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冒険者とは最もロマン溢れる職業である。
何が言いたいのかというと、大事なのは金じゃないということだ。この世には金なんかより価値があるものが山ほどある。
分かるな? 母親より、収入が少なかろうと、どうでもいいのだ。
ただ、同時にロマンを求めるような奴は、頭が悪いということも念頭に置くべきではあった。
「ぐははっ、なんだ、アイツ? 頭にスライムなんか乗せてるぞ」
どういう風の吹きまわしか、大真面目に朝っぱらからギルドに足を運んだのが仇になった。
ここにいる連中は俺のような真面目ちゃんとは違い、夜から今の今まで酒を飲んでいたのだろう。
酒場と共用だとは知っていたが、まさか自分が酔っ払いに絡まれることになるとは油断した。
つうか、こんなテンプレよろしくな冒険者が本当にいたとは。今まで昼くらいに来て、夕方には帰ってたから気づかなかったぜ。
俺は肩をすくめ、溜息を吐く。
「お、なんだ、その態度? 調子に乗ってると――」
「いいのか、そんなこと言って?」
「あ、何がだよ?」
「喧嘩吹っ掛けて来たのは、アンタだ。つまり、これから俺が何をしようと、正当防衛。責任の大半はアンタにあるってわけだぜ」
「はっ! 何が言いたいのか分らねえ――」
「くせぇ、喋るんじゃねえよ」
俺はアオを片手で持ち、酔っ払いの顔へと押し付ける。
「そいつを黙らせろ」
「す、スラ」
俺が言いたいことを察したのだろう。アオはそのまま形態を変化させ、酔っ払いの顔を体内へ呑み込む。
「なっ!?」
その様子に瞠目したのは、この酔っ払いの仲間だ。
「お前、何しやが――」
「おっと、いいのか? 俺に手を出したら、このオッサンの顔は、スライムに溶かされて無くなっちまうぜ」
「そ、そんなハッタリ」
「ハッタリかどうか、お前に分かるのか? 少なくともこんな攻撃をしかけてくるスライムに会ったことがあるのか? そんな曖昧な判断で仲間を危険に晒すのか?」
無論のことハッタリである。
だが、見抜かれたところで、効果は十分。酔っ払い達の目を覚まさせるには繋がったようだ。
「………………すまん、悪かった。そいつを解放してやってくれ」
「ふっ、いいだろう」
俺はアオに酔っ払いを解放するよう、指示してやる。
――――ねえ? 今の俺、最高にカッコよくなかった? いや~、こういう状況になった時のことを、何度かイメトレしといてよかったわ! マジ最高に快感なんだけど。
しかし、ここまで上手くいってくれたのは幸いだった。
第二段階の策は、撒き散らすを使うことだったしな。
アオから解放された酔っ払いは、何度か咳き込み、喉を押さえる。
歳は見たところ二十代後半から、三十代前半ってとこか。流石、冒険者なだけあって、がたいも悪くない。
でもさ、そう考えたら、俺ってやっぱ凄くない? ちょっと自信が湧いて来ちゃうんだけど。
「お前、何もんだ?」
ほら来た。
俺はここぞとばかりにカッコつけて、答えようとしたのだが、
「あれ、こいつ、違約金払わされるのが嫌で、小便漏らしたって奴じゃねえか?」
………………え?
だ、誰だよ、そんな噂流した奴は、マジ許せねえ!
「スライムなんか乗せてる奴、こいつくらいだし、間違いねえだろ」
…………ああ、そりゃあ、噂も広まるよね。
俺はからかいの言葉を全て無視して、良さげな依頼を探す。
別に、お漏らしって、あだ名を付けられたことなんて一切気にしてない。寧ろ、そんな安直なあだ名しか付けれねえのかって、馬鹿にしてやりたい気分だ。
はははっ! はは……はぁ~萎えるわ~。
おうち帰りたい。
それでも、なにもせず、逃げ帰るのは負けた気がするので脚下。俺はどんな、あだ名をつけられても気にしないぞって言うアピールが必要なのだ。
「おお、本当にいたのか!」
「ねえ、本当に、あの人に話しかけるんですか? いい噂、聞かないし、ボクやめた方がいいと思うんですけど」
鈴を転がすような二つの声が、ギルド内に響いた。
ただ、リアル女の一人称がボクというのは、本当に、痛いだけだからやめた方がいいと思うぞ。
注意してやりたい気もするが、今の俺は精神的に余裕がないため無視。どうせ余計な、お世話だと言われるだけだろうし、大人になって黒歴史になるのもまた一興。
俺も夜な夜な、自分の一人称が昔、我だったことを思い出して、悶え苦しむからな。
「安心しろ。奴と我は旧知の仲だ。見た目もあれで、性格も別に良くはないが、心根は決して悪いやつではない」
とか言ってたら、一人称が我の娘もいたんだけど。痛い、俺ちゃんの胸まで痛いよ。
ていうか、その話かけようとしてる奴、随分な言われようだな。まあ、俺には関係ないけどさ。
「おい!」
にしても、良い依頼がない。
無難に昨日と同じ依頼を受けるにも、ちゃんと殺すことも達成条件に入れられてるしな。もしも昨日のゴブリンと遭遇して、そいつを倒すことになったら流石に気まずいし。かといって、ダンジョン系の依頼を、俺みたいなソロ冒険者が挑むのは避けた方がいいらしいし。
ううむ、悩みどころだ。
「おい!」
「………………」
「そこの、お前!」
「煩いな! こっちは今、考え事してるんだよ!」
「なっ、なにをー! お前が、我の話を聞かないのが悪いんじゃないか!」
我の話を聞かないって、
「まさか、さっき呼んでたのって俺なの?」
「そうに決まってる!」
いやいや、全然、決まってないだろ。
つうか、女の子、それも我っ娘なんかに呼ばれてると誰が思うよ。まったく心当たりないんだけど。
それになんだ、その服装。コスプレか?
純白の生地に、金の装飾。派手だが、恐らくベース修道服。恐らくというのは、もはや修道服という体をほぼ保っていないからだ。
丈は短く、スカートのようになっており、オマケにフリルもふんだんにあしらわれている。
嫌いではないが、やはりこんな、いたいけ、ならぬ、痛い少女に知り合いはいない。
「あの、どちらさまですか?」
「なん、だと?」
そんな愕然とした顔されても困る。
「我が誰か、分からないのか?」
なんだ、この反応? 流石にナンパってことはないよな。
かといって自分を我などと呼ぶ美人局がいるとも考えにくい。
つまりはこの少女にとって俺は知ってる人間ってことなんだろう。
だが、正直に言って覚えがない。
小柄だが胸は、そこそこにデカイ。となると十二三は超えていると見るべきだ。
となると中学生か。やはり知り合いじゃないな。
そして一番大事なことだが、俺が手を出すと犯罪になる相手だ。思い出した振りをして仲良くなろうにもメリットがなく、リスクばかりが高い。
結構というか、かなり可愛い娘だし少々惜しくはあるが、
「人違いじゃないのか?」
俺は素直に、そう教えてやることにした。
まあ、ボクっ娘ならまだしも、我っ娘と仲良くなるなんて面倒そうだしな。
「お」
「お?」
「お兄ちゃんの馬鹿―!!」
「ぐっは!」
見事な正拳突きに鳩尾を捉えられ、俺は、もんどりを打つ。
なに? なんで殴られたの、俺? なにも悪いことしてないよね? てかお兄ちゃんってなんだ? 俺に妹なんかいないぞ。いたら、とっくに攻略済みだよ! 近親相姦だよ!
盛大に文句を言ってやろうにも、今は痛みと苦しさでそれどころではない。
そうこうしている間に、我っ娘は、ギルドから駆け足で去って行った。
ちょ、なんなの? マジで許せないんですけど。
俺は苦痛に苛まれながらも、よろよろと起き上がる。
「あの、さっきのは酷いんじゃないですかね」
なんだ、今度はボクっ娘か。
ボクっ娘なだけあって、髪は短く纏められているが、頭に被った黒の三角帽とマントが特徴的で、どことなく魔女っぽい。
ていうか、さっきの女なんだよ。まだ痛み引かないんだけど。どんな威力で殴ったんだよ。
「あの娘、お母さんに、アナタが冒険者になったっていうの聞いて、すっごく喜んでたんですよ。まあ、ボクとしては、男をパーティーに入れなくてすんだみたいで、よかったですけど」
お母さんに、俺が冒険者になったのを聞いて喜んでた? 確かに俺が冒険者になったのは、つい最近だが、やっぱりまったく身に覚えがないんだが。
まさか、俺に隠れファンがいた、なんてことは流石にないよな?
俺はそこまで自信家ではない。
いや、でも、まさかってこともあるかも……
「もしかして俺のファンかな?」
「は?」
外したようである。
別に期待はしてなかったけどね。ほんのちょっとしかさ。
「まあ、いいです。でも、女の子を傷つけるのはオタクの風上にも置けない屑でしかないので、気をつけた方がいいですよ。では」
ビシッと手を上げ、ボクっ娘もギルドから駆け足で去っていく。
てか、なんで俺がオタクってことを知ってるの? この国の個人情報大丈夫か?
不安だが、俺にはどうしようもなく、再び、依頼を探す作業に戻ることにした。
「スラ!」
「ん?」
アオは体の先端を矢印のように尖らせ、掲示板に貼られた、依頼用紙の一枚を指す。
「なんだ、これがいいのか?」
「スラ!」
ふむ。
内容自体はそう悪いものではない。採集の依頼で、何かと戦闘をすることもなさそうだし、報酬に関して言えば、討伐依頼より余程高い。
単純に俺のランクで受けられる討伐依頼は、さほど必要がなく、それよりは採取でもして貰った方がよほど役に立つということだろう。
ただ、問題なのは、採集の依頼では冒険者ランクを上げられないということである。
少しずつ高難易度の依頼を受けて、ランクを上げたい気もしなくはないのが、冷静に考えてみると、危険を冒すのは俺の趣味ではない。
というか安全に楽して金を稼ぐ。それが俺のモットーであり、忘れてはならない大事なことだった。
「よし、んじゃ、これにするか」
「スラ!」