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ギルドに戻ってきた俺は機嫌よく、ナナさんの元へ向かう。
「ああ、ニトーさん、戻ったんですか?」
心底、嫌そうな顔と口調。
本気で俺が死ぬのを願っていたのかもしれない。
「その態度、幾ら俺でも傷ついちゃうんですけど」
それに、そういうプレイに目覚めちゃったら、どう責任をとってくれるのか。家まで押し掛けられる準備は出来てるんだよな?
「大体全部、アナタの責任だと思うのですが」
大体全部って……
言葉が、おかしい気もするけど、それだけ俺のことを嫌ってるということは分かった。
だが、その程度で、めげる俺ではない。
「そこは仕事として割り切りなよ。君、社会人でしょ?」
やれやれと肩を竦めてみせる。
「そういうニトーさんは、昨日までニートだったんですよね」
「そうですけど何か?」
そのことを一切、恥ずることはないので、俺は即答した。
「………………」
ナナさんとしてはかなりの悪口を言ったつもりだったのか、数秒の沈黙が続く。
「ま、まあ、いいです。ただ、愛想よくして欲しいなら、私ではなく、別の受付に行くのがいいと思いますよ」
確かに他の受付さんも悪くはない。受付を担当しているだけあって美人だし、俺の視線に気づいて、にこりと会釈してくれたのも好印象だ。
けれども、
「それは出来ない。何故ならナナさんの方が、ちょっと好みなので」
これは決まったな。
「…………気持ち悪」
「やめて! そこはキモイとかで済ませて!」
気持ち悪いって言葉、強力過ぎるよね。
多分、攻撃力では最高レベルだと、確信を持てる。
「それで、依頼の方はどうなったんですか?」
「ああ、これこれ」
俺は持って帰ってきたゴブリンの耳を取り出す。
「確かに」
ナナさんは、特に嫌悪感を見せることもなく、耳を受付の横にあるボックスへしまう。俺との扱いの差に、少し傷つく。
「ああ、それと一応、ギルドカードを確認させて貰ってもいいですか?」
「了解ですっと」
俺は言われた通りギルドカードを取り出し、手渡した。
「…………あの」
「なんです?」
「ゴブリンを討伐したことになってないんですが」
まあ、それは当然だろう。
「だって、倒してはないんで」
「………………はい?」
ナナさんは顔を引きつらせたような笑顔で、キョトンと小首を傾げる。
「だから、ゴブリンは倒さずに耳だけ貰ったんだって」
今一、理解出来てないといった様子のナナさんに、俺は親切丁寧に説明した。
「あ、あの、討伐依頼だって分かってますよね?」
「でも、依頼内容はゴブリンの耳を持ち帰ることって、なってますけど」
「え、え?」
俺が指で示した文を見て、ナナさんは目を白黒させる。
確かに、この依頼は討伐依頼に分類されるものだ。
というよりも、基本的には討伐と採取の依頼には二パターンしかない。
極々、稀に護衛や捕獲の依頼も出るそうだが、それは今は置いとく。
「す、すいません、少しお待ちを」
そう言って、ナナんはギルドの奥にある階段へと小走りで向かい、一気に駆け昇る。
「マスター! マスター!!」
昨日は忙しい人だからと呼ぶのを渋っていたナナさんだが、今回は相当、動揺しているらしい。ギルマスを呼ぶ声が、ここまで聞こえた。
そして、
「また、お前か」
「いや~」
俺は後頭部に手を当て、恥ずかしそうに頭を下げた。
「褒めてるわけじゃないぞ」
分かってるよ、お約束だね。
ギルマスも昨日の今日で、結構、精神的にきているようで、ピクピクと額を痙攣させている。
「それで、ゴブリンを倒さず耳だけ持って来たって話だが」
「そうすっけど」
俺の言葉にギルマスは、額を押さえる。
「一応、訊いとくが、どうやってそんな状況になったんだ?」
「どうって言われても、殺されるのが嫌なら耳だけ渡すかって尋ねたら、オッケー貰えただけっすよ」
「その説明で納得出来ると思うのか?」
実に単純明快な答えだったと思うんだが、納得して貰えなかったようだ。
というか、何が不満なのかさっぱり分らない。
「逆に何が悪いのか、ちょっと」
「マジか……」
ギルマスは溜息を吐くと、再び口を開く。
「まあ、確かにこの依頼文に問題がないかと問われれば、否定は出来ないかもな。つっても、今までの歴史でこんな達成法をした奴、聞いたこともなかったわけだが」
「あの、それって今度こそ、褒めてくれてるんでしょうか?」
「嫌味だよ!」
なんだ嫌味か。男ならハッキリ言えよな。
「それでも今回はこっちが悪い面もあるのは確かだ。依頼は達成したことにしといてやるよ」
また小便漏らされたら堪らないからな、という声が聞こえた気がした。
もうこのオッサンが見た目ほど怖くないと分かった今となっては、漏らす理由もないのだが、これからも脅しに使えそうだし、黙っておくことにしよう。
「というわけで報酬だ」
三千ゴルド。家があって、飯も出てくる俺が一日で稼ぐ分には十分な額だ。きっとママンも喜んでくれることだろう。
「そう、良かったわね」
俺の想像とは違い、特に喜ばれることもなく、労いの言葉さえなかった。
「か、母さんの給料ってどのくらいなんだよ!」
「そうね、日当に換算すると、五万くらいかしら」
………………俺、働く意味なくない?
地味に傷つく俺だった。