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 ………………最悪だ。

 どうしてこうなった。いや、その理由は分かってる。完全に、俺は調子に乗り過ぎていた。

 



 あれからの一週間を、簡略化して説明しよう。


 まず、最初に俺は依頼を受けるのをやめた。

 当然だ。一年、俺一人なら三年は余裕で生活する額があったのだ。本来、ニート気質で、働くのを何よりも憎んでいた俺が働き続けるはずがない。

 因みに、その時、母さんを黙らせるため、百万ほどを要したが、当時の、俺としては大した額ではないように感じていた。

 少なくとも、遊ぶ時間を買ったと考えれば、悪い買い物ではなかったはずだ。

 その時には、前まで欲しかったものは、ほとんど手に入れていたし、これ以上、多くの出費が嵩むこともないと考えていたからだ。

 だが、人間の欲望とは計り知れない。


「おっ、ニトー、また今日も奢ってくれよ!」


「………………」

 

 お分り頂けただろうか。

 今日も、という発言から、俺が奢ったのは一週間前のことだけじゃないということが判断出来たはずだ。

 しかもさっき話しかけてきたオッサンの顔を俺はまったく覚えてない。それだけ不特定多数の人間に飯を奢ってやったということである。

 勿論、初日に比べたら、出費は抑えた。それでも金というものは、使えば減っていくものらしい。


「どうした、ニトー、昨日までの調子はどこ行ったんだ?」


 クルスか。

 そういえば、こいつと、パーティーの女共にも何度か飯を奢ってやったはずだ。しかも結構、可愛かった。


「死ねばいいのに」


「突然、なんだよ!?」


 声を荒げるクルスを無視して、俺はギルドの依頼掲示板を見に行く。

 まったく、どいつもこいつも俺の気持ちを分かっちゃいない。

 とにかく、金だ。金がいる。

 けど、


「ちっ、どれもシケた依頼ばっかじゃねえか」


 採取の依頼も一応あるが、魔の森まで足を運ぶのは避けたいしな。

 俺がやりたいのは、楽して大金稼げる依頼だけなんだ。


「しゃあない、今日は帰るか」


「スラッ!?」


「なあに、心配しなくても、明日から本気出すさ」


「スラァ……」


 やれやれ、ホント、人生ってやつは大変だよな。



 

 それから、更に一週間が経過した。


「アンタ、まだ寝てるつもりなの?」


「なんだよ、母さん? 百万も家に入れたんだ、一、二週間サボったくらいで文句言わないでくれよ」


 俺は母さんから逃れようと、布団に潜り、身を隠す。


「そんなの、今までアンタを育ててきた額には到底、及ばないわね」


「それ言う!?」


 そういうのは親が言ったら、駄目なやつだろ。


「大体、アンタは、一度、怠け始めると、延々に怠け続けるでしょうが」


「うっ、そんなこと……」


 ないとは言えない。


「それが分ったら、さっさと支度する」


 ちくしょぉ~。



 

 金だ。とにかく、金がいる。

 ママンを永遠に黙らせるだけの金があれば、俺は晴れて自由の身だ。

 けど、当然のことだが、そんな当てはない。


「おお、ようやく見つけましたぞ」


「はい?」


 誰だ、このオッサン。もしかして、また、前、奢ってやった人だろうか。


「言っとくけど、もう奢ってやれる金なんかないからな」


 素直に話すのは、プライドが少々、邪魔したが、借金してまで他人に奢るほど愚かではない。

 それどころか、金返してと、泣き縋ってもいいくらいだ。


「は?」


 オッサンは、なんのことだと、ポカンとした顔をする。

 ひょっとして、俺の勘違いだっただろうか。

 だが、だとしたら、なんの用だ。


「いや、なんでもないです。すいません」


 俺は妙な勘繰りをしてしまったことを謝罪する。


「それで、何の用ですかね? 俺に話があったみたいですけど」


「はい、そうなのです! 実はですね、アナタ様にお願いがありまして、こうして伺わせて頂いたしだいなのです、はい」


 なんというか、グイグイくるな、この人。

 ローブ姿だというのに、魔法使いっぽくもない。いいや、魔法使いでも、ローブを着用するのは、今時、珍しいが。


「お願いってなんすか?」


「はい、実は、私、ちょっとした商売を営んでいるのですが、そのスライムが大変、優秀だという噂を耳にしましてね」


「はぁ」


 確かに、アオを上手く使えば、採取依頼はお手の物だろうが、一体、どこから聞きつけたのか。


「その話、どこで?」


「どこでとは、凄いスライムがいると、ここの冒険者たちの間では有名な話ですが」


 ………………冷静に思い返してみれば、酔った勢いで、かなり自慢話をした記憶があった。


「それで、俺に何をして欲しいと?」


 客引きか? それとも、見世物か。


「売って欲しいのです」


「へ?」


「スラッ!?」


 今まで、黙っていたアオも、声を上げた。


「売るって、こいつをか?」


 俺は頭に乗った、アオを指差して尋ねた。


「はい」


 にこりと、パーフェクトな営業スマイル。

 しかし、そんなことに騙される俺ではない。


「いいか、こいつは俺の相棒なんだよ。いくら、金が欲しいからって、売れるわけないだろ」


「スラァ~」


 アオは感極まった様子の、泣き声を上げた。

 安心しろ、アオ。お前を手放すわけないだろ。何せ、こいつは金のなる木。採集の依頼では大活躍間違いなしと確定しているのだ。

 そうだ、別に無理して一気に稼がなくてもいいじゃないか。五百万なんて大金が一度に手に入ったせいで、我を忘れていたが、別に細々とやっていっても問題ない。

 こいつといれば、普通より、楽して生活していける。


「助かったよ、オッサン。アンタは大切なことを思い出させてくれた。じゃあな」


 俺は反転し、じゃあなと、手を振る。


「ええっと、一千万、いいえ、一千五百万でどうでしょうか?」


 グルンと再反転し、俺は商人のオッサンへと詰め寄る。


「今、なんて言った?」


「一千五百万と」


 な、ん、だ、って?


「じ、冗談だろ?」


「いいえ。そのスライムにはそれだけの価値があるかと。正確には、価値が付いたというべきですかな。実を言うと、既に幾人か欲しいと手を上げている人がいるんですよ」


 ま、マジっすか?

 一千五百万。前回は一気に使い過ぎたが、ちゃんと節約すれば、十年は固い。

 それに、俺はテイマーだ。ここでアオがいなくなっても、スライムくらいまた仲間に出来るだろう、多分……


「スラ、スララ!」


「安心しろって、売るつもりなんかないからさ」


 少なくとも、まだ。


「え、ええっと、もし売った場合、アオの待遇はどうなるんですか?」


「スラ!?」


「訊いてるだけだから、ホント、訊いてるだけだから、マジで」


「そうですね、私が取り引きしようとしている、魔物愛好家の方々は、皆、大変な、お金持ちですので、さぞ優雅な生活を送ることが出来ると思いますよ」


 そりゃあ、そうだろうな。何せ、このオッサンが一千五百万で買い取っても、まだ釣りが来る額で買おうとしてるんだ。

 なら、直接売った方がいいんだろうが、当然、俺に、そんなコネはない。

 何より、信頼がなければ、例え、相手を知ることが出来ても、買い取って貰えないだろう。

 なら問題は一つだ。


「ホントにアオは酷い目に遭わされたりしないんすよね?」


「スララ!?」


「それは確実かと」


 そうか、なら問題ないな。


「売った!」


「ありがとうございます」


「スラァ! スララ! スラ! ラララ!!」


「そう怒るな。お前も俺なんかの所にいるより、絶対、楽しいって」


 寧ろ、俺のことを飼って欲しいくらいだもん。


「では、ギルドカードの方に送金させて、頂きましたので、ご確認下さい」


 流石、商人だけあって、仕事が早い。手続きにかかった時間は、僅か数分。


「うっす」


 俺はオッサンに言われた通り、カードを確認する。


「確かに」


 一万足らずになっていた俺のゴルドは、一気に千五百万となっていた。


「んじゃ、これでアオはアンタのものってわけだ」


「はい、ありがとうございます」


 叫ぶアオを他所に、俺と商人のオッサンは、がははと笑う。

 そんなわけで、俺はアオを頭から降ろそうとしたわけだが、


「ちょ、痛いって! へばり付くな!」


 アオは頑として、頭から降りようとしない。

 まったく、何不自由ない生活が約束されたというのに、何が不満だというのか。


「あの、よろしければ、私が、大人しくさせましょうか?」


「そんなこと出来るんすか?」


「ええ、商人というだけで、色々、危険な目に遭うので、多少ですが、魔法を使えるんですよ」


「ほう」


 そのローブは伊達じゃなかったってことか。

 オッサンが、アオの顔の前で、パチンと指を鳴らすと、暴れていたアオが一気に大人しくなる。


「何を?」


「鎮静の魔法です。これで、盗賊達を鎮めたり、結構、役に立つんですよ」


 へぇ、そんな魔法があったのか。確かに便利そうだな。

 俺は大人しくなったアオを、手渡す。


「では、私はこれで。また、機会があれば、お会いしましょう」


 オッサンはアオを受け取ると腹に抱え、そう言って去って行った。

 さて、


「今日も宴だ!」


 え、節約するんじゃなかったって?

 こういうのは、初日くらい景気良くいかないと、後まで持たないものなんだよ。

 緩める時は緩め、締める時は締める。それが大事ってわけ。いい勉強になったね。

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