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ニートを脱却し、冒険者となった俺を出迎えたママンの一言を、お聞きいただこう。
「あら、てっきりホームレスになるもんだと思ってたんだけど」
「アンタ、どんなつもりで自分の息子を送り出してるんだよ!?」
普通に、俺の将来を心配しての扱いだと思ってたんだけど、完全なまでの厄介払いだったんじゃねえか。
これから何を信じて、この母親と生活していけばいいのか。
「それじゃあ、早いうちに一人暮らしするようにしなさいよね」
そろそろ、一緒の生活も終わりを迎えそうでしたまる。
「それで、そのスライムはどうしたのよ?」
「ああ、仲間にしたんだよ」
「そう。まあ、いいけど、ちゃんと自分で世話はするのよ。お母さん、面倒見ないからね」
流石はうちのママン。息子が魔物であるスライムを連れてきても、この態度。
もうちょっと心配するなり、理由を訊くなりするべきだろうに。…………まさか俺に関心がないとか? まさかな。
俺は部屋に戻ると、さっそくPCを起動する。
ママンに言われずとも、ちゃんとスライムの面倒は見るつもりだ。何せ、これからはこいつを主戦力にするつもりなんだからな。もちろん、俺は後ろで指示だけだしてるのが理想である。
スライムは基本、水だけで生きていける魔物だと聞いたことがあったが、やはりそれは正しいようである。調べた結果、ネットにも、そう書かれていた。
ただ、
「ううむ、やっぱ、強くする方法なんかは書いてないよな」
そもそもからして、魔物を育成して戦わせるなんてのは、本やゲームの中だけの話だ。実際に、そんな奴がいるとは聞いたこともない。
いいや、大昔にはいたそうだが、そんなのは伝説。どちらにせよ、情報として残っているわけがなかった。
さて、どうしたものか。
「………………取り敢えず、自慢しとくか」
長時間考えるのは疲れるし、リラックスも必要だ。
俺は某大型掲示板の、魔族関連のスレに今日冒険者になったということと、スライムを仲間にしたということを書き込む。
大半の反応は、仲間にしたのがスライムだということを笑うのが、ほとんどではあるが、魔物を仲間にするなんて奴は、やはり珍しいらしく、そこそこの反響があった。
これならと思い、育成方針などを相談してみるが、やはりレベル上げなど、山に篭って修行だの、まともな意見は出ない。
まあ、魔物を育成したことがある奴なんかいないだろうし、仕方ないだろう。
「しゃあない、軽くだが、自慢は出来たしここまでにしとくかな」
と、
「なになに?」
スライムは水だけあれば、ほぼ不死身で、弱っていても復活するらしいぞ。という内容が新しく、書き込まれていた。
「ふむ」
「ス、ラ……」
気のせいか、ベッドの上に置いたスライムの様子が、大分、弱ってる気がする。
「おい、大丈夫か?」
「………………」
返事がない。ただの、以下略。
俺のベッドが原因ってことはないよな。ちゃんと干してるし、稀に洗濯だってしてる。
しかし、なんであれこれは不味い。
もしここで、こいつに死なれたら、俺の計画が水泡に帰すことになるのだ。
こうなったら、ものは試しだ。
水だけで生きていけるって話だし、風呂にでも突っ込んでみよう。
俺はスライムを掴み上げると、風呂場へと持っていく。
「んじゃ、水かけるからな」
返事はないが、お湯より水の方がいいだろう。
俺は風呂桶に置いたスライムに、シャワーで水をかける。これならついでに水も溜まるし、より効果的だという判断である。
さて……
「…………ァ」
「おっ」
マジで死んだんじゃね? ってくらいの弱り具合だったのに、もう反応があった。
こいつ、生命力だけはドラゴン並なんじゃね
「スラァ!」
「ええっ!?」
突如として、飛びこんで来たスライムを俺は寸でのところで回避する。
「ちょ、お前、元気になれて嬉しいのは分かるけどさ、ちょっと興奮し過ぎじゃないか? 男はどんな時でも冷静にだな」
「スラッ!」
「ヌオ!」
俺は再び繰り出されたスライムの突進を、シャワーヘッドでガードする。
ご立腹なのか、それとも回復したのを、これ幸いと仕掛けてきたのかは分らないが、この狭い部屋で、且つ、装備も整えてない状況での戦闘は不味い。
「くっそ、手前、恩を仇で返しやがって、熱湯でもくらえ」
温度を最大に設定し、シャワーから大量のお湯をスライムへとかける。
「スラッ!」
「ちょ、あちい! 離れろ、この!」
炎属性が苦手とはいえ、熱に弱いわけではなかったらしい。
それどころか、厄介なことに、スライムは熱湯を取り込み、その熱で俺にダメージを与えようとしてくる。
クソっ、俺は芸人じゃないんだぞ、畜生。
こんな特殊技を持ってるとは想像もしていなかった。
このままでは――
「うっさいわね、アンタ達!」
「ま、ママン!」
最悪の状況に現れたママンの姿は、救世主。否、聖母に見えた。
「その気持ち悪い呼び方は止めなさいって、前にも言ってるわよね?」
「すいません、お母様!」
そんなことより早く助けて欲しいところだが、ここで機嫌を損ねたら、放置されることだってあり得る。
「それに、自分で世話するって言っておきながら、早速、暴れさせるなんて。ちゃんと飼うなら躾くらいしなさい」
「スラッ!?」
スライムは母ちゃんに掴み上げられ、驚愕の鳴き声を上げた。
しかも、
「ふん!」
「す、ラッ!!」
そのまま壁に叩きつけられるとは思ってもなかったに違いない。
「いい? 別に部屋の隅で縮こまってろとまでは言わないわ。でもね、あんまり騒がしくしてると、美容液にでもするからね」
「…………す、スラ」
スライムの美容液というのは、セレブの間で、人気の商品であるため、まったくの冗談というわけではなさそうなのが怖い。
「いい、ニトー、ちゃんと世話するのよ」
「了解であります、お母様」
俺は不況を買わないよう、直ぐ様、そう答えた。
その答えに満足したのか、ママンは、再びリビングへと足を運ぶ。
「というわけだ。何を怒ってたのかは知らないが、これからは仲良くしような」
「す、スラ!」
あんな母親を持っていると知ったせいか、今までより遙かに返事がいい。
「よし、そうとなれば名前を決めよう」
今更ではあるが、やはり、スライムをスライムと呼び続けるのは、色々と不便だと気がついた。
となれば、どんな名前にするか。
「そうだな。アオってのはどうだ? お前の色は水色だし、丁度いいだろ?」
色で名前を付けるのは、安直過ぎる気がしないでもないが、しかし、変に凝った名前よりは余程いいだろう。なあ、キラキラネームの諸君?
「………………」
そう思ったのだが、スライムは返事をしない。不満ってことなんだろうか。
「お前が嫌なら母さんに決めてもら――」
「スラッ! スラスラ!!」
スライムはこれでもかとピョンピョン跳ね回る。
「なんだ、気に入ったのか? そいつは良かった」
ここまで、喜ばれたら、付けた甲斐があるというもんだ。
俺はアオの頭をポンポンと撫でながら、今後の育成方針を考えるのだった。
翌日。
昨日の俺はアオを育成することを、色々と考えていたわけだが、朝、目が覚めてみると、そんなことはどうでもよくなっていた。
だってさ、昨日の今日だよ。毎日、働くなんざ、良い子ちゃんがやることだろ。一流のニートだった俺がやることじゃない。
そうとなれば、もう一眠り――そう思ったところで、ドンドンとドアが叩かれる。
「ニトー、そろそろ起きなさい!」
「なに言ってんだよ、母さん。昨日の今日だよ。今日は休みに決まって――」
「そう、そんなに休みたいなら、永遠に休ませてあげるわね」
ゆっくりと開かれたドアから、まず見えたのは、手入れの行き届いた、新品同様の包丁。
そいつで、何を解体しようというのか。
俺はガタガタと体を震わせる。
「い、いやー、働くって素晴らしいよね! そろそろ起きよっと」
さて、昨日、スライムとは簡単には死なない魔物だということが分かったわけだ。いいや、正確には瀕死の状態でも簡単に復活する魔物というべきか。
どちらであれ、その性質は育成に使える。とどのつまり、多少無茶やっても、大丈夫ってことなんだからな。
そのために複数のボトルに、大量の水を詰めて来たわけだ。
ギルドについた俺は、程よい難易度の依頼はないかと掲示板を物色する。
「あれ、お前、ニトーじゃないか?」
「ん?」
声をかけて来たのは、長身で浅黒い肌の男だ。髪もきっちり決めており、どことなくチャラ男っぽい。
当然、俺にこんな男の知り合いなんていないわけで、
「誰だ、お前?」
「ちょ、そりゃないだろ」
そりゃないと言われても困るんだが。覚えがないのは、ホントなんだし。
「俺だよ、俺。高校の時、クラスが一緒だった」
そこまで言われると、確かに、何か引っかかるものがある。
「もしかして」
「うんうん」
「た、田中か?」
「誰だよ、田中って! そんな名前の奴、クラスにいなかったろ!? そういうネタは今はいいんだよ」
「は? ちゃんといたぞ。俺が高校一年の時、直ぐ転校しちゃって、ほとんど記憶に残ってないけどさ」
「俺は高二、高三の時のクラスメイトだよ! てか、なんで、ほとんど覚えてない奴の名前を今、ピックしたよ!?」
いや、まったく印象に残ってない奴だったからだけど。
「なんだ、そうだったのか。だったら、最初から、ヒントくれよ」
「別に俺は問題を出してるつもりじゃなかったんだが……」
男は落ち込んだように、溜息をついた。
「つうか、ホントに覚えてないのかよ?」
俺はコクリと頷く。
もうちょっと気を使えと言いたいかもしれないが、ホントに覚えてないんだから仕方ないだろ。悪いのは俺じゃない。
「俺だよ、クルス・フォンハート。高校の時、ちょくちょく話してただろ?」
「ああ! 思い出した! 中二病兼、にわかオタクのクルスか」
「裏では、酷い呼び方してたって、今、分かっちゃたんだけど!!」
こうしると、ちょくちょく話してた記憶が蘇ってくる。
そういえば、こいつ無駄に話が長いっつうか、知識を必要以上にひけらかしたがるから、基本、聞き流すことにしてたんだよな。パッと思い出せなかったのは、それが原因だろう。
「でも、なんで、こんなところにいるんだよ?」
「それは、こっちの台詞だ。これでも俺は、高校卒業からずっとここで冒険者活動をやってるんだからな」
フンっと、クルスは得意気に鼻を鳴らす。
成る程、それは筋金入りだな。
冒険者なんざ、馬鹿か、それ以外に道がないやつしか、やらない仕事だ。そして、こいつは前者というわけである。
「まあ、俺は、色々あってな」
「そうか。でも、良かったぜ。クラスメイトがニートだなんて、哀れだと思ってたんだよ」
「お前、俺がニートやってたって知ってたのかよ!?」
「ああ、そりゃ多分、クラス全員知ってると思うぞ」
「なんでだよ!?」
「担任だったドリア先生が同窓会で言ってたからな」
これまた、意味が分からないんですけど! なんでそういう個人情報みたいなことを言っちゃうかな?
いや、そう言えば、あの教師、結構、そういうこと簡単に言っちゃう節があったんだよな。自分に告白してきた生徒の名前を、授業中にバラして公開処刑したこともあったし。
ホントよくあんなのが教師になれたものである。
閑話休題。
「それじゃあ折角だし、お勧めの依頼を教えてくれよ」
「ああ、いいぜ。でも、どんな依頼を受けたいんだ?」
「スライムを育てられそうな依頼だ」
「はい?」
意表を突かれたという顔をするクルスに、俺は頭上を指差す。
「ほら、俺の相棒。てか、見えてるだろ? こいつを育てたいんだよ」
「そのスライムって相棒だったのか? てっきり俺は寄生でもされてるのかと」
「寄生されてたら、こんな呑気に話してられないだろ!」
つうか、今までスライムに寄生されてると思ってた旧友と、こんな調子で話してたのかよ。頭のネジ、どっかに飛んでんじゃねえのかと、心配になるんだけど。
「そうか、それもそうだな」
と、クルスは繁々と頷く。
やっぱ、どっか、おかしいのは間違いないようである。
「でも、幾ら俺でもスライムをどうやって育成するのかなんか、知らないぞ。一流冒険者の俺でもな!」
なんで二回言ったよ。つうか、ホントに一流なのか、まったく信用出来ないんだけど。
「でもま、初心者のニトーにお勧めな依頼なら、このゴブリン討伐だろうな。簡単だし危険も少ない。お前、まだパーティーも組んでないんだろ?」
「ああ、そうだけど」
「だったら、やっぱこれだ。冒険者として金を稼ぐなら、ダンジョンに潜るのが手っ取り早いんだが、一人なら危険だからな」
「成る程、ありがとよ」
意外にも親身になって教えてくれたクルスに礼を言う。
「まあ、ランクが上がったなら、俺のパーティーに入れて――」
「いや、それはいいんで」
「返答早ッ!! せめて最後まで聞けよ! いいか、うちは四人パーティーで、俺以外みんな女子だ。しかも、結構、可愛い。ま、まあ、それは、俺にはどうでもいいことだけどさ」
最後、声が震えてるぞ。チャラ男みたいな容姿でなに動揺してんだ。
「でもいいんで」
「もっと考えろよ! なんで即答するの? 分かるか? 女子三人で、そこに男一人で交る、辛さ、苦しさが」
噛みしめるように言ってるが、正直、そんな嫉ましい悩みを持つ男に、同情する気はさっぱり起きないんだけど。
それに、そんな中に俺が交じる方がよっぱど、精神的にキツそうだし。
「やっぱ、いいわ」
「チクショォオオオオ!!」
クルスは叫び声を上げ、ギルドから飛び出して行った。アイツ、なにか目的があって、ここに来てたんじゃないのか?
どうでもいいけど。
俺はクルスに教えられた通りの依頼を手に取り、昨日と同じ受付嬢のナナさんに渡す。
けど、この娘、彼女がいるんだよな。どうしたものか。好みだけど、別の受付さんに鞍替えした方がいいかもしれない。
「ゴブリン討伐の依頼で、よろしいんですね?」
「はい。何か依頼を受ける条件とかありますかね?」
確かめるような口調で訊かれたため、俺はそう質問した。
「いえ、それは大丈夫なんですけど…………そんな多くの水筒を持ってる方は、初めてですので」
成る程、それで怪訝そうだったわけか。
「ちゃんと、弁当も持ってるんすけどね」
「アナタが、行くのはピクニックか何かですか?」
中々に辛辣なツッコミである。
ちゃんと武器だって持ってるのに。
「それと、もし依頼が達成出来なかった場合、違約金が発生しますので、ご注意下さいね!」
ぐぐっと俺に詰め寄るように顔を寄せ、ナナさんはそう言った。
大方、昨日のことを、まだ引き摺っているのだろう。
「おっけ、了解です」
俺は軽い調子でそう答えた。
別に俺だって、わざとやったわけじゃない。ルールさえ教えてくれればちゃんと守れるのだ。
「畏まりました。ただ、もし依頼で死んでしまった場合は、違約金も発生しませんので、ご安心下さい」
何それ、怖くね?
ナナさんが見せる敵意のようなものに、俺は背筋を震わせた。