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守護者は主に永遠の愛を紡ぐ  作者: 森ノ宮明


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04

「そうと決まったら騎士様に言わないとな」

「騎士様?」

 ハリーの言葉に、リーニャは首を傾げる。

 なぜここに騎士という存在が出てくるのか。

 リーニャの不思議そうな表情に、二人は苦笑いをした。

「リーニャもさすがに知っているだろう? 街から出る時には護衛が必要なんだよ」

 それは知っていた。

 そのためのギルドがあるという事も知っている。

 ギルド、と聞くとダンジョンがあってモンスターがドロップする素材で生活をする冒険者ギルド、というイメージが真っ先に来るが。現実はそんな事はない。

 もちろん魔物の素材は高額だ。

 だが倒したらドロップ品だけが残るようなダンジョンなんていう不思議迷路はないし、そもそも大型の魔物を倒せる守護者は国が管理をしている。

 つまるところ、ギルドはギルドでもあるのは傭兵ギルドなのだ。

 その傭兵ギルドも国が管理していて、そこから守護者がいなくても力のある人材を警備兵や護衛兵に回してくれる。

 だから今回も神殿に行くまでは護衛兵を頼むのだろうと勝手に思っていた。

「傭兵ギルドに依頼をするんじゃないの?」

「まぁ、お金があるならそれでもいいんだけど……」

 ミランダの言葉にハッとした。

 そうだ、リーニャの全財産は崩壊した建物の中だし、あったとしても燃えている可能性が高い。周りは火の海だったのだから。

 今から発掘なんてガスコンロ程度の火種しか出す事の出来ないグレンでは無理だ。

 そもそも全財産残っていても、持っているお金だけで王都までの護衛兵を頼めるかと聞かれれば、わからないとしか言いようがない。護衛兵の相場すら知らないのだ。

 自分の世間知らずっぷりにリーニャは項垂れた。

「そんな落ち込むな。そもそも子供を預かった大人が神殿までの護衛兵を頼んで、そこから国に支援を求めるのが普通だ。出来る事なら俺達が付き合ってやりたいんだが……」

 ハリーは申し訳なさそうに丘から眺める街をチラリと眺める。

 こんな状態の街を放っていけるはずがない。

「あ、私は大丈夫。ただこんなことも知らないんだなって思って、自分が情けなくなっただけ。本当は私も街の復興を手伝いたいけど……」

「そう思ってくれるのは嬉しいが、知ったからにはちゃんと行ってこい」

 ハリーの暖かい手がまた頭を撫でてくれる。

 この暖かい手に何度慰められた事だろう。

 父親とはこういうものなのかもしれない、なんて甘い夢を見た事すらあった。

 本当の事を言うと、王都には行きたい。行きたいが、それと同じくらいこの街から離れがたいともリーニャは思っていた。

 二人に会えない日がこれからやってくるなんて、考えた事もなかったのだ。

 せめて復興が終わるまでは、と一瞬考えた。

 考えたが、このまま隠匿を続けては被害がハリーやミランダに及ぶかもしれない。今なら孤児院の職員の罪だけで済む。

 そう考えたら残る訳にはいかない。

「大丈夫だよ、リーニャ。私達を助けてくれた騎士様はすごい優しかったからね。リーニャを安全に連れてってくれるよ」

 顔を俯けたリーニャが心配していると思ったのか、ミランダも優しく肩を叩いてくれた。

 二人の優しさを感じながら、リーニャは決心して頷く。

「私、行くよ」

 何があっても、グレンと一緒ならきっとなんとかなる。

 そう信じて、リーニャは二人に連れられて騎士団の元へと向かった。



======



「は?」


 騎士団のために簡易で作られた詰所から出てきた一人の騎士に、ミランダとハリーは声をかけた。

 これから巡回だったのかもしれない騎士は二人の説明を聞き、リーニャは証明するようにグレンを見せると、ポカンと大きく口を開けてしまった。

 何を言われているのか理解が追い付かなかったらしいその人は、数秒間停止した後、大慌てで踵を返し、大声で「団長!」と叫びながら詰所の中へと入っていった。

「……なんか、えらい事になっちゃったね」

 去って行った騎士様を見ながら言ったリーニャの言葉に、二人は驚きながら頷いた。

 そうして数分も経たない内に、最初の騎士が戻ってきた。

「あ、あの! こちらへお願いします!」

 なんだか少しあぶなっかしい感じの男は、名前をピーターと言った。

 元々平民らしく、案内をしてくれている間も「いやー、突然だったのでびっくりしましたよー」とか、「無事に見つかってよかったです」と気軽にリーニャに話しかけてきた。

 気軽過ぎてこの人が騎士として働けているのかリーニャは心配になった。

「あ、ここです。すみませんがお二人には別室にてお待ち頂きたいのですが……」

「ああ、大丈夫だ」

「リーニャ、頑張るんだよ!」

 騎士の言葉にアッサリ頷く二人に、リーニャは唇を尖らせる。

 なぜもっと心配をしてくれないのか。そりゃあただの従業員だけど、まだ十五歳なんだぞ。と、文句を言いたくもなったが、精神年齢には前世の年齢が地味に加算されると思うと、口に出すのはやめておいた。

 二人を連れて行かれ、一人と一匹になったリーニャはグレンをポケットに入れたまま目の前の扉をノックした。


「どうぞ」


 声は騎士団の団長っぽく、渋みがあり低音だった。

 リーニャは恐る恐る木製の重厚そうな扉を開ける。

 そこには中年の男が立派な木の机を前に座っていた。グレーに白の混じったような髪を短く切りそろえたどこか威圧感のある男だ。

 怖い。

 まず真っ先に思ったのがソレだった。

 リーニャは期待に膨らんでいた胸を萎ませ、恐る恐る部屋へと足を踏み入れた。

 どうみてもどこかのお貴族様にしか見えないこの騎士団の団長がリーニャを本当に無償で王都に連れて行ってくれるんだろうか。

 リーニャはじっと自分を見つめ続ける男の視線に耐えながら、一メートルにも満たない距離を慎重に歩く。

 まるで就職活動の面接のようだ。相手はたった一人しか居ないというのに、威圧感がすごい。

 現世ではやったことのないはずの言葉が頭を過ぎる。

 リーニャは掘り起こされた前世の記憶を頼りに、置かれた椅子の横に立ち竦んだ。

(この後どうすればいいのかわからない……)

 相手が面接官であるならば座っていい、という許可が出るはずだ。だが、この世界の作法は違うのかもしれない。

 そもそもこれは面接ではない、という事は緊張したリーニャの頭からはすっぽりと抜け落ちていた。

「よく来てくれたな。私はグレゴール・イグシルだ。君には面倒をかけるが少し話を……。どうした、座っていいぞ」

 片眉をあげ、訝しそうにリーニャを見たグレゴールに促され、リーニャはぎこちなくふかふかの革張りの椅子へと座った。

 そこから聞かれたのはリーニャの名前、年齢、これまでの生い立ちだ。

 何歳で孤児院に入ったのか、そこでの生活はどうだったのか、今の生活はどうなのか。

 リーニャは正直にすべてを話した。

 孤児院に入ったのは赤子の時で、それから孤児院で暮らしていた事、孤児院の環境は酷く、孤児院の職員達はほとんどの人間が悪辣で、助けを求める方法すらも教えて貰えなかった事。

 今も、子供が死んでいるかもしれない事。

 そして、十二歳で孤児院を出て、新しい服と孤児院出身である証明書を持って職を求めてあちこちの店舗を回り、今の雄鶏亭で雇って貰える事になった事。

 二人にはとても感謝している事。

「なるほど……」

 ひとしきり聞き終えたグレゴールはサラサラと紙に何かを書きつけていた。

 視線が自分から逸れた事に安堵の息を吐いたものの、未だ身じろぎする事は出来なかった。

「では、君の守護者を紹介してくれ」

「は、はい!」

 リーニャはスカートの大きなポケットからぐーすか寝ていたグレンを掴んで取り出した。

「こ、この子が私の守護者のグレン、です!」

「……下位、か?」

 じっとグレンを見つめるグレゴール。

 そのグレゴールの視線をたやすく受け止め、うろんげな眼差しで見つめ返すグレン。

 グレンの様子に何かを感じたのか、グレゴールは眉間に皺を寄せた。

「……私の守護者を喚んでもいいだろうか」

「あ、はい。どうぞ!」

 もうなんでもしちゃってください、という勢いでリーニャは頷いた。

 グレゴールは返事を聞くや否や「アネル」と守護者のものであろう名前を呼んだ。

「ほいほい、グレゴールどうしたぁあああ!?」

 突然その部屋に現れたのは男だった。人間では、恐らくない。

 何せ耳があるところに耳がなく、頭の上に犬科のものと思われる耳が付いていたのだ。

 上位の守護者を初めてみたリーニャは目を何度も瞬かせた。

(上位の守護者って人型取れるんだぁ……)

 なんだか感動してしまう。

「いきなり大声を出してどうしたんだ」

「い、いや、だって、えっ、そいつ……いや、その方って……」

「その方?」

 アネルと呼ばれた青年が指をさしているのはどう見てもグレンだ。

 上位の守護者に『その方』なんて仰々しく呼ばれるような存在には見えない。見えないが……。

 はて、と首を傾げたリーニャは掴んでいたグレンを手のひらに乗せてみる。

「えっと、グレンの事でしょうか……」

「えええええ、あ、あんた名前まで貰っちゃったんすか? えっ、なんでここに居るんです!? えっ、いつから!? 俺聞いてないっすよ!?」

「下位ではないとは思っていたが、最上位者だったか……」

 さいじょういしゃ?

 初めて聞く名前に、リーニャは段々と頭が混乱し始めた。

「あの、サイジョウイシャってなんですか?」

「ああ、君は教えられていなかったんだったな。最上位者とは、上位の守護者の更に上に立つ者達の事だ。彼らは滅多に誰かの守護に付くことがないので忘れられがちだがな」

 なんだそれは。上位の上に立つ者?

 リーニャはもう何がどうなっているのかさっぱりわからない。

「その……、グレンは、種火くらいしか出せないんですけど……」

 そんな存在が最上位者なんてすごい守護者な訳がない。

「えええっ、何があったんすか!? っていうかあんたこっちの世界なんか興味ないって言ってませんでした!? 子供の面倒なんて見てられるかとかって言ってましたよねぇ!? それに邪魔なモノはなんでもかんでも消し炭にしちまうくらい短気な癖にこっちに来る許可とかはどうし……ひぇぇ! すみませんすみません!!」

「なぁに人の事をべらべら喋ってくれやがってんだぁ? ぁあ?」


 誰だこのガラの悪いあんちゃん……。


 突然現れたどこかで見たような赤髪の青年は、アネルの頭を片手で鷲掴みにした。

 指先に力が入っているのがわかり、頭がい骨がきしむ音が聞こえてきそうだ。

(ものすごく、痛そう……)

 リーニャは現実逃避気味にそう思った。


「なるほど……」


 リーニャが混乱を極め、頭が真っ白になっている中、グレゴールは納得したように頷いた。

「あなたか、守護者の加護を剥がしたのは」

「え?」


(なんの、話……?)


 リーニャは、赤髪の男がグレゴールに対してニヤリと笑う横顔を見た。

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