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藍色に熔ける  作者: 藍澤ユキ
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 僕から話さない限り、リンちゃんは余計な詮索をしてこなかった。単に興味がないだけかもしれないが、それは僕にとって最も魅力的なリンちゃんの美徳だった。

 そんなリンちゃんにひとつだけ要求されたことは、部屋では腕時計を外してほしいということだった。そのことにどんな意味があるのかは知らないが、僕には特に断る理由もなかった。

 リンちゃんは僕よりもだいぶ年下だと思うのだが、正確な年齢は知らない。それどころか、僕はリンちゃんの正しい名前すら知らなかった。興味がなかったということになるのかもしれないが、それは僕にとってはあまり重要なことではなかった。

 渇いたときに満たしてくれる。

 それだけが僕には重要だった。刹那的な酩酊感なのだとしても、浸れるだけマシだと僕は思っていた。例えそれが錯覚であったとしても。

 リンちゃんは、しきりにジルに会いたがったが、いつも僕はそれをうやむやにして実現させなかった。ジルを外出用のケースに入れるのは至難の技だったし、僕らの部屋へ他人を入れることには抵抗があった。さすがの僕にも、あのセミダブルのベッドでリンちゃんと寝る神経の太さは持ち合わせていなかった。

 彼女の匂いに包まれながら他の女の子と寝る。

 以前の僕なら、その背徳的で甘美なシチュエーションに昂ぶることもできたが、当面は無理そうだった。いや、その後にやってくる後悔とひりつくような自責の念には、いまでも心惹かれるものがあるが、とにかく、そういう時期だった。

「ビール、これでよかったんだっけ? ビンタンってやつ?」

 リンちゃんが冷蔵庫から緑のビンを取り出して見せる。買い置きしておいてくれたのだろう。

「ありがとう。覚えていてくれたんだ」

「わたし、ビール飲まないから、どれだかわからなくて。自信なかったんだよね」

 よかったと言いながら、グラスに氷を入れると、リンちゃんは栓抜きと一緒に持ってきてくれた。僕が下着を探している間に、リンちゃんがグラスへと鮮やかな金色のビンタンを注いでいく。

「前から気になってたんだけど、ビールって氷は入れないよね、フツー?」

 グラスを僕へと渡しながら、リンちゃんが尋ねてきた。

「暑い国では当たり前のようにグラスに氷が入って出てくるよ。僕も最初は気になったけど、慣れると氷なしの方が物足りなくなる」

 受け取ったグラスを口へと運び、半分ぐらい一息に喉へと流し込む。

 あまりに冷やしすぎるとビールの苦味を感じにくくなる気がするので、普段なら僕は温度には気を使うのだが、ビンタンだけは別だった。いつでもキンキンに冷やして氷を入れる。それが彼女のやり方だったからだ。僕はいまでも忠実にそれを守っている。他人から見れば意味のないその行為も、僕には彼女との繋がりを確認するための儀式になっていた。

 でも、そんな繋がりを大切に思うフリをしていながら、こうして平然とリンちゃんと寝ているのだから僕も大概だ。いつかこの代償を支払うことになる予感があった、いや、確信があったと言ってもいい。

 実際、リンちゃんがゆっくりと内腿へ這わせてくるその手を、いつだって僕は止めたりはしなかったし、それどころか期待すらしていたのだ。罰が下されて当然なのだと思う。

 部屋へと戻ると、検査でもするかのようにジルが僕の匂いを嗅いで回った。リンちゃんの部屋から戻ってくるといつもそうだった。この時ばかりは、彼の興味対象に僕も仲間入りすることができた。でも、ひとしきり嗅ぎ終わると、ぷいといつものように向こうへ行ってしまう。

 彼は僕のこの行いをどう思っていたのだろうか。彼女に対する、彼に対する裏切り。もし、そうだとすると、僕は胸に鈍い痛みを覚えるのと同時に、甘い仄かな痺れも一緒に感じる。彼女への、彼への意趣返し。我ながら僕は歪んでいる。ジルと目が合うと、いつも言われているような気がしていた。俺は知っているぞと。

 そう、僕は君たちに知ってもらうためにやっていたのかもしれない。

 そんな風に考えはじめると、僕はこみ上げてくる笑いを止めることができなかった。

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