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「足りない?」
「はい、全然」
酒場の店員の女の子が、おかしなことを言う。
「い、一千五百万あったんだぞ、足りないわけないでしょ?」
「い、いえ、全額で八千三百二十ゴルドしか、カードには入ってないようですが」
おいおい、どういうことだよ、っと、奢ってやる予定だった連中(乞食ども)が、不満の声を上げる。
そんなの俺にだって、分からないっての。
だけど、そんなことを言ってる余裕はない。
「わ、悪いんだけど、今日は割り勘ってことで」
俺がそう言うと、ふざけんな! という怒声が上がった。
さ、最悪だ。こうなってしまっては、タコ殴りにされる未来しか見えない。
と、
「どうしたの?」
「し、シア」
同時に姫っという呼び声が上がる。
事情を口々に説明する、乞食共。
「そう、分かったわ。じゃあ、ここは私が出してあげる」
「え!?」
毒舌女がどういう風の吹き回しだ。てっきり嫌味をダラダラ聞かされると思ってたんだが。
「い、いや、姫にそこまでして頂くのも……」
「お、俺、やっぱ自分で出すわ」
「俺も」
「私も」
口々に、起こる、自分もコール。
さっきまでの喧噪が嘘のようである。
そんな慎ましさ、俺の時は一切、見せなかったくせに。
「悪かったな、助かったぜ」
「単に、うるさかったから止めただけよ。別にアナタのためにやったわけじゃないから、気にしなくていいわ」
微妙にツンデレっぽいが、こいつの場合、本音なんだろうな。
実際、助かったんだから文句を言うつもりはないけどさ。
「それで、どうしてこんなことになったのかしら?」
「なんだ、気になるのかよ?」
俺のことが気になるのか、という、からかうような口調で訊いたのだが、
「そうね。また、同じような騒ぎを起こされても困るし、出来ることなら聞いておきたいわ」
特にこれといった反応を見せず、冷静に返答された。
もうちょっと慌てたり、怒ったりしてくれたら、面白いのだが、相変わらずのクールっぷりである。
まあ、いい。実際、俺も何が起こったのかは詳しく分からないわけだし、シアに話すことで、何か解決の糸口が見えてくるかもしれない。話して、損はないだろう。
「実はだな……」
酒場のテーブル席に座り、俺は、シアに今日あったことを説明した。
「それでアナタは愚かにも、自分の仲間であるスライムを売ってしまったと」
「そ、そうなる」
強い怒気のようなものを感じ、俺は、ちょっとオドオドしながらも、素直に頷いた。
「そう、愚かで馬鹿な男だとは思ってたけど、ここまで最低な人間だとは思わなかったわ」
「な、なんだとっ!」
何故、俺が、そこまで言われなければならないのか。
「だって、そうじゃない。金に目が眩んで仲間を売り、しかも、その、お金は実際には、振り込まれてもいなかったって、情けないにも程があるでしょ?」
「うぐっ」
そう冷静に話されたら、悔しいが、言い返す言葉が見つからなかった。
「けど、アイツだって、金持ちに飼われた方が幸せだろうさ」
なら、別に悪いことをしたってわけじゃ――
「確かに、私も、アナタの仲間でいるよりはマシだと思うわ」
「だろ!?」
ちょっと言い方がムカつくが、ここはツッコまないでおく。
「人間の感覚ならね」
「どういうことだよ?」
俺はシアの言葉の意図が分からず、そう尋ねた。
「魔物を従えることは誰だって出来ることじゃないわ。いいえ、大抵の人には出来ないと言うべきね。少なくとも、私はアナタ以外に見たことがないもの」
「………………」
「魔物を従えることに、特別な才能が必要なのか、ただの偶然なのかは、私には分からないわ。けど、それは、お金や魔物が好む餌を持っていればなせることじゃないのは確かよ」
「…………何が言いたいんだ?」
「ここまで言って、理解出来ないなら、もうアナタと話す価値はないわね」
「っ」
シアは黙って席を立つ。本当にもう、何も話すことはないのだろう。
実際は、シアが何を言いたいのか分かっていた。だが、それを認めたところでどうしろってんだ。
相手の商人はもう逃げているはずだ。探したって意味はない。
それとも形だけでも追いかけるべきなのか。いや、
「こんな考えしちまうだけでも最低だよな」
自ずと、自嘲する言葉が出た。
シアは、もう何処かへ行ってしまったらしい。聞かれなくて、良かったと喜ぶべきだろうか。
「…………ええい! 腐ってても仕方ない!」
そもそもからして、悩むなんて俺らしくない。
出たとこ勝負の、行き当たりばったり主義。なんとかなるが信条の男。それが俺だ。
取り敢えず、探してみよう。
何より、この俺が、詐欺られたなんて、許せない。
「あなたが、ニトーでいいのかしら?」
「え?」
そこには、これまで見たこともないような、色気のある美女が立っていた。