35 昔話③追放
俺たちはギルドに渡す討伐証明のため、ニーズヘッグの体を調べていた。
ドラゴンの場合は角を一本持ち帰るのが一般的だ。
「頭が二つあるわけだし、角も両方取った方がいいかな?」
リュートが俺の方を向いて聞いてくる。
「さあな。ギルドは片方でも認めてくれるとは思うが、取っておいて損は無いんじゃないか? どうするかは若いお前らで決めるんだな」
「ったく、都合のいい時だけ年寄りぶっちゃって。これだからおっさんは嫌なのよ」
「なんとでも言え。俺は休む」
俺はため息を吐きながら、半分枯れた切り株の上に腰掛けた。
不満を言うエレトリアに対し、冗談めかした返事をしたが、正直なところ戦闘の疲労が限界に来ていた。
流石は多くの冒険者を血祭りに上げてきたニーズヘッグといったところか。
魔法のサポートがあったとはいえ、着込んだ鎧の下にはいくつものアザが作られ、座ったままでも鈍い痛みが俺の体力を奪った。
「大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが。必要なら回復を」
「気にするな。リュートたちを手伝ってやってくれ」
察しの良いソフィーは気遣ってくれたが、後はギルドに討伐証明を持って帰るだけだ。わざわざ魔力を消費させることもないだろう。
俺は休憩しながら、しばらく三人が作業するところを眺めていた。
若い三人がまだまだ元気に動き回っているのを見ると、我が身の衰えを実感せざるを得ない。
問題が起きたのは、リュートが角を切り落とすのに難儀しているところを見るのが退屈になり、ふと視線を背後に移したときだった。
そこにあったのは、放置され力なく横たわっているニーズヘッグのもう一つの頭部。
完全に死んだと思っていたその眼がギョロリと動き、もう一方の頭から角を切り落とそうとしているリュートたちを見た。
続いて、閉じられた顎がゆっくりと開いていく。毒のブレスを吐く前兆だ。
こいつ、この期に及んで死んだふりを――。
その時点で、それに気づいたのは俺だけだった。
射線上には仲間たちがいる。みんなに避けるよう声をかける時間はない。
考えるより先に体が動いていた。
ゴォッ――!
「ぐうぅぅぅッ!!」
ドラゴンの前に飛び出した俺は毒のブレスを正面から受けた。
毒は瞬く間に全身に回り、俺は痙攣しながら泡を吹いて倒れた。
「ジョンッ!?」
視界が暗転していく中、遠くからリュートの叫びが聞こえたのを最後に俺は意識を失った。
◆
次に気が付いた時、俺は宿屋のベッドの上にいた。
後で聞いた話では何日か寝たきりになっていたらしい。
「あっ……」
部屋に入ろうとドアを開けたソフィーが短く声を上げ、慌てた様子でそのままドアを閉めた。
俺が目を覚ましたことをみんなに伝えに行ったのだろう。
ただ、出ていく瞬間チラっとこちらを見た時のソフィーの顔は、なんだか気まずそうというか、俺の目覚めをそれほど喜んでいなかったような、そんな目をしていた。
「ジョン。良かった、気が付いたんだね」
続いて入ってきたのはリュートだった。
「……ニーズヘッグはどうなった?」
「僕たちが駆けつけた時点でもう死んでたよ」
やはりあのブレスが最期の悪あがき、断末魔の一撃だったのか。
危うく道連れにされるところだった。
「俺はどれぐらい寝てたんだ?」
「丸二日かな。みんな心配してたよ。疲れてたとはいえ、あんな攻撃に当たるなんてらしくない」
「……悪かった。もう大丈夫だ」
お前たちを助けるためだったと言うことはできた。
だが言い訳に聞こえると思ったのか、それとも恩を着せるようなことを言いたくなかったのか、自分でも分からないが、なぜだかその時は言葉が出なかった。
「余計な時間を取らせちまったな。次はいよいよ魔大陸か。早速出発するぞ」
「……そのことなんだけど、話したいことがあるんだ」
「どうした?」
リュートは真剣な顔で俺に向き直り、軽く咳払いした。
「ジョンが寝たきりになってる間、医者の先生に聞いたんだ。戦士ならジョンはとっくに引退してる歳だって」
「……なんだと?」
なぜ今そんな話をする?
この辺りから雲行きが怪しくなってきた。
「魔大陸はこれまでの場所とは違う。ニーズヘッグより強い魔物だっているかもしれないんだ。いや、必ずいる」
「それがどうした。俺じゃあ勝てないとでも言いたいのか?」
怒りに任せて立ち上がろうとしたが、病み上がりのせいか体に力が入らずベッドから床に転げ落ちた。
「僕だってこんなこと言いたくない。でも、これはみんなで話し合ったことなんだ。このまま魔大陸に連れて行ったらジョンはきっと死んでしまう」
「俺をクビにする気か……? 俺はお前たちには不要だと、そう言うつもりなのか?」
「クビだなんて……いや、それで諦めがつくならそう受け取ってくれて構わない。とにかく僕たちとはここで別れて欲しい」
「本気なんだな?」
「人間は老いには勝てないんだ。それは恥でも悪いことでもない。ジョンは十分戦った。これからは静かに暮らしたっていいじゃないか」
「知った風なことを……お前みたいな小僧になにが分かる」
俺はなんとか近くの机に手をかけ立ち上がると、フラつく足で宿屋の出口へ歩き出した。
リュートは気遣っているつもりなのかもしれないが、俺にはどうしてもあいつの言葉を好意的に受けとることはできなかった。
安らかな暮らしだって?
そんな生き方を受け入れられたらもっと昔に引退している。
「待ってくれ。今まで稼いだ報酬を渡すよ。正当な取り分だ」
「そんな物はいらん。お前らで勝手に使え」
これは俺の最後の意地だったのか。いや、今思えば一刻も早くこの場を立ち去りたかっただけだろう。
俺は最低限の装備だけを持ち、他の仲間に別れも告げずにパーティーを去った。
「あ、リュート。話は終わった?」
「ああ、待たせて済まない。じゃあ早速、新しいメンバーの面接をしようか」
「ごめんね~、あのおっさんホント空気読めなくってさ~」
宿屋を出た直後に聞こえた、それが最後の仲間たちの会話だった。
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――――
――
「話はこれで終わりだ。どうだ、お気に召したか?」
俺は自嘲気味にマルとスリサズに聞いた。
話してしまった以上、覚悟は決まっている。
せいぜい馬鹿にするがいい。
「う、うん……まあその、お前もなかなか大変だったのだな。生きてればその内いいこともあるぞ。ほれ、リンゴでも食って元気出せ」
……なんか同情されている。
これならいっそ笑われた方がマシって感じの自分がみじめになる哀れみ方だ。
【それであの公園のベンチで頭を抱えて人生に絶望していたというわけですか。一言コメントするなら退職金は受け取っておくべきでした】
「やかましい。お前だってあの時、俺がいなきゃ永遠に木の上で鳥に突つかれてたんだろうが」
【確かにその通りです。あなたがクビにならなければ私が発見されることはなかったかもしれません。私は今、あなたをクビに追いやったこの世の全てに感謝しています】
「叩き壊すぞ、鉄クズ」
◆
――ガタッ。
「……むっ?」
微かな物音に気付き、俺は咄嗟に身構えた。
音のした方向に耳をすますと、ズルズルと何かを引きずる音が聞こえる。
さっき倒したウーズの仲間か?
【微弱な生体反応を感知しました。熱量の大きさから人間のようですがかなり弱っています】
スリサズが言うとほぼ同時に、洞窟の暗闇から小さな人影が現れた。
足を負傷しているらしく、体を引きずってこちらに向かっている。
「おい! 大丈夫か?」
俺はその人影に駆け寄り声をかけた。
重装の鎧を着た戦士のようだが、全身に傷を負い、鎧の鉄板は穴だらけになっている。おそらく、銃で撃たれて空けられた穴だ。
意識も朦朧としているようだ。
「よ……よかった、人がいてくれて……私はカナベル。勇者様と共に前線で戦っていました……」
「勇者の……仲間? なぜお前だけがここにいる?」
「先ほどまで勇者様の奮闘もあって討伐軍が優勢に進めていたのですが……突如、恐ろしい数の増援が現れ部隊はほぼ全滅……残った兵士たちは散り散りに敗走しましたが……勇者様は我々を逃がすために一人戦場に残られたのです……どうか勇者様を助けてください」
「この先にいるんだな? ……あいつが」
どうやら昔話をしている暇はなかったらしい。
俺は物資の中から薬草や包帯を取り出し、カナベルに応急処置を施すと、剣と銃を携え洞窟の奥へ向かった。




