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いいアイデアだと思ったのだけれど、反応が想像とは違った。やはり慣れないことはするものではないようだ。渡した瞬間に浮かんだあの眼の色を、どう理解したものか。人の反応を気にするだなんて、どのぐらいぶりだろう。そんな仕組みが自分にまだ残っていたことに、驚くと同時に、どこか安堵もしていた。
しかし、時々ふとした瞬間に触れてしまうあのざらりとした感触。本人は気づかれていないと思っているのだろうけど、どうしたってわかってしまう。ただ気づいても、僕には何の感想もシンパシーもないだけなのだ。
そう、普段であれば。
どういうわけか、さっきのあれは僕の中で引っ掛かる。何かを思い出せそうな気がするけれど、なにを忘れているのかすらわからない僕には難しい問題だった。
それにしても、関心を向けもしないのに、望むものが手に入らなかったと気分を害するなんて、なんと人格者なのだろう僕は。
「馬鹿だな……」
思わず口を突いて独り言が洩れ出てしまう。
「えっ? なんか言った?」
薄い肩をびくりとさせて向こうが顔を上げる。僕と同様に上の空だったようだ。
「いや、なんでもないよ。ただの独り言」
不安そうな眼をしている。イニシアチブを取っていたのはどちらなのだろう。
「気をつけた方がいいよ。ただのアブナイ人になっちゃうよ」
綺麗な顔にぎこちない笑みを浮かべて僕を見てくる。
「世の中にマトモな人なんていないよ」
ここには僕も君も含まれる。例外はない。
「ポーズが大切なの。世の中は」
それは数少ない人生の真実だ。君は正しい。
「嫌なことを言う」
僕はわざとらしく眉を寄せてみせる。
「知ってるでしょ?」
いつもの色を取り戻した瞳が、ぴかぴかとした光沢を放ちながら覗き込んでくる。
「知ってたね」
そう。僕も知っていた。
「これ、開けてみてもいい?」
僕が渡した包みを大切そうに手に取ると、上目遣いに尋ねてくる。
「もちろん」
やっと中身を確認してくれるらしい。
安堵と苛立ちと不安。
怠惰な僕が処理をするには情報量が多過ぎた。
この先の反応には過度の期待をしてはいけない。
めずらしく落ち着かない心へ僕は言い聞かせた。