29
トロールの巨体が目印となり、直ぐに駆けつけることは出来た。
「な、なんだよ、アレ……」
「巨人か? 巨人の進撃か!?」
ちょっとばかし危ういことを言ってる、冒険者たち。
どうやら、トロールは、動いてないようで、被害自体は出ていないらしかった。
「ど、どうするんだ? 今なら我の力で消し飛ばせるかもしれんが」
死霊だから、フィーナの術も前回より通りやすいだろうってことか。
俺は顔を上げ、トロールを見上げる。
見た目は、生きてた時と大きな違いはない。それが全身の体毛に隠れてるから、ってだけならいいんだが、能力も同じとなれば、フィーナの力が効かない可能性も出てくる。
幸い、今は大人しいんだ。余計なことして刺激するほうが、危ない。
「いや、今はシアと合流することを優先しよう。アイツなら、何か情報を持ってるだろうしな」
「う、うむ、了解だ」
流石に、フィーナも緊張しているようである。
「そういえば、ロゼッタはどうしたんだ?」
アイツがいてくれたら、かなり心強いのだが。
「ロゼなら、他のプリーストの護衛に回って貰ったぞ。並のプリーストでは、自衛するための力を持たないからな」
「そうだったのか」
地味に自慢が入ってるのは、わざとなのか、無意識なのか。
そんな中、聞き慣れた声が耳に入ってきた。
「マスター、住民を避難させますか?」
「いや、今は外に出した方がパニックが起きて、余計な被害が出る可能性がある。ここには、これだけ冒険者が集まっているし、俺もいる。寧ろ、家の中にいるよう、再び呼びかけてくれ」
「わ、分かりました」
そう言って、何処かへ走っていくナナさん。
「ギルマスのオッサン」
「ん、ああ、小便小僧か」
「お、俺は小僧じゃねえ!」
「ツッコムのそっちかよ!」
くっ、俺だって本当は全て否定したいさ。けれど、こういう場合は、嫌がってる素振りを見せた方が負けだ。
もし弱みを見せれば、嬉々として吹聴され、将来的にはあだ名として定着すること必至。
折角、冒険者どもに奢りまくって、お漏らしって汚名が消えかけてるのに、再び似たような、あだ名つけられたら、堪ったもんじゃないからな。
「いや、今は、お前に構ってる場合じゃなかった」
「おいおい、その言い方はないだろ。言っちゃなんだが、あのトロールを倒したのは俺達なんだぜ」
「そ、そういえばそうだったな。…………お前が、討伐に、絡んでいるということは、一向に信じられねえが」
ギルマスは、小声でとんでもなく失礼なことを言う。
「それで聞きたいんすけど、シアの居場所、知ってますか?」
この有象無象のモブ冒険者に交じってるってことは、ないようだが。
「いや、ここには来てないぞ。アイツがいたら、もっと、騒ぎになってるだろ」
そういや、シアの奴、冒険者たちに、姫、姫と崇められてたもんな。
「ですね、助かりました」
礼を言い、去ろうとしたところで、
「ちょっと待て」
「ん?」
「正直、お前、みたいなニートに頼むのも変な話なんだが」
「人に頼みごとしようってのに、失礼過ぎじゃないですか?」
俺が人より、寛容寛大だから、怒らないでいられるが。
「まあ、聴け。いいか、もし姫さんがヤバくなったら、可能な限り護ってやってくれ」
「は? なんで?」
つうか、このオッサンまで姫って呼ぶのかよ。
いや、そういうことか。
「分かった。アンタも、シアの信者なんだな。たく、いい歳して――」
「違うよ!? なんで、そこに行き着く?」
え、自然な流れだと思ったんだけど。
というか、そんなに動揺されたら、図星突かれて焦ってるようにしか、見えないんだよな。
けど、これ以上、いい大人に醜態さらさせるのも可愛そうだよな。
「分かったよ。男が女を守るのは当然のことだもんな」
「お前、全然、分かってねえだろ! そんな、慈愛の眼差しを、俺に向けんじゃねえ!」
やれやれ、文句の多いオッサンである。
「少し良いか?」
「フィーナ、どうかしたのか?」
「シアを探すなら、ギルドカードの探知機能を使えばいいんじゃないのか?」
「え、そんなことが出来るの?」
目から鱗なんですけど。
「ああ、パーティーの間だけの機能で、それも結構狭い範囲だけでしか、探知できないけどな」
成る程、仮にもギルマスが言うなら間違いないか。
「それじゃあ、フィーナ頼む」
「うむ、ちょっと待て」
「…………………………………………え、まだ?」
結構、待ったつもりだったんだけど。
「し、仕方ないではないか! こんな機能使ったこともないし、そもそも、我は機械が苦手なんだ」
フィーナ眼は潤んでおり、半ば泣きかけだった。
「わ、悪かったよ。俺が代わりにやるからさ」
一応、俺もパーティーだったわけだし、多分、使えるよな。
ギルドカードを取り出してから、十秒程度で、探知するためのソフトを見つけた。
ていうか、普通にパーティーメンバーを探す、って書いてあるし、どうしてあんなに苦労してたのか……
「グスッ……」
敢えて、訊くのはやめておこう。
っと、
「おい、結構近いぞ」
「そ、そうなのか?」
俺は頷く。
てか、
「これ、トロールの――」
腹の中、なんてことは……
「始めまして、ビギナーズタウンの諸君。ご機嫌は如何かな?」
緊迫した状況に合わない、陽気な声がどこからか聞こえた。
「ニトー、あそこだ」
俺はフィーナに言われた通り、自分の股間に目をやる。チャックでも開いていただろうか。
「ち、違う、アッチだ! 今、そういうネタに走るのは、どうかと思うぞ」
「わ、分かってるよ。俺は場を和まそうとだな……」
今度はキチンと、フィーナが指差した場所に視線を移す。
トロールの頭より更に上。そこに浮かんでいたのは、俺より年若く見える、ツリ目の男。
「私は、リオス。この街に死霊を解き放った犯人であり、このトロールの主人だ」
困惑し、ざわめく冒険者たち。
リオスが言ってることが真実かも分からず、状況も呑み込めてないのだろう。
「おい、シアはどうした!? あと、アオも返しやがれ!」
「ああ、芸人の兄ちゃんか。それなら今から話すところさ」
口調が一貫としないのは、こっちが地だからか。
つうか、俺は芸人じゃないと――
「君の大事な仲間、君達のお姫様は、今、こいつの腹の中にいる。勿論、冗談なんかじゃないぜ。それは兄ちゃん、アンタなら、よく分かってることだろ?」
お、おいおい、マジかよ。最悪な想像が当たっちまった。
俺の顔が、マジだということを悟ったのか、冒険者たちから、死霊使いに向けて暴言が飛ぶ。
だが、死霊使いの男は、高らかに笑い、
「安心しな、まだ、お姫様は、ちゃんと生きてるぜ。何せ、このトロールは死体だ。腹の中で消化されたりもしない」
「よ、要求はなんだ?」
誰かが、言った。
わざわざ、そんなことを明らかにしたんだ。何か目的があると考えるのは、自然なことだろう。
けれど、こんなことを、仕出かした犯人が、そんなまともな考えで動いていないというのも、また必然だった。
「んなもん、ないさ。これはゲームだ。アンタらが、姫さんを助け、俺を倒すのが先か。それとも俺が、この街を壊しつくすのが先か、ってだけのな」
実に明確で分かりやすい、最悪なルールだ。
幼児だって、もうちょっと公平なルール考えるだろうに。
「くはは、それじゃあいくぜ、ゲームスタートだ!」
今まで沈黙していた、トロールが拳を振り上げ、開戦の狼煙として、ギルドの半分が吹き飛んだ。
「やば過ぎな」
一つの街を滅ぼせる強さってのが、よく分かったわ。
俺以外の奴にも、トロールの危険性が伝わるには十分だったようで、半分以上の冒険者が悲鳴を上げ逃げ惑う。
俺も、一度こいつと戦った経験がなかったら、情けなく醜態を晒していたことだろう。
「なあ、これって俺の責任問題になるのかな?」
「は? まあ、住民を避難させなかったことなら」
「いや、それは領主の責任だからいいんだよ」
このオッサン、悪い奴じゃないんだろうけど、大概だな。よくギルマスなんか勤まるもんだ。それとも、こういう保身第一みたいな人だから偉くなれるのだろうか。
「じゃあ、なんなんすか?」
「姫さんが、食われちまったことだよ」
ギルマスは血の気の失った顔で、肩を震わせる。
「いいか、詳しくは言えないが、俺がシアを姫さんって呼んでるのはな、あの人がこの国のホントの姫、王女だからなんだよ」
「………………それって、詳しく言っちゃってるんじゃ」
ちょっと、何を言ってるのか分らず、ギルマスの言葉の意味を熟考してみたが、俺が得られた答えは結局それだけだった。
「あ? ………………し、しまったー!!」
ああ、やっぱ、姫ってことは明かしちゃダメだったのね。
隠すべきところを口に出しちまうなんて、動揺し過ぎだろ、このオッサン。顔は強面でも中身はドジっ子って、重要あるだろうか。
「つうか、そんな落ち込んでる暇ないだろ! 大体、シアはまだ死んでないって話なんだし、助け出せばオールオッケーだっての」
「そ、そうだよな!」
ギルマスは自分を納得させるよう、力強く首肯する。
「よっしゃ、お前ら! 姫さんを絶対、救出するぞぉー!」
ギルマスが掛け声を上げると、それに合わせて、トロールと戦っていた半数近くの冒険者が咆哮する。
あの、勢いは、恐らく信者共か。
「てか、フィーナはシアのこと知ってたのか?」
「ああ、我とロゼは知っていたぞ。大半の冒険者は、その正体を知らず、姫っぽいというだけで、姫と呼んでおるようだがな」
「マジか」
ただの偶然とみるべきか、凄い洞察力と評価するべきか。
「というか、我らも皆に協力するぞ!」
「ん、ああ……」
フィーナはともかく、俺が直接協力しても焼け石に水にもならないだろう。
「フィーナ、お前は皆に協力してやってくれ。俺は作戦を立てる」
「さ、作戦?」
「ああ」
どうしてか、尊敬の眼差しで見つめてくるフィーナに、俺は頷いた。
「分かった。ならば、時間稼ぎは我に任せておくがいい」
「頼んだぜ」
親指を立てて答える。
飽くまで感覚的なものだが、トロールの再生速度は生前より遅い気がする。
なにより、
「ジャイアント・ジャッジメント!」
痛みを感じてないのか、悲鳴こそ上げないが、シアの魔法によって、トロールの体は体毛ごと焼かれ、黒い皮膚が露になる。
「今だ、皮膚が露出した部分に、攻撃を加えろ!」
腐ってもギルマスといったところか。タイミングよく指示を出す。
どうやら一般の冒険者ではシアのように、トロールの体毛ごと切り裂くことは出来ないみたいだが、皮膚であればダメージを与えることが可能なようだ。
もし、あのトロールが木偶の坊なら、この戦法だけで十分倒し切れただろう。
しかし、
「やれやれ、腹に姫さんがいるってのに、随分荒っぽいじゃねえか。まあ、いいけどな!」
嗤う、死霊使い。
「グオオオオオオッ!」
トロールが軽く腕を振るっただけで、周囲の冒険者は紙のように宙を舞う。
「皆、トロールを操っている術者を狙うんだ!」
分かりやすく、トロールの上を飛んでくれてるんだ。魔法を得意とするものにとっては、良い的だろう。
「やれやれ、これでも俺は一流の術師なんだぜ」
リオスの周囲に召喚された、鎧姿の死霊が魔法を防ぐ。
「姫さんには、軽くやられちまったが、並の術者じゃ、こいつらには勝てねえよ」
「だったら、ボクの出番ですね」
ヒーローの如く遅れて登場してきた、ロゼッタが、リオスの周囲にいた死霊を吹き飛ばす。
「むう、それは我の得意分野なのだぞ」
「ふふん、これくらいなら、ボクでも出来るんで、フィーナはそっちの大きいのに集中して下さい」
やっぱ、アイツらは別格だな。ここの冒険者が弱いってのもあるんだろうけど。
「くはは、やるじゃないの。やっぱ、戦いってのは、こうじゃないとな!」
リオスは再び、死霊を召喚する。今度のは剣ではなく、巨大な盾を持った死霊だ。
まったく、何体、ストックを持ってやがるのか。
「やれやれ、人質を取って戦っている人がいう台詞じゃないと思いますけどね」
ロゼッタは皮肉るが、
「そりゃそうだ。そいつは言えてるぜ」
リオスは笑みを崩さない。
「けどな、これでも気を使ってやってるんだぜ。もし、この場の戦闘を放棄して、こいつで街を壊して回ったら、それこそ終わりだろ?」
「また、脅しですか?」
「ありゃ、そう聞こえちまったか?」
残念と肩を落とす真似をする、リオス。
確かに、本気で街を壊すことに専念されたら堪え切れる保証はない。違う、ほぼ不可能だろう。
ここは、街で一番大きな広場だからこそ、被害を抑えられてはいるが、それでもトロールの攻撃から建物を完璧に護り切ることは出来てないのだ。
「でもま、俺を倒せたら、お前達の勝ちなんだし、精々、頑張れよ。トロールの猛攻に耐えながらな!」
「っ」
今度の死霊は、ロゼッタでも簡単に吹き飛ばすことは出来ないようだ。
けれど、リオスにも余裕があるわけじゃない。今、防りに全振りしてるのが、その証拠だ。
この隙を突かない手はない。
ただ、問題なのは俺が何をするのかということだ。
つうか、アイツ、アオは、どこに持ってるんだよ。
冒険者バッグには生物は入れらない。てことは、どこかに置いてるんだろうか。もし、殺されてたら……
そうじゃない。アイツは言ったハズだ。
君の大事な仲間はコイツの腹の中だと。君と君達を分けたのは、俺と、その他冒険者の区別のため。
端から隠すつもりなんかなかったのか、それともミスかは分らない。しかし、俺の考えに、筋は通っているはずだ。
もちろん、確証があるわけではない。ただの勘違いかもしれない。
だが、一つやるべきことは分かった。
つうか、俺に出来ることなんざ、この程度だし、一々、悩む必要もない。
俺は、トロールから離れ、どうすることも出来ないでいる冒険者に声をかける。
「おい、金貸してくれ」




