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藍色に熔ける  作者: 藍澤ユキ
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 バリバリと音を立ててグルクンにかぶりついた後、しこたま泡盛を胃の腑に流し込んだ僕らは、すっかりいい気分になっていた。見上げると、輪郭のくっきりとした満月が夜空にしれっと浮かんでいた。

 昼間の蒸し暑さは一服していたが、人々の発する欲望の脂で潤った夏特有の空気は、熱を帯びたままたっぷりと夜に満ち満ちていた。そんな夜がもったいなかったので、僕らは電車を使えば十分の道のりを、夜風に当たりながら歩いて帰ることにした。

 大通り脇の整備された歩道を二人で歩く。

 煌々と眩い眠らないコンビニ。幾何学模様を思わせる、等間隔に続く街灯。自動販売機の無機質な灯りは夜の虫を集め、滑るように流れる車のマルチリフレクターヘッドライトは、レーザービームじみた青白い光を放つ。

 深夜だというのに行き交う人は多く、閉じられた店舗の扉からは重量感のある低音が漏れ聴こえてくる。

 僕らは副都心のビル群を背に、夜道を跳ねるようにして歩いた。

「すごいね。こんなところにイタリア料理屋があるなんて知らなかったよ」

 彼女が好奇心に眼を光らせながら、遠慮なくぐいっと窓から中を覗き込む。

「賑わってるね。今度来てみようか。なかなか美味そうだよ」

 僕は沖縄料理が詰まった腹を摩りながら、窓の向こうに見えるラビオリに熱い視線を送る。

「そこに新しいビルができるね。カフェができるといいな」

 少し歩くと、交差点の角を指差して彼女が嬉しそうに僕を見た。

「近くにあるじゃないか」

 僕がぼそりと返すと、わかっていないなといったニュアンスを醸し出しながら、彼女が諭すように言った。

「あれはチェーン店だからね。パンチの効いた個人店がいいんだよ、わたしは」

 そういうものかと思って聴いていると、彼女が食いついてきそうな看板が眼に入った。

「おっ、アジア料理だって」

 勢いよく彼女の顔を振り返る。しかし、そこには興が醒めたような、のっぺりとした表情があるだけだった。

「いや、そこはイマイチだったよ」

「いつの間に行ったのさ」

 行ったという話を聴いた記憶はなかったので尋ねてみた。なんだか秘密にされていたような被害妄想を感じなくもない。

「君がこの間ドタキャンした時だよ」

 僕に起因する話だった。被害者意識が瞬時に遠のき、彼女の揶揄するような声音に後ろめたさが助長される。

「あれはすまなかったよ」

 蒸し返されると、なかなかつらい立場だ。

「まぁ、イイ女は根に持たないからね。安心したまえ」

 彼女はわざとらしく大仰に振舞ってみせる。

 なので、僕もそれに乗ってみせた。

「じゃあ、さぞや根に持っていることだろうね、君は」

「素直じゃないなぁ。もっと褒め称えてもいいんだよ、わたしのことを」

 そう言って笑った彼女の顔は、柔らかい月明かりに照らされて、白く淡く、それでいながら強く、僕の記憶に刻まれた。


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