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2 ここはどこ?

 顔にひやりと冷たいものが当った。

眠い。ほっといてくれ。

横たわったまま、身じろぎすると、フンと生温かい空気が顔に吹き付けられた。続いて右腕に、湿った冷たいものが押し付けられ、キュッと何かが吸い付いてから離れる。その感触が何回もつづく。仕方なく目を開け、右をみて俺は固まった。


ごわごわしたこげ茶の小山が動いている。そいつのピンクの長い鼻づらが横たわった俺の腕のあたりを嗅いでいた。ぴくっと思わず腕が動くと、それが頭を上げた。鼻づらが正面を向く。丸い鼻先には穴が二個開いている。それは俺をみて、その細い眼を目いっぱい開き、驚愕したように後ずさった。そして、ぐるんと回り、ムヒーッみたいな声を上げ、どどどどっと走り去っていった。俺の体の上に思い切り後足のひずめで落ち葉をかけて……。


呆然とした俺がふと気づくと、腕にはちょうどハンコみたいに、楕円の中に丸二つのしるしがいくつもついていた。さっきの奴が鼻を押し付けてつくったらしい。


 見回すと、そこは森だった。巨大な木が広い間隔をあけて、そびえている。こちらが小さくなったと錯覚しそうな巨大さだ。どこかで鳥が鳴いている。光が木々の葉の間から落ちてくる。まぶしさに手をかざしながら起き上がり、

マジか、これ……。

俺はふかふかした地面に座ったまま、口を開けて呆けた。たっぷり十五分くらいはそのまま呆けていた。


俺は死んだのか?いや、服は今朝の黒いTシャツに黒ジャージのままだ。腰にジャージの上を縛って、ジャージズボンの右ポケットは軍手が突っ込まれて膨れている。首に白いタオルもまいて……。自転車は見当たらないが、出てきたときのそのまんまだ。携帯も財布ももっていない。朝一のすぐ終わるバイトだから財布なんかもってきていない。それに、落としたときのダメージがでかすぎるので怖くて、俺は携帯をあまり持ち歩かず、いつも美奈子先生や施設の奴らに文句いわれているのだ。つまり、手ぶら。なんにももってきていない。

 さっきのはイノシシだったかな?いや、でも変だった。イノシシにしては、なんか……。

 俺は立ち上がった。

 野生のイノシシは危険だと聞いている。さっきのはまだ子供のようで危険は感じなかったが、万一親にでも見つかったら厄介だ。歩きながら考えよう。


 俺は自問自答する。

 落ち着け、俺。落ち着いて考えるんだ。ここは慎重にいくんだ。

 ゆっくり考えようとする俺。だがたちまち容赦ないほうの俺が答えに飛びつく。

 ──ここは日本じゃない。異世界だ。

ソフトな俺が慌てて宥める。

 ──おいおい、落ち着けよ。なにいってんだ?

──いや、察しろよ、俺。何年、中二病患者やってんだ。新聞配達に行く途中だっただろ?森が近くにある田舎になんか住んでないだろ?

──いやいやいや、なんか一瞬みたいな気がするけど、知らないうちに何年……は怖いからやめて、何か月、いや、何週間か寝ちゃってて、療養のために田舎……、外国の田舎に移されたとか、さ。

ソフト俺の提案に、厳しめの俺が反論してくる。

──それで、ジャージのまま森に捨てたとか?

──やめろ、かわいそうだろ、俺が!

ハードな俺もその意見には賛成だったようで、黙った。

──服が変わってないってことは、まだ今日なんじゃね?

──そうか…、じゃ、ええと新聞配達はバックレたってことで、十時の土方のバイトは…!!しまった。まずいぞ、倉崎さん、すげえ怖い。

光の強さからしてもうお日さまはかなり上の方だろう。きっと遅刻まちがいなしの時間だ。でも、ここどこ?

ハード俺が答えた。

──絶対にここは日本じゃない。あんなの日本には、ってか、世界にいねえ。

 ──でもでも、イノシシっぽかったし……。

 ぐずぐず踏ん切りの悪い俺に、強気俺が喝を入れた。

 ──ばか!あんなイノシシがあるかーっ!!


 自分自身の喝に衝撃を受け、俺は両手をついて地面にへたり込んだ。じんわり涙が出てくる。

 わかってる、わかってたんだ。日本じゃない。さっきの、絶対イノシシじゃなかったもん。だって、頭にお皿がついてたもん。くすん。

わけわからなさと心細さで横座りで、ちょっとかわいくなってしまった俺だった。


が、凶悪面がいつまでもそうしているわけにはいかない。俺が許してもたぶんお天道さまが許さない。いや、そういうふんわりしたものが許しても、確実に世間が許さないだろう。

俺はきっと顔を上げた。その凛々しさがよかったのか、涙をぬぐった俺に天啓が閃いた。

そうだ、最後の希望が残っているじゃないか。


夢……。そうだ、夢だ!これは夢なんだ!ありがとう、お天道さま!


脳内二人のソフトとハード俺が歓喜した。

そっかあ!夢かあ。

そうだよー。馬鹿だなー。

テヘッ。

こいつう。

バンザーイ!

バンザーイ!

二人仲良くハイタッチして合意。

夢に決定。



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