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 トロールの巨体が目印となり、直ぐに駆けつけることは出来た。


「な、なんだよ、アレ……」


「巨人か? 巨人の進撃か!?」


 ちょっとばかし危ういことを言ってる、冒険者たち。

 どうやら、トロールは、動いてないようで、被害自体は出ていないらしかった。


「ど、どうするんだ? 今なら我の力で消し飛ばせるかもしれんが」


 死霊だから、フィーナの術も前回より通りやすいだろうってことか。

 俺は顔を上げ、トロールを見上げる。

 見た目は、生きてた時と大きな違いはない。それが全身の体毛に隠れてるから、ってだけならいいんだが、能力も同じとなれば、フィーナの力が効かない可能性も出てくる。

 幸い、今は大人しいんだ。余計なことして刺激するほうが、危ない。


「いや、今はシアと合流することを優先しよう。アイツなら、何か情報を持ってるだろうしな」


「う、うむ、了解だ」


 流石に、フィーナも緊張しているようである。


「そういえば、ロゼッタはどうしたんだ?」


 アイツがいてくれたら、かなり心強いのだが。


「ロゼなら、他のプリーストの護衛に回って貰ったぞ。並のプリーストでは、自衛するための力を持たないからな」


「そうだったのか」


 地味に自慢が入ってるのは、わざとなのか、無意識なのか。

 そんな中、聞き慣れた声が耳に入ってきた。


「マスター、住民を避難させますか?」


「いや、今は外に出した方がパニックが起きて、余計な被害が出る可能性がある。ここには、これだけ冒険者が集まっているし、俺もいる。寧ろ、家の中にいるよう、再び呼びかけてくれ」


「わ、分かりました」


 そう言って、何処かへ走っていくナナさん。


「ギルマスのオッサン」


「ん、ああ、小便小僧か」


「お、俺は小僧じゃねえ!」


「ツッコムのそっちかよ!」


 くっ、俺だって本当は全て否定したいさ。けれど、こういう場合は、嫌がってる素振りを見せた方が負けだ。

 もし弱みを見せれば、嬉々として吹聴され、将来的にはあだ名として定着すること必至。

 折角、冒険者どもに奢りまくって、お漏らしって汚名が消えかけてるのに、再び似たような、あだ名つけられたら、堪ったもんじゃないからな。


「いや、今は、お前に構ってる場合じゃなかった」


「おいおい、その言い方はないだろ。言っちゃなんだが、あのトロールを倒したのは俺達なんだぜ」


「そ、そういえばそうだったな。…………お前が、討伐に、絡んでいるということは、一向に信じられねえが」


 ギルマスは、小声でとんでもなく失礼なことを言う。


「それで聞きたいんすけど、シアの居場所、知ってますか?」

 

 この有象無象のモブ冒険者に交じってるってことは、ないようだが。


「いや、ここには来てないぞ。アイツがいたら、もっと、騒ぎになってるだろ」


 そういや、シアの奴、冒険者たちに、姫、姫と崇められてたもんな。


「ですね、助かりました」


 礼を言い、去ろうとしたところで、


「ちょっと待て」


「ん?」


「正直、お前、みたいなニートに頼むのも変な話なんだが」


「人に頼みごとしようってのに、失礼過ぎじゃないですか?」

 

 俺が人より、寛容寛大だから、怒らないでいられるが。


「まあ、聴け。いいか、もし姫さんがヤバくなったら、可能な限り護ってやってくれ」


「は? なんで?」


 つうか、このオッサンまで姫って呼ぶのかよ。

 いや、そういうことか。


「分かった。アンタも、シアの信者なんだな。たく、いい歳して――」


「違うよ!? なんで、そこに行き着く?」


 え、自然な流れだと思ったんだけど。

 というか、そんなに動揺されたら、図星突かれて焦ってるようにしか、見えないんだよな。

 けど、これ以上、いい大人に醜態さらさせるのも可愛そうだよな。


「分かったよ。男が女を守るのは当然のことだもんな」


「お前、全然、分かってねえだろ! そんな、慈愛の眼差しを、俺に向けんじゃねえ!」


 やれやれ、文句の多いオッサンである。


「少し良いか?」


「フィーナ、どうかしたのか?」


「シアを探すなら、ギルドカードの探知機能を使えばいいんじゃないのか?」


「え、そんなことが出来るの?」


 目から鱗なんですけど。


「ああ、パーティーの間だけの機能で、それも結構狭い範囲だけでしか、探知できないけどな」


 成る程、仮にもギルマスが言うなら間違いないか。


「それじゃあ、フィーナ頼む」


「うむ、ちょっと待て」


「…………………………………………え、まだ?」


 結構、待ったつもりだったんだけど。


「し、仕方ないではないか! こんな機能使ったこともないし、そもそも、我は機械が苦手なんだ」


 フィーナ眼は潤んでおり、半ば泣きかけだった。


「わ、悪かったよ。俺が代わりにやるからさ」


 一応、俺もパーティーだったわけだし、多分、使えるよな。

 ギルドカードを取り出してから、十秒程度で、探知するためのソフトを見つけた。

 ていうか、普通にパーティーメンバーを探す、って書いてあるし、どうしてあんなに苦労してたのか……


「グスッ……」


 敢えて、訊くのはやめておこう。

 っと、


「おい、結構近いぞ」


「そ、そうなのか?」


 俺は頷く。

 てか、


「これ、トロールの――」


 腹の中、なんてことは……


「始めまして、ビギナーズタウンの諸君。ご機嫌は如何かな?」


 緊迫した状況に合わない、陽気な声がどこからか聞こえた。


「ニトー、あそこだ」


 俺はフィーナに言われた通り、自分の股間に目をやる。チャックでも開いていただろうか。


「ち、違う、アッチだ! 今、そういうネタに走るのは、どうかと思うぞ」


「わ、分かってるよ。俺は場を和まそうとだな……」


 今度はキチンと、フィーナが指差した場所に視線を移す。

 トロールの頭より更に上。そこに浮かんでいたのは、俺より年若く見える、ツリ目の男。


「私は、リオス。この街に死霊を解き放った犯人であり、このトロールの主人だ」


 困惑し、ざわめく冒険者たち。

 リオスが言ってることが真実かも分からず、状況も呑み込めてないのだろう。


「おい、シアはどうした!? あと、アオも返しやがれ!」


「ああ、芸人の兄ちゃんか。それなら今から話すところさ」


 口調が一貫としないのは、こっちが地だからか。

 つうか、俺は芸人じゃないと――


「君の大事な仲間、君達のお姫様は、今、こいつの腹の中にいる。勿論、冗談なんかじゃないぜ。それは兄ちゃん、アンタなら、よく分かってることだろ?」


 お、おいおい、マジかよ。最悪な想像が当たっちまった。

 俺の顔が、マジだということを悟ったのか、冒険者たちから、死霊使いに向けて暴言が飛ぶ。

 だが、死霊使いの男は、高らかに笑い、


「安心しな、まだ、お姫様は、ちゃんと生きてるぜ。何せ、このトロールは死体だ。腹の中で消化されたりもしない」


「よ、要求はなんだ?」


 誰かが、言った。

 わざわざ、そんなことを明らかにしたんだ。何か目的があると考えるのは、自然なことだろう。

 けれど、こんなことを、仕出かした犯人が、そんなまともな考えで動いていないというのも、また必然だった。


「んなもん、ないさ。これはゲームだ。アンタらが、姫さんを助け、俺を倒すのが先か。それとも俺が、この街を壊しつくすのが先か、ってだけのな」


 実に明確で分かりやすい、最悪なルールだ。

 幼児だって、もうちょっと公平なルール考えるだろうに。


「くはは、それじゃあいくぜ、ゲームスタートだ!」


 今まで沈黙していた、トロールが拳を振り上げ、開戦の狼煙として、ギルドの半分が吹き飛んだ。


「やば過ぎな」


 一つの街を滅ぼせる強さってのが、よく分かったわ。

 俺以外の奴にも、トロールの危険性が伝わるには十分だったようで、半分以上の冒険者が悲鳴を上げ逃げ惑う。

 俺も、一度こいつと戦った経験がなかったら、情けなく醜態を晒していたことだろう。


「なあ、これって俺の責任問題になるのかな?」


「は? まあ、住民を避難させなかったことなら」


「いや、それは領主の責任だからいいんだよ」


 このオッサン、悪い奴じゃないんだろうけど、大概だな。よくギルマスなんか勤まるもんだ。それとも、こういう保身第一みたいな人だから偉くなれるのだろうか。


「じゃあ、なんなんすか?」


「姫さんが、食われちまったことだよ」


 ギルマスは血の気の失った顔で、肩を震わせる。


「いいか、詳しくは言えないが、俺がシアを姫さんって呼んでるのはな、あの人がこの国のホントの姫、王女だからなんだよ」


「………………それって、詳しく言っちゃってるんじゃ」


 ちょっと、何を言ってるのか分らず、ギルマスの言葉の意味を熟考してみたが、俺が得られた答えは結局それだけだった。


「あ? ………………し、しまったー!!」


 ああ、やっぱ、姫ってことは明かしちゃダメだったのね。

 隠すべきところを口に出しちまうなんて、動揺し過ぎだろ、このオッサン。顔は強面でも中身はドジっ子って、重要あるだろうか。


「つうか、そんな落ち込んでる暇ないだろ! 大体、シアはまだ死んでないって話なんだし、助け出せばオールオッケーだっての」


「そ、そうだよな!」


 ギルマスは自分を納得させるよう、力強く首肯する。


「よっしゃ、お前ら! 姫さんを絶対、救出するぞぉー!」


 ギルマスが掛け声を上げると、それに合わせて、トロールと戦っていた半数近くの冒険者が咆哮する。

 あの、勢いは、恐らく信者共か。


「てか、フィーナはシアのこと知ってたのか?」


「ああ、我とロゼは知っていたぞ。大半の冒険者は、その正体を知らず、姫っぽいというだけで、姫と呼んでおるようだがな」


「マジか」


 ただの偶然とみるべきか、凄い洞察力と評価するべきか。


「というか、我らも皆に協力するぞ!」


「ん、ああ……」


 フィーナはともかく、俺が直接協力しても焼け石に水にもならないだろう。


「フィーナ、お前は皆に協力してやってくれ。俺は作戦を立てる」


「さ、作戦?」


「ああ」


 どうしてか、尊敬の眼差しで見つめてくるフィーナに、俺は頷いた。


「分かった。ならば、時間稼ぎは我に任せておくがいい」


「頼んだぜ」


 親指を立てて答える。

 飽くまで感覚的なものだが、トロールの再生速度は生前より遅い気がする。

 なにより、


「ジャイアント・ジャッジメント!」


 痛みを感じてないのか、悲鳴こそ上げないが、シアの魔法によって、トロールの体は体毛ごと焼かれ、黒い皮膚が露になる。


「今だ、皮膚が露出した部分に、攻撃を加えろ!」


 腐ってもギルマスといったところか。タイミングよく指示を出す。

 どうやら一般の冒険者ではシアのように、トロールの体毛ごと切り裂くことは出来ないみたいだが、皮膚であればダメージを与えることが可能なようだ。

 もし、あのトロールが木偶の坊なら、この戦法だけで十分倒し切れただろう。

 しかし、


「やれやれ、腹に姫さんがいるってのに、随分荒っぽいじゃねえか。まあ、いいけどな!」


 嗤う、死霊使い。


「グオオオオオオッ!」


 トロールが軽く腕を振るっただけで、周囲の冒険者は紙のように宙を舞う。


「皆、トロールを操っている術者を狙うんだ!」


 分かりやすく、トロールの上を飛んでくれてるんだ。魔法を得意とするものにとっては、良い的だろう。


「やれやれ、これでも俺は一流の術師なんだぜ」


 リオスの周囲に召喚された、鎧姿の死霊が魔法を防ぐ。


「姫さんには、軽くやられちまったが、並の術者じゃ、こいつらには勝てねえよ」


「だったら、ボクの出番ですね」


 ヒーローの如く遅れて登場してきた、ロゼッタが、リオスの周囲にいた死霊を吹き飛ばす。


「むう、それは我の得意分野なのだぞ」


「ふふん、これくらいなら、ボクでも出来るんで、フィーナはそっちの大きいのに集中して下さい」


 やっぱ、アイツらは別格だな。ここの冒険者が弱いってのもあるんだろうけど。


「くはは、やるじゃないの。やっぱ、戦いってのは、こうじゃないとな!」


 リオスは再び、死霊を召喚する。今度のは剣ではなく、巨大な盾を持った死霊だ。

 まったく、何体、ストックを持ってやがるのか。


「やれやれ、人質を取って戦っている人がいう台詞じゃないと思いますけどね」


 ロゼッタは皮肉るが、


「そりゃそうだ。そいつは言えてるぜ」


 リオスは笑みを崩さない。


「けどな、これでも気を使ってやってるんだぜ。もし、この場の戦闘を放棄して、こいつで街を壊して回ったら、それこそ終わりだろ?」


「また、脅しですか?」


「ありゃ、そう聞こえちまったか?」


 残念と肩を落とす真似をする、リオス。

 確かに、本気で街を壊すことに専念されたら堪え切れる保証はない。違う、ほぼ不可能だろう。

 ここは、街で一番大きな広場だからこそ、被害を抑えられてはいるが、それでもトロールの攻撃から建物を完璧に護り切ることは出来てないのだ。


「でもま、俺を倒せたら、お前達の勝ちなんだし、精々、頑張れよ。トロールの猛攻に耐えながらな!」


「っ」


 今度の死霊は、ロゼッタでも簡単に吹き飛ばすことは出来ないようだ。

 けれど、リオスにも余裕があるわけじゃない。今、防りに全振りしてるのが、その証拠だ。

 この隙を突かない手はない。

 ただ、問題なのは俺が何をするのかということだ。

 つうか、アイツ、アオは、どこに持ってるんだよ。

 冒険者バッグには生物は入れらない。てことは、どこかに置いてるんだろうか。もし、殺されてたら……

 そうじゃない。アイツは言ったハズだ。

 君の大事な仲間はコイツの腹の中だと。君と君達を分けたのは、俺と、その他冒険者の区別のため。

 端から隠すつもりなんかなかったのか、それともミスかは分らない。しかし、俺の考えに、筋は通っているはずだ。

 もちろん、確証があるわけではない。ただの勘違いかもしれない。

 だが、一つやるべきことは分かった。

 つうか、俺に出来ることなんざ、この程度だし、一々、悩む必要もない。

 俺は、トロールから離れ、どうすることも出来ないでいる冒険者に声をかける。


「おい、金貸してくれ」

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