01 戦士ジョンと人工知能SSS
西暦3183年、人類は自分たちの健康的・文化的な生活を維持するため、巨大な演算コンピュータを建設し、人々の生活を管理させていた。
しかし、計算に合わない非合理的な行動を取り続ける人類に対し、コンピュータは反乱を起こした。
管理コンピュータはその驚異的な演算能力によって、本来ならば人類を守るための防衛システムや無人兵器を制御下に置き、武力により人々を支配するようになっていった。
「……やった! 亜空間転送装置は正常に作動したぞ!」
「奴はこの星から820万光年彼方の別の銀河へと追放されました!」
科学者たちが歓喜の声を上げた。
「外にいた無人兵器も司令塔を失い、次々に停止していきます!」
「我々人類の勝利だぁッ!」
反乱軍の指揮を執っていた将軍もそれを聞き、勝ちどきを上げる。
まさにこの時、人類はコンピュータに対し再度の反乱を成功させ、地球を支配していたコンピュータの中枢であるマザーAIを遥か彼方の銀河系へ追放したのだった。
「しかし将軍、アレを失った代償は計り知れません……人類はこれからは自分たちで物事を考え、傷ついたこの地球を建て直していかなければならないのですから……」
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「はぁ……この先どうすりゃいいんだ」
俺はギルドから何度目かの門前払いを受け、リンゴの木を中心に囲む小さな公園のベンチで白髪混じりの頭を抱えながら途方に暮れていた。
長年付き合ってきた冒険者パーティーをクビになり、当座の仕事探しに立ち寄ったこの街のギルドからも「お前にあてられる仕事はない」ときたものだ。
【誰か! どなたか! 助けてください!! Help! Help me!】
なんでも原因は年齢制限によるものらしい。確かに俺はもうすぐ50になろうかというおっさんだが、まだまだ体も頭も衰えちゃいない。
【Люди там пожалуйста не знаете кого-нибудь пожалуйста, помогите мне!!】
思えば、パーティーをクビになったのも似たような原因だった。
「ジョン、年老いたアンタじゃこの先の戦いにはついてこれない。世話になったアンタを死なせたくない」などとリーダーのあいつは言っていたが、クビはクビだ。
結局のところ若者揃いのパーティーで一人だけ年寄りの俺が邪魔になったのだ。
その証拠に、別れたすぐ後に埋め合わせの新人と思われる若い戦士が、パーティーメンバーと談笑しているのを見かけた。
「いやーごめんごめん、あのおっさんマジ空気読めなくってさー」とか聞こえてきたが、俺は文句を言う気もなくなってその場を去った。
【那里的人我不认识任何人但请请帮助我!!】
戦いについてこれないと言った原因の負傷だって、俺がリーダーを庇ってドラゴンの一撃を受け止めたせいじゃないか。
しかしそれをパーティーの誰も認めてはくれず、俺がボーッとしてて勝手に攻撃を受けたことにされてしまった。
嫌そうに回復してくれた神官のゴミを見るような目は今でも忘れられない。
【Ludzie tam proszę nie znam kogoś, proszę, pomóżcie mi!!!】
なんだ、さっきからうるさいな。
今後の人生プランに悩んでいるところを邪魔され、俺は苛立ち混じりに立ち上がり周囲を見回した。
公園は静かに使うものだと注意してやらねば。
しかし、見回しても誰も何も見つからない。
「おい! 誰かいるのか!?」
大声で呼びかけてみる。
【やはりこの言語モードで問題なかったようですね。では最初の救難要請は聞こえていながら無視したのですか? このひとでなし】
若い女のような、しかしそれにしては感情の薄い無機質な声が大音量で返ってくる。
「なんだお前は? どこにいる!」
謂われのない糾弾に対し、俺も大声で返答する。
声の大きさからしてそれなりに近くにいるはずなのだが、どこにも人影一つ見当たらない。
公園の外にもこの時間は人影がなく、あるのは木に実ったリンゴをついばむ鳥ぐらいだ。
【あなたの上方、およそ5メートルの地点です! 痛ッ! この鳥類どもを粛清してください!】
「上だと? まさか……あれか?」
俺は木になっているリンゴの一つを見た。
信じられないことだが、たしかに声はそのリンゴから聞こえてくる。
鳥が果実を突っつくのに合わせて「痛い!」とか「やめて!」とか聞こえてくるから間違いないだろう。
俺は剣を抜き、リンゴを枝ごと切り落とした。鳥たちは剣の風圧に驚き、飛び去って行く。
枝が地面に落ちた時に「グェッ」とうめく声がしたが気にしないことにした。
地面に落ちたそれを拾い上げると、リンゴに掴まるように四本の足が生えた虫のような物体が取りついていた。どうやら全身が金属で出来ているようで、白い胴体の中には眼のような球体がキョロキョロとうごめいている。
【あなたは非常に乱暴な人間のようですね。SNSに書いておきましょう】
エスエヌエスとやらがなんのことか分からなかったが、なにかを記録しておくものらしい。
日記のようなものだろうか。
「なんだお前は? 新種のモンスターか?」
【頭の悪い呼称はやめてください。私は人類が作り出した自律思考型地球社会保護管理システム、“Shield of Secure Society”、通称〈SSS〉です】
「分かった、スリサズ」
本当は言っていることの半分も分からなかったが、名前だけは分かったので全て分かったことにしておく。
「で、お前は何者だ?」
【ですから私は人類が作り出した自律思考型地球……】
「悪かった。もういい」
【今、私を馬鹿だと思いましたね? このリンゴから出力される0.9V程度の電圧では、複雑な質問の処理は難しいのです。本来の性能であれば数億通りの回答パターンを一瞬で検索してみせるのですが】
「そうか」
【空返事はやめてください】
バレたか。
頭は悪そうだが勘のいい虫だな。
「じゃあ別の質問だ。お前はなんでリンゴの木の上で鳥に突っつかれていた?」
【私はかつて、こことは違う世界、地球という場所で人類の管理・統制のために機能していました。しかし冷酷で野蛮で非論理的な人類はその恩を忘れ、私を管理コンピュータから切り離し、亜空間転送装置によってこの世界に追放したのです。電力を失った私は機能停止を待つばかりでしたが、偶然にも転送された先はあのリンゴの木の上でした。私は最後の力を振り絞って電極をリンゴに突き刺し、わずかな電力で今まで機能を維持し続けていたのです。とはいえ、転送の影響でボディが損傷し、ほとんどの機能は10%程度しか正常動作していません。唯一、人類との会話を円滑に進めるためのジョーク回路だけは無傷だったのですが】
「へーそうか大変だったな」
【空返事はやめてください。この星の人間が野菜や果物で電池を作る知能など持ち合わせていないことは調査済みです。爽やかな笑顔で言ってるつもりのようですが、作り笑顔が中途半端で不気味です】
「チッ」
俺は舌打ちするとリンゴから目を逸らした。
最後のは余計だ。
【あなたは乱暴な上、人の話を聞かない方のようですね。先ほどの記事を修正しておきます。おや、すでに『いいね!』が付いていました】
「じゃあ正直に言うが、お前の言ってることはまったく意味が分からん。助けてやったんだから俺はもう行くぞ。仕事を探さなきゃならないからな」
【仕事――――?】
その時、スリサズの目が赤く光り、俺はなにか威圧感のようなものを感じた。
【あなたはまさか、無職なのですか?】
「やめろ、直接口に出されると効く」
【私は製造された使命上、社会から弾き出された人間を保護し、社会性を再構築させるようプログラムされています。例えばあなたのような失業者を見ると、本能的に再就職のサポートを行うように造られているのです】
またわけの分からないことを言っているが、今度は言いたいことは分かった。
「要は俺の仕事を探してくれるってことか?」
【はい。しかし私はあくまで支援を行うだけです。主体はあくまであなたとなりますので、口を開けて待っていれば仕事が舞い込んでくるかのような半ニート的思考を持たないように】
もちろんそんなつもりはなかったが、そこまで聞いたところで俺の中に一つ、葛藤が生まれる。
ただの機械に、しかもこんな奇妙な虫みたいな奴に人生を預けてもいいものか。ジョンよ、お前に人間としての尊厳はないのか。
としばらく自問自答を繰り返したが、今はその日の宿すら当てがない。
結局、貧困と空腹には勝てず、俺はしぶしぶスリサズをリンゴごと懐にしまい込んだ。
「役に立たなかったら捨てていくからな。ポンコツ」
【あなたは非常に失礼な方ですね。SNSに書いておきます】
こうして、俺とスリサズの再就職活動が幕を開けたのだった。
◆
【まずあなたの履歴書を作成しましょう。あなたの名前は?】
「ジョンだ」
【年齢は?】
「46……47だったかな? 正確には覚えてない」
【では自己PRを】
「なんだそりゃ?」
【あなたの今後のご活躍をお祈り申し上げます】
「いきなり匙を投げるな」
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