに、脳に信号を流して沈黙させることが可能です】
「それってお前をアレにくっつけるだけで倒せるってことか?」
【それは正確ではありません。まずあのミステイク・ドラゴンの脳の位置を探り出してから情報伝達野に介入信号を送り……】
スリサズが長々と講釈を垂れているのを無視して、俺はドラゴンに向かって走り出した。
次にブレスが来たら避けることは出来ない。短期決戦だ。
キシャアァァァァァッ――!
岩陰から出てきた俺を見てドラゴンは再び吠える。
さっきと同じようにブレスを発射しようと大きく開けた口に向かって、俺はスリサズの張り付いたレモンを振りかぶった。
「よーしッ! 死んでこいッ!」
俺の投げたレモンはドラゴンの開いた口の中に真っ直ぐ放り込まれ……たかと思ったが、上顎に当たってバウンドし、鼻を通過して左眼に当たった。
ギィヤァァァァァッ――!!!
しかし効果はあったようで、レモン汁が目に入った青い竜は苦悶の鳴き声を上げて暴れ始めた。
ドラゴンでもあれは辛いらしい。
【これは私の母星での球体を投げるスポーツで使われる罵倒です。『このノーコン』】
潰れたレモンから分離し、スリサズの本体がドラゴンの体を這い上がる。
四本の足でカサカサと這い回るその姿は、まさに虫のようだった。
「早くしろ! あんまり持たないぞ!」
メチャクチャに暴れるドラゴンから逃げ回りながら、大声でスリサズに声をかける。
やがて俺は疲労から足がもつれ、山道を転がり落ちていった。
「いてて……またあいつに年寄り扱いされるかもな」
山腹の崖にぶつかってやっと止まり、俺は頭を押さえながら立ち上がる。
顔を上げると、ドラゴンの口の中身が視界を埋め、長い舌とキレイに並んだ牙がドアップで俺の目に映った。喉の奥からブレスの光が徐々に大きくなってくる。
「ちくしょう! のろまのポンコツめ! 早くしやがれってんだよ!」
光が視界を真っ白に覆い、俺はもう駄目だと目をギュッと閉じた。
◆
………………――――?
おかしいな、いつまで経ってもブレスが来ない。
ゆっくりと目を開けると、ドラゴンは口を開けたまま時間が止まったように静止しており、ブレスの光も口の奥へ引っ込んでいた。
【おや、目を開けてしまいましたか。何秒間その変顔を維持し続けるのか、という動画をSNSにアップロードしていたのですが】
動かなくなった竜の頭上から、いつものわけの分からない皮肉が聞こえてきた。