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守護者は主に永遠の愛を紡ぐ  作者: 森ノ宮明


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06


「お前の?」

 グレンの言葉に、グレゴールは片眉を上げて呆れた声を出す。

「そう。俺の」

 そんなグレゴールの様子に頓着せず、グレンはリーニャの頭を撫で、その頭部に口づけを落としてくる。

 リーニャは抱え込まれながら今までに経験したことのないスキンシップに顔を赤らめながらも慄いた。

 そのグレンとリーニャを見て、グレゴールは呆れたまま笑った。

「そうか、お前はそういうタイプか」

「嘘でしょ……、アンタそんなタイプだったっけ……」

 頭を鷲掴みにされ、怯えてプルプルと震えていたアネルがそのまま呆然とした様子でグレンを見つめる。グレンはそんな視線を物ともせずに受け止めながらニヤリと笑うと、軽々とリーニャを持ちあげ、片腕に乗せた。

「俺が守護者になる理由なんて限られるだろうが」

「え、いや、ほら、アンタなら、なんか私利私欲的な……」

「がっつり私欲だろうが」

「そ、そう言われればそうかもしれませんけども!」

 何を言ってんだ、と言いたげな視線をアネルに向けながら、リーニャを離す気配は微塵もない。

 リーニャは降ろして欲しいと訴える事も出来ずに恥ずかしさに縮こまった。

「そういうお前こそこんな堅苦しそうな男に付くなんて、どういう趣味してんだ? そっちのケでもあったのか?」

「そっちのケってどっちのケっすか!? グレゴールが堅物すぎて放っておけなかっただけですよ!」

「ほお……、俺はお前の適当さが心配だがな」

「ええー!! 俺くらい普通だろぉ!? 仕事なんてそんな全部きっちりかっちりやったら肩凝るじゃん! ちょっとの息抜きは大事だって! それよりもお前なんか俺が居なかったら真面目過ぎて過労死だからな!?」

「うるさい。それより話を戻そう。グレン、さっきお前が話した話は本当か?」

「ああ? どの話だよ」

「リーニャの話だ」

 リーニャはグレゴールにそう言われ、ようやくさっきグレンが話した話が自分の話なのだという事を思い出した。

 まるで物語を聞いているような気持ちだったのだ。

 生まれてこの方、孤児として生きてきた自分に両親が居るなんて、しかも母親は殺されただなんて、信じられない。

 だが、リーニャの不信をわかっているかのように、グレンはチラリとリーニャを見た後、鼻を鳴らした。

「嘘を吐く必要があるか?」

「……そうか。そうだな」

 グレゴールは大きく息を吐くとソファへと腰を降ろし、考え込むように目を閉じる。

「あの、何か問題でも……」

「いや……」

 どこか沈痛そうな面持ちのグレゴールを見て、リーニャは恐る恐る問いかけたが、グレゴールは何かを考え込んでいる。

 どう考えても自分の事で悩んでいるグレゴールに、リーニャは段々と不安になった。

 さっきの話を反芻するに、もしグレンの言う事が本当で、自分が貴族の騎士と平民の子供だったとして、自分を殺そうとした人間が居る。しかも騎士を討伐遠征に行かせられるほどの権力を持った人物だ。

 その人物が王都に居るのだとしたら……。


(私が王都に行くのはまずくない……?)


 リーニャは怖くなってグレンの首に抱きついた。

「大丈夫だ。俺が居るだろう?」

 甘い声にゾワリ、と鳥肌が立った。そしてじわじわと恥ずかしくなっていく。

 グレンは一体どうしてしまったのだろうか、蜥蜴の時はここぞという時は優しいが、どこかそっけなかったというのに。

 リーニャは人型になった途端に、まるで恋しい人にでも接するかのような態度を取るグレンのことがよくわからない。


「はぁー、まさかアナタ様が人間の守護者になった上に、そんなに甘々になってる姿を見る日がくるとは……」

「お前はイチイチうるせぇな。俺が自分で選んだ相手なんだから当たり前だろうが」


 グレンの台詞にリーニャは耳を傾けた。

 自分で選んだ。とグレンは言った。

 それは一体どういう基準で選ばれたのだろう。

 リーニャはすごく美人な訳でも、特別何かに秀でている訳でもない。唯一誇れるものといえば、前世の知識くらいだ。その知識も自分で引き出せる訳じゃない。

 ハッキリ言って、リーニャが最初に前世の知識を思い出した時、調子に乗った。

 これで何かが出来るんじゃないかと。

 世界が変わるんじゃないかと。

 そう浅はかな考えに囚われた。

 でも、物事はそう上手くはいかなかった。

 実際、前世の知識とは言っても唐突に一部分を思い出せるくらいで、作ったことのある料理くらいなら細かな作り方を思い出す事も出来るが、本でちょっと読んだだけ程度の料理が作れる訳がない。

 そもそもここは異世界で、孤児院は常に食糧不足。子供に使える食材があるはずもなく、使えたとしても目の前にある野菜がどんな味かもわからなかった。

 リーニャは圧倒的にこの世界の知識が足りなかったのだ。

 そんなリーニャに、異世界チート特有の浄化槽だとかボイラー式のお風呂だとか味噌や醤油と呼ばれる調味料を作り出す事なんて出来るはずがない。

 前世の知識があってもこれじゃあ意味なんてないじゃないか。

 そう何度も思った。

 でもその分、雄鶏亭で作ったポテトサラダのように時折役に立てた時はやっぱり少しでもあってよかったと感謝するのだけれど、その度に自分の器の小ささを自覚して落ち込んだ。

 こんな特に秀でたところなんて何もない自分の、一体どこを見て選んだのか。

 リーニャは意を決して問いかけてみた。


「……ねぇ、守護者ってどうやって守護する相手を選ぶの?」


 訪れる沈黙。

(……何故?)

 そんな答えにくい質問なのだろうか。

 どちらでもいいから早く答えて欲しいとリーニャが思い始めるくらいの沈黙の後、グレンが空いてる片手でカリカリと額を掻いた。


「選ぶ基準、なぁ……。なんつーんだっけか? ふぃーりんぐ?」

「うーん、改めて考えてみると俺ら割と直感で選んでますよねぇ」

 どうやら理由はあってないようなものだったらしい。

「え、じゃあ……、その、グレンはどうして私を……」

 選んだの?

 最後はやっぱり聞くのが怖くなって口ごもってしまった。

 リーニャは顔を俯かせながらモゴモゴと口を動かした。

「あー、そうだなぁ……。俺らは守護する相手を魂の段階で選ぶのは知ってるか?」

「知らない」

「ちっ、イチイチ説明すんのは面倒なんだが……」

 グレンはぶつぶつと言いながらも、なんだかんだで教えてくれた。

 守護者は魂の段階で守護する人を選んでいるのだという。しかし、一日に何十万もの魂を見て決めるなんて出来るはずもなく、大抵の守護者は直感で決めるのだそうだ。

 実は魔法は使えないものの、人にも個別に魔力があって、魂は魔力を生み出す元のようなものだから、その魂の色や質を見れば簡単な性格と自分との相性がわかるらしい。

「で、だ。俺は守護者なんつー面倒なもんは一生なる気はなかったんだが……」

 もったいぶったグレンの言い方に、リーニャは少し期待した。

 もしかして、自分には特別な何かがあったのかもしれない。なんて事を考えて心臓を高鳴らせたというのに、グレンはあっさりと言った。


「迷子のお前を発見してな」


「迷子?」

 なんだそれは。

「俺が適当な娯楽で日々を楽しんでたら、お前が俺のところにやってきたんだよ。まさか魂が輪廻の流れから零れ落ちてふらついてるなんて思いもしなかったからなぁ、最初は新しい新種の妖魔かと思って適当に面倒見てやってたんだが」

 魂だから食べ物を食べる訳でもなく、ただフラフラとグレンの周りをうろつき、擦り寄り、ほぼストーカーのような状態だったのだという。

「最初はうっとおしいと思った事もあったんだが、段々目が離せなくなってよぉ」

 リーニャは恥ずかしくなった。

(もしかして、私ってばグレンがイケメンだったから擦り寄っただけでは!?)

 可能性は大いにありえる。

 前世はなんせ独身をこじらせた女だったのだ。掘りの深い俳優が大好きだったし、よくよく観察すれば、グレンの容姿なんてドストライクだ。

(なんだか恥ずかしい……)

 リーニャは頬を赤らめ、申し訳なさから体を縮めた。

「だからまぁ、実は魂だってわかって、現世に流さなきゃいけねぇってなった時には離れがたくてなぁ……」

 懐かしそうに笑うグレンの顔に後悔はない。

 さすがに魂の状態の自分の事なんて覚えてはいないが、よほど可愛かったのだろうか……。

 なんだかムッとしてしまう。魂は魂であってリーニャ自身ではないのではないか、そんな事まで考えたところで、何を嫉妬しているんだとハッとした。

 今の話を聞くに、グレンはリーニャをペットか幼児か、そういうものとして認識しているから守護者になってくれただけだ。愛はあってもそれは決して恋ではない。

 自分で自分の考えに少し落ち込みながら、リーニャは一つ息を吐いた。

「……悪い」

「えっ」

「魂の時の話をしてもわからねぇよな。でも、お前の事が放っておけないのは今でも一緒だぞ?」

 それは喜んでいいのだろうか。

 リーニャはわからなかったが、グレンが慰めようとしてくれているのはわかった。わかったから、とりあえずコクリと頷いておいた。


「あ、あっま……」

 そんな二人を見ていたアネルは片手で口元を覆いながら小さくそう呟いた。


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