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15 バンダースナッチ

 バンダースナッチは10頭ほどの集団で、街道の真ん中に倒れている馬の死肉を貪っていた。

 オオカミの二倍はある巨体から伸びる前足で横倒しになった馬の胴体を押さえ、頭を突っ込んで骨や内臓を引きずり出している。

 

「仕方ねえ、この馬車はここまでだ。近くの町まで引き返すからみんなそこで降りてくれ」

「なんだと?」


 御者の男の発言に、俺も含めた乗客たちが口々に文句を言い出す。


「引き返すなんて聞いてないぞ!」

「私たちは港町までの代金を払ったのよ!」

「降ろすなら途中までの金を返してくれ!」

「ダメダメ。馬車の運行中にトラブルがあっても返金は一切なしって看板に書いてあっただろ?」


 そういえば看板の隅の辺りに、限りなく小さくなにか書いてあった気がする。


「それにあいつら、今は馬の死体を食うのに無中だけどよ。無くなったら今度は近くにいる俺たちが狙われるぜ。餌になってもいいってんなら今すぐここで降りてくんな。俺だってさっさと逃げ出したいんだ」


 脅迫めいた説得に言葉を失い、客たちはぐっと不機嫌な顔をしながらも押し黙る。

 しかし、俺だけは御者のその言葉に違和感を覚えていた。


【口上が滑らかすぎますね。危険な猛獣に遭遇したというのに、声紋からは動揺や恐怖といった感情が読み取れません。まるで以前から考えていたか、今までに何度も同じセリフを言い慣れているかのようです。そもそも、街道の真ん中になぜ馬の死体があるのでしょうか】


 口上が滑らかすぎる。まるで以前から考えていたか、何度も言い慣れているかのようだ。

 ……先に言われた。


「よ、よく分からんが降りれるのか? 降りる降りる! もう馬車はこりごりだ!」


 馬車が止まって酔いが治まってきたのか、マルがふらつきながら俺の袖を引っ張って降りようとする。乗り物酔いが相当効いたらしい。


「お前、話聞いてなかったのか?」

「む? どこを指さしてウォロロロロ――……」


 油断していたところにバンダースナッチが馬の死骸を解体するシーンを見て、とうとう胃が決壊したようだ。

 外に顔を出していたので馬車内を汚さなくて良かった。


「あー、ちょっといいか?」


 俺は馬車から降りて正面に回り、馬にまたがる御者を見上げて話しかける。


「なんだいあんた? もう引き返すから馬車に戻ってくれよ」

「俺があいつらを追っ払ったらそのまま港町に行ってくれるかな」


 親指を後ろに向けてバンダースナッチの集団を指す。

 それを聞いて、御者の男は困惑と嘲笑が入り混じったような表情を浮かべた。


「そりゃまあ……でもあんた一人じゃ無理だよ。ちゃんと近くの町から衛兵や冒険者を何人も呼ばなきゃあ」

「そう思うなら俺が食われてる間に逃げてくれて構わん」


 俺は剣に手をかけて魔物の群れに歩み寄っていった。



【待ってください。害獣が相手とはいえ、人類と地域自然の円滑な関係を保つためには無益な戦闘は避けるべきです。私が交渉してみましょう】

「なに?」

【この星のモンスターを解析しているうちに、特定の周波数の音を発することで意思疎通を図っていることが明らかになりました。私のスピーカーから合成した音波を流し、会話を試みます】

「相変わらずよく分からんが、それってモンスターと話ができるってことか?」


 簡単に言ってるがそれってすごいことじゃないのか?

 マルのような理性のあるドラゴンならともかく、獰猛なモンスターは人間と敵対するものというのがこの世の常識だ。

 それこそ俺が生まれる遥か以前から、モンスターと出くわした時の解決方法は逃げるか殺すかの二つだけ、と世界共通で教えられている。交渉で解決するなど考えられないことだった。


【いいですか、交渉の際は相手を警戒させてはいけません。私の指示通りに行動してください。まず剣を鞘に戻してホールドアップ……両手を顔の横に高く上げてください】

「……こうか?」


 おれは言われた通り、片手にスリサズの張り付いたキウイフルーツを持ったまま両手を上げ、その姿勢のままバンダースナッチが死体を貪る中にゆっくりと近づいていった。

 近くにいるものから順に俺の存在に気づき、馬を食うのをやめ牙を剥いて威嚇してくる。


「おい、ホントに大丈夫なんだろうな」

【人類には聞こえない周波数で会話しています。声を出さないでください】


 確かにモンスターの集団はこちらに威嚇行動をとってはいるが、危険な距離に入っても攻撃は仕掛けてこない。

 周りのバンダースナッチが遠巻きに吠えたりうなったりしている中、目に傷のある一際大きな一頭だけが、俺に対して静かに視線を向けてきていた。どうやら群れのボスのようだ。


【――・――――・――・――・――――・――・――――・――】


 スリサズは機械の目を様々な色に点滅させながら、ボスに向けてなにかを伝えている。

 直立不動の状態で静止したまま気の遠くなるような時間――実際にはほんの数分のことだったが――が過ぎた後、スリサズの声が聞こえてきた。


【交渉に失敗しました。両手を下げて戦闘態勢を整えてください】

「は?」


 アオォォォォォン――――ッ!!

 ボスが遠吠えすると同時に、バンダースナッチの集団が一斉に飛びかかってきた。


「話し合って解決できるんじゃなかったのか!?」


 俺は爪の一撃を受け流しながらスリサズに怒鳴る。


【交渉開始時は人類への悪口で意気投合したかのように思えましたが、その後の集団における信頼関係と秩序の構築について議論する内に意見が分かれ、マウントの取り合いを120回ほど繰り返した結果、もはや戦争しかないという結論に達しました。しかし残念です、私の方が確実に正論だったのですが。SNSでやり取りを公開し第三者のアンケートを取りましょう。否定意見多数……アンケートを削除しました】

「二度とお前に交渉なんかやらせん」


 なおもブツブツと言っているスリサズを無視して、俺は飛びかかってくるバンダースナッチを次々に斬り伏せていく。

 ドラゴンやらゾンビやら変な機械を着けたゴーレムやらを相手にしていた俺としては、これぐらいなんともない。むしろ、やっと普通のモンスターと戦えて嬉しいぐらいだった。

 気が付けば、死屍累々と転がったバンダースナッチの山に、俺だけが返り血まみれで立っていた。


「ったく、最初からこうしておけば良かったんだ」

【戦争とはいつの世も虚しいものです】

「お前が言うな」


 俺は馬車にゆっくりと歩いて戻り、呆然と目を白黒させている御者の男に告げた。

 案の定、素直に喜んでいるようには見えない。


「ところで、あいつらが食ってた馬の死体だが、あんたの馬と蹄鉄(ヒヅメ)の形が同じだったぞ」

「……え? ば、馬鹿言っちゃいけねえよ。道に捨てていく時にちゃんと外して……あ」

【足が潰れた馬を街道に捨ててバンダースナッチをおびき寄せていたようですね。走行距離を短くして運賃を稼げる上に、不要な馬を処分できる手口は実に効率的と言えますが、営業責任は問われなくてはなりません】

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