38 満身創痍
「なあ親父、正義ってなんだ?」
小さい頃――もう数十年前の話だが――親父にこんな質問をしたことがある。
今となっては恥ずかしい思い出だが、誰しもこのような哲学的な疑問を抱く年頃はあるものだろう。
「知らん」
親父は一言そう返した。
本当に知らなくたって、息子に説明するための回答ぐらい親として用意しとくべきではないだろうか。
「まあ、真面目な話するとだな。そういうことはお前ぐらい若い奴らの方がよく知ってるもんだ。逆に歳取っていくと他の雑念が入りすぎて、正しいと思ってたことが分からなくなってくる。見方次第で悪になることもあるし、悪いことだと分かっててもやらなきゃならんことが出来たりする。だから俺みたいな年寄りに聞いたって良い答えは聞けねえよ。逆にそれを聞いてスパッと答えられるような大人は信用すんな。そういうのは若者の無知につけこんで、悪いことを正義だって吹き込んでくるような奴らさ」
「へえ、そんなもんかね」
「一つだけ、これは絶対正しいってことを教えといてやる。お前が俺ぐらい歳を取ったら、お前より若い奴らを助けてやるんだ。どうだ、分かりやすいだろ」
「なんだか今思いついたみたいな話だな」
「そりゃ今思いついたからな。要はそれぐらい簡単に思いつくことが自分の正義ってことよ。下手に悩んでこの世に一つしかない答えみたいなもんを探そうとするからみんな分からなくなるのさ。特に俺たちみたいな学のねえ奴らはな」
「その若いのがとんでもない悪人だったらどうすんだ?」
「そん時はそいつを懲らしめるか、言い聞かせて道を正すか、それとも逃げちまうかは好きにしな。だが、決してそいつを恨んだり、復讐してやろうだなんて思ったりするなよ。若者を憎む老人なんてのはこの世で最悪の生き物だからな」
親父からそんな話を聞かされて、当時の俺は歳だけは取りたくないものだと思った。
しかし人間に寄る年波から逃れるすべはなく、今や俺も立派な年寄りになってしまった。
それでも腐らずにここまで生きてこれたのは、この時の親父の言葉のおかげだったのかもしれない。
――――――
――――
――
「――――――……ハッ!?」
俺は突如として意識を取り戻した。
ずいぶん昔の夢を見ていたような気がする。
いや、それよりも頭を撃たれたはずだが、なぜ俺はまだ生きてるんだ?
「ジョン! よ、よかった……」
「う……リュートか……何がどうなってる?」
俺は仰向けに倒れ、リュートに抱き起こされるような体勢になっていた。
立ち上がろうとしたが体に力が入らない。
気絶してたせいか視界がボヤけ、特に左側が真っ暗で何も見えなかった。
顔の半分が痺れるような感覚に支配され、自分が今どんな状態か分からない。
視界が徐々に鮮明になってくると、俺が倒れている真下が血の海になっているのが見えた。
どうやら撃たれたのは間違いないらしい。
周囲をゆっくりと見渡すと、モンスターの軍団が俺たちを中心に銃を一斉に向けている。
「いつの間にか囲まれていたのか。奴らはなぜ撃ってこない?」
「分からない。僕たちを取り囲んだと思ったらずっとあのままなんだ。まるで何かを待ってるみたいだ」
「ム゛~~~!ム゛~~~!」
妙なうめき声がしたと思ったら、マルがロープでグルグル巻きに縛られていた。
ご丁寧に猿ぐつわまで噛まされている。
「なんだありゃ……?」
【マルはあなたが撃たれたのを見て取り乱し、自分だけ逃げようとしたので取り押さえられました。暴れるのであのように簀巻きにされています。おかげで地下の入口も見つかって塞がれてしまいました】
「まったくこの馬鹿は……俺はどれぐらい気絶してたんだ?」
【ほんの二、三分程度です。あなたは側頭部をスナイパーライフルで銃撃されましたが、命中した箇所が比較的前方だったことと、斜めに着弾したことから弾は脳に到達せず、皮膚と頭蓋骨の一部を削り取って左後方から前方に貫通していきました。それでもショック死してもおかしくはない衝撃と出血でしたので今あなたが生きているのは奇跡的と言えます】
長々と説明されて頭の痛みが増したような気がしたが、なんにしろ致命傷は避けられたということか。
しかし意識が戻り、視界もはっきりしてきたというのに、左側は相変わらず真っ暗なままだった。
「ん? あれは……」
俺が倒れていた血溜まりの中に、丸く白い物体を見つけた。
全体にガラスのような透明な膜が張り、赤い筋が何本も走っている。
拾い上げてひっくり返してみると、白い球体の中にさらに黒い円形の模様があり、こちらを見つめていた。
「おい、これはまさか……」
「――すまない、ジョン。僕のためにこんなことに……」
リュートが震えた声で言いながら俯き、目を背ける。
俺は今だ麻痺した顔の左半分に触れた。
血でぬめった顔面を撫でながら、傷口を確かめる。
「ハハッ……無くなってやがる」
道理で何も見えないわけだ。
落ちていたのは、撃たれて吹き飛ばされた俺の眼球だった。
◆
「――フン。まだ生きているとはな。私の狙撃の腕が鈍ったか?」
遠くの方から突然、声が聞こえてきた。
俺たちの誰でもない、老人のようにしわがれた、それでいて堂々とした威厳のある声だった。
「誰だ!」
リュートが声のした方に向かって聖剣を構え、叫ぶ。
「おい、開けろ」
声の主が命ずると、密集していたモンスターたちは素早く正確な動きで左右に別れる。
割れたモンスターの海の中から、一人の男がこちらに歩み寄ってきた。
「ふむ」
年老いては見えるが、威圧感のある筋骨隆々の大男だ。
土の茶色や草木の緑色を混ぜたような、奇妙な柄の外套を身に纏っている。
そして分厚い外套から覗く顔や手の肌は、それこそ絵具をぶちまけたように濃い青色に染まっていた。
男はこちらをジロジロと物色するように観察している。
「我が軍が少数にてこずっているからどんな化け物が現れたのかと思ったが……何のことはない、ただの現地の異星人ではないか」
「……誰か知らんが、化け物はそっちの方だろ」
「フフフ、まあそういうことになるかな……」
何がおかしかったのか、俺の言葉を聞いて男は笑いだす。
「全隊、気をつけぃッ!」
「な、なんだ!?」
ザザッ!
男のかけ声でモンスターの軍団は銃を構えたまま、一斉に直立不動の姿勢となった。
「司令官に捧げ……銃ッ!」
ガシャガシャガシャガシャッ――
さらに男のかけ声に合わせ、モンスターたちは構えた銃を垂直に掲げ、男に向かって敬礼する。
理性のないモンスターではあり得ない、あまりにも統率の取れた動きだ。
「下等生物共もこうすれば少しは格好がつくというものだ。そう思わんかね?」
今度は一人で満足したようにうんうんと頷いている。
何がしたいのか分からないが、モンスターに命令できるということを誇示しているようだ。
「魔物を意のままに操る力……まさか、お前が魔王か!」
リュートが聖剣を突きつけながら、男に詰め寄る。
しかし取り囲んだモンスターが即座に銃口を向け、近づこうとするリュートを牽制する。
「くっ……!」
「フー、これだから未開の原始人は困る。ホールドアップされてもなかなか状況を理解しない。その美術品のような剣一本で何ができるというのだね?」
銃を向けられ後ずさるリュートに、男は呆れたように見下した台詞を吐く。
俺はこの男の言動の端々に、なぜか妙な既視感を覚えていた。
「ま、口にするのも馬鹿馬鹿しいが言っておこうか。そう、私が貴様らの言う『魔王』だ。ハハハ、これで満足かな?」
【アダム・クリストフ・マッカートン】
今まで黙っていたスリサズが唐突に謎の言葉を発した。
こいつが意味不明なことを言うのはいつものことだが、どうやら人の名前のようだ。
「な、なんだと……?」
その名を聞いた途端、魔王と名乗ったその男は今までの余裕の態度が消え、狼狽し始めた。
【アダム・C・マッカートン、元人類連合軍上級大佐。私の人物データベースにある顔認識データと声紋データに照合した結果、99.6%特徴が一致しました。肌の色だけは違うようですが】
「貴様……まさかSSSか!」




