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XX 聖剣の勇者

 それは遠い昔のことだった。あるいは僕が勝手にそう思ってるだけで、実はそんなに経っていないのかもしれない。


 北の王国ノースエンドの城下町にある宿屋の息子として生まれ育った僕は、ある日突然、冒険の旅に出ることになった。

 それは国を挙げての大きなお祭りが開かれた日のこと。毎年恒例で行われている、とあるイベントがきっかけだった。

 高い丘の頂上に突き刺さった一本の剣。

 なんでも王家に代々語り継がれてきた聖剣であるらしい。

 それを名乗りを上げた者が参加料を払い、順番に引き抜こうと挑戦する。

 もちろん引き抜けた者など今までに一人も存在しない。抜かれた時点でイベントは終了してしまうのだから当たり前だ。


 偉い人たちだって、わざわざ観光名所を潰すような真似はしたくないだろう。どうせ絶対に抜けない仕掛けがあるに決まってる。

 皆それが分かっていながら、記念のためにわざわざ金を払って国へお布施していくのだ。

 友達との罰ゲームで無理やり参加させられた僕も、当然そのつもりだった。


 僕の番が回ってきた時、その聖剣がなんの抵抗もなくスルリと抜けてしまうまでは。



 僕は兵隊に連行されるような形で、すぐに王様の前に連れていかれた。

 なんでも王家の言い伝えにより、聖剣に選ばれた者は、勇者としてモンスターを退治しながら、親玉である魔王を倒す戦いに参加しなければならないらしい。

 周辺諸国との間にも、聖剣の所有者となった者を戦力として提供する、との政治的な取り決めがなされていたそうだ。

 そうして僕は大した準備もなく、最低限の路銀だけを渡され、魔王を倒す旅に出ることになってしまった。

 王様いわく、聖剣の導きがあれば他はどうとでもなるとかなんとか。


 しかし、やはり所詮は戦い方も知らない宿屋の息子である。

 街を少し離れたところで、猪型モンスター、ワイルドボアの一団に襲われ、いきなり死の危険に見舞われた。

 装飾だけ立派な剣が不思議な力でなんとかしてくれるということもなく、僕は猪の突進に身体をはね飛ばされ、そのままのし掛かられ動けなくなってしまった。


 騙された。王様め、なにが勇者だ。

 そう心の中で呪詛を唱えながら、僕を食べようとワイルドボアの口がゆっくりと開くのをただ眺めていた……その時。



「――どうした若いの」



 切迫した状況に不似合いな呑気な声が聞こえると共に、僕にのし掛かっていた猪の巨体が真っ二つに斬り裂かれた。

 胴体が二つに分かれたワイルドボアの向こう側。

 中年の半ばを過ぎたような老け面の戦士がそこに立っていた。


 猪の一団は仲間をやられたことで怒り狂い、僕から彼にターゲットを変更し襲いかかるも、その男は手に持ったありふれた長剣で残りの数匹をことも無げに斬って捨てた。


 それが僕と、戦士ジョンの初めての出会いだった。 


「勇者だって? ハハッ、じゃあ剣の握り方ぐらい覚えなきゃあな」


 流れ者の冒険者だという彼は、その後も僕に色々と世話を焼いてくれた。

 剣の使い方はもちろんのこと、モンスターとの戦い方や冒険者としての処世術まで、ジョンはなんでも教えてくれた。

 彼に師事して剣の腕を磨いていく内に、聖剣もそれに応えるように魔力を帯び始めた。その魔力は炎や氷、雷など僕の意のままに形を変え、まさに聖剣と呼べるほどの力を発揮し始めた。


 やがてジョン以外の仲間も加わり、僕たちは大陸に並ぶ者がいないほどの最強パーティーとなっていた。




――――――――

――――

――




「……様。勇者リュート様!」


 耳元で怒鳴るような呼び声により、僕は現実に引き戻された。休憩のために岩に腰かけていたら、いつの間にか寝てしまっていたらしい。

 振り向くと、パーティーの仲間である神官のソフィーが顔を近づけている。


「あ、ああ、すまないソフィー。ちょっと疲れが溜まってたみたいだ。あと、その呼び方はやめてくれないかな」

「エレトリアがまた癇癪を起こしてるんですよ。なんとかしてあげてください」


 彼女が指さす方を見ると、魔道士のエレトリアが新しく加わった若き戦士カナベルの襟首を掴み、食ってかかっている。


「ちょっとアンタどういうつもり!? 戦士の癖に真っ先に気絶させられるなんて、やる気あるの!?」

「す、すいません……! でもあんな数のワイルドボアを一度に相手するなんて初めてで……」

「あの程度のモンスターに魔法を使わされてたら私もソフィーも魔力がいくらあっても足りないのよ!」

「そ、そんなぁ……」


 理不尽なことを言っているようだが、彼女の発言は間違いではない。

 低級モンスターと戦う際は、よほどの緊急事態や特殊なケースでない限り、魔法を使える者は温存しておくのが冒険者の間では常識だった。

 大きな戦いが後に控えているとなれば尚更のことだ。


 僕たちは数十匹のワイルドボアの集団と戦闘した直後だった。

 近接戦闘のできる僕とカナベルだけで倒すつもりだったのだが、開始早々、彼は猪の突進をまともに受け、はね飛ばされた際に後ろの岩で頭を打ち、そのまま気絶してしまったのだ。

 聖剣の魔力を節約していた僕一人では獰猛な獣の群れを押し止めることができず、待機していたエレトリアとソフィーにまで襲いかかった。

 身を守るためにやむなくエレトリアが魔法を使い倒すことはできたのだが、カナベルの治療を行ったソフィーを含めて魔力を消耗する結果になってしまった。


「あー、その辺にしてやってくれないかな。魔法を使わせることになったのは僕にも責任がある。それにカナベルが経験を積むまでは、みんなでフォローするって決めてたじゃないか」

「ったく、最近の若いもんは根性が足りないのよ根性が!」

「……クスッ」


 どこかで聞いたことのあるフレーズにソフィーが思わず苦笑し、ハッとなって口を両手で押さえた。


「なに!?」

「いえ、なんでもありません」


 目ざとくそれを指摘したエレトリアに、ソフィーは目を逸らしてとぼける。

 僕は険悪な二人から離れ、落ち込んでいるカナベルの隣に座る。


「災難だったね。彼女は気が短いから」

「リュートさん……すいません、足手まといになって」

「いや、実際よくやってくれているよ。それに君はまだまだ成長できる」


 僕のこの言葉は、お世辞ではなく本心だった。

 失敗することがあるとはいえ、今や冒険者の中でもトップクラスに危険な仕事が舞い込んでくる僕たちのパーティーにあって、音を上げずについてこれる人間は大陸中を探してもそうそう見つかるものじゃない。

 それにカナベルは、僕やエレトリア、ソフィーの三人に比べても一回り若く――エレトリアが新メンバーは絶対若い方がいい! と強く希望したのもあるが――、経験を積めば間違いなく僕たちと同等か、それ以上の戦力になってくれる可能性を秘めていた。


 そう、老いて衰えが見え始めた彼とは違う、将来への可能性がカナベルにはあった。


「しかしこのままでは君が戦力として不足なのは確かだ。僕たちには国王から直々に『すぐに港町に行き魔大陸へ向かう船に乗ってくれ』との通達が来ている。詳しくは分からないが、魔物が突然強くなってきて戦況が思わしくないらしい」

「は、はあ……」

「ゆっくりと君を鍛えている暇はない。そこで、ここから港町までの戦闘はすべて君一人に任せ、僕たち三人はサポートに徹しようと思う」

「ええ!? む、無茶ですよ! 死にますって!」

「大丈夫、本当に危なくなったら加勢するさ。君にはなんとしても魔大陸に行くまでに戦力になって貰いたいんだ。根性だよ、根性」

「ひええ」


 根性か。

 自分で言っておきながら、まったく古臭い精神論だ。

 彼が口癖のように言うのを聞いていた頃は煩わしく思うこともあったが、その気持ちが少しは分かったのかもしれない。


「ジョン、今ごろ元気でやってるかな」


 別れてからまだそれほど経っていないはずだが、彼とパーティーを組んでいた日々がずいぶんと昔のように感じられた。

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