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当然のことだが、今までニートだった奴を、ほいほいと雇ってくれる店や会社は早々ない。ママンはこんなご時世に、とか言ってたけど、こんなご時世でもニートって奴は求めてられないらしかった。
まあね、ニートってどうしても、甘ったれって認識があるからね。本当は、選ばれし者しかニートでいられないんだけどさ。寧ろ、ニートの精神力は、全人類最高クラスよ。そしてそれこそが、無職とニートの決定的な違いなのだと俺は言いたい。
だけど、嘆いたところでどうしようもないのも事実。
適当に店を見て回って、職業斡旋所を訪ねたくらいじゃ、家に入れて貰えないだろうからな。
かといって野宿なんか御免だ。
いくら治安の良い街とはいえ、やっぱ、馬鹿な不良とかはいるし、ごみ掃除と称したホームレス狩りを行う、頭の可笑しい奴もたまに出る。
けど、冒険者でさえ、なるにはそれなりの実力が求められる時代みたいだ。
曰く、力のないものを入れて直ぐ死なれると、クレーマーが喚き散らしにくるのが原因らしい。完全に、平和ボケである。
まあそれでも、行ってみるしかないかな、と俺は考える。どうせ、他に行く当てもないのだ。
なんの資格がなくても、実力があれば、ってのが売りな所だし、ひょっとしたら、俺に何か特別な力でも眠ってるかもしれない。そいつに期待するしかないだろう。
「いいですよ」
「え?」
ギルドで冒険者になれるか尋ねてから、僅か一秒で、そう返答があった。
まさか本当に、俺には隠された力があったんだろうか。
「ほんの少し前までは、人権団体の方があれこれと注文をつけて来ていたんですけどね、その団体の幹部の子供が魔物に殺されたとかで、寧ろ冒険者を増やすように要請して来るようになったくらいなんですよ。まあ、こっちとしては、やりやすくなって良かったんですけど」
試験とかしなくていいし、と受付さんは呟いた。
なんというか、あまりにも分かりやすい奴らである。
「それで団体としてやっていけるんですかね?」
「それでしたら、最近は意見を一転して魔物の危険性を説いてるみたいですよ。活動資金も冒険者を支持するという名目で、寄付を募っているようです」
凄まじいまでの逞しさだった。
「あ、でも彼らのお陰で、今までは有料だったギルドカードと、装備一式、冒険者バッグも無料で差し上げられるようにもなったんですよ。これは皆さん、喜んでいますね。装備に関しては、最低ランクの物で、大半の方は、使いませんけど」
成る程、集まった額の、どの程度かは知らないが、一応は、ちゃんと冒険者に回してるんだな。そいつは朗報だ。
何せ、俺には装備どころか、金もなかったのだ。当然、装備を整えられる当てもなかったしな。だってニートだし……。
「なら、装備含めて貰ってもいいですか?」
幾ら安物とはいえ、ないよりはマシだろう。
「はい、大丈夫です。一応、身分証の提示だけはして貰う規則ですので、お願い出来ますか?」
「分かりました」
財布を持ってきといて、助かった。
「ああ、それと、当ギルドでは、仮に冒険者の方が怪我や、仮に命を落としても、自己責任として保証はないので、ご了承お願いします」
そう言って、誓約書らしきものを受付さんは取り出す。
何これ、地味に怖いんだけど。
というか、ここは笑顔で言うのをやめて欲しい。
まあ、ここで断ったら、マジで行く場所ないし、泣く泣く了承するしかないんだけどさ。
「はい、ありがとうございました。では、ご武運をお祈りしています」
こうして俺は実に簡単に、命がけで働く冒険者になったのだった。
渡された装備は本当に簡易なもので、着ている服の上からそのまま着用することが出来た。
これは楽でいいと喜ぶべきか、それとも、脆弱性を嘆くべきか。
恐らく、後者であろう。
てか、今時、レザーアーマーってなによ。しかも、合皮ってタグが付いてたし。
唯一まともに使えそうなのは、片手剣だったが、よく見てみると刃引きされてるんじゃないの、ってくらい、刃先が丸い。これは鈍器として使えってことだろうか。
ま、まあ、プラスに考えると、レザーアーマーもないよりはマシだし、鉄に比べると身動きも取りやすい。剣も初心者の俺には、自分で自分を傷つける可能性を減らせて悪くはない。
………………ホント、そう思い込むしかないよ。残念だけどさ。
冒険者の仕事は主に採取と討伐、この二つに分けられる。
採取は薬草や鉱石などを集める依頼で、討伐は魔物を倒すだけ。口に出すだけなら簡単だが、どちらも街から出る必要があり、命懸けの仕事に他ならない。
俺は街の外へと続く、門へと足を運んだ。
「おお、坊主、その恰好からみるに、今日から冒険者ってところか?」
「ああ、そうっすけど」
門番のオッサンに、俺はそう答えた。
門番つっても、門は基本は開けっぱで、閉まるのは夜だけ。それも基本は一人体制。この街がどれだけ平和か、よく分かる。
「ほう、なら頑張れよ。でも、そんな装備で大丈夫か?」
おい、そのネタは幾らなんでも古過ぎるだろ。俺だって、一番いいのが欲しかったよ。でも金がないんだ、仕方ないじゃないか。
「大丈夫だ、問題ない」
「そうか、んじゃ、気を付けてな」
え、気を使って乗ってやったのに、スルーですか? なんか、俺が滑ったみたいじゃん。やめてよ、ホント。
俺がギルドで受けた依頼はスライム討伐。
言ってしまえば、お試し依頼のようなものであり、体験学習のようななんてことないものだ。
勿論、別の魔物と遭遇する可能性がある以上、危険がないというわけではないが、依頼自体は、初心者である俺でもこなせるレベルの内容である。
つっても、聞いた話でしかないんだけどな。実際にやるのはこれが初めてなわけだしさ。
まっ、厨房のクソ餓鬼でも余裕って話だし、俺のような大人に出来ないわけないだろ。
――――そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。
「強! マジで強! つうかこいつ死ななくね? いや、死んでください、お願いします!」
半狂乱で、俺は叫ぶ。
スライムの攻撃自体は大したことないが、それでも数を打たれれば、少しずつダメージも蓄積してくるわけで。
一方の俺の攻撃は見たところ、まったく効いていない。
こういうのはホント、精神的にキツイ。
スライムを最も簡単に倒す方法は炎魔法だそうだが、斬撃だって効果がないわけじゃない。寧ろ、次善の方法のはずだ。
けど、何故だ。俺の攻撃はどうしてこうも通らないのか。
相手のスライムは、水スライムと呼ばれる、スライムの中でも最弱、最低位の魔物だ。一瞬、亜種だとか、突然変異なんじゃかいかと疑いはしたが、当然、そんなこともない。
認めたくないことだが、これは完全に俺の力不足という他になかった。
冷静になって考えてみれば、俺には戦闘経験なんかない。あったとしても、子供の時の喧嘩くらいだ。
こんなことなら、素直に魔法の実習でも受けとけば良かったぜ。今の時代に、戦闘能力とか必要ないと思ってたからな、畜生。
こうなったら作戦変更だ。我武者羅に向かっていくのはやめる。
既に分かったことだが、スライムの攻撃は大して速くもなければ、ダメージも少ない。なら、体力の消耗を抑え、それでいてこっちが攻撃出来る環境を作る。
「おいおい、なんだ、ビビってんのか? かかって来いよ」
そう、挑発だ。実に明快で完璧な作戦である。
「………………」
だが、どういうわけか反応がない。
おかしい。本来なら怒りに狂い、攻撃してくる予定だったのに、攻撃してくるどころか、踵を返しやがった。
こ、このままじゃ不味い。
「い、いいのか? ここで俺を見逃しても? もしここで俺を倒せなかったら、お前の餌場で小便することになるぜ」
「スラ!?」
「お、なんだ? やっぱ俺の言ってることが分かるのか? 言っとくが、俺は本気だからぜ」
くくっ、と、俺はわざとらしく、ほくそ笑む。
「スララ!」
突進してきたスライムを相手に、俺は合わせて片手剣を振った。
「スラッ!?」
真っ二つ、とはいかなかったが、軽く吹き飛ぶスライム。
「ふっ、驚いているようだな。これが人類の知恵。人間様と、高がスライムの力の差というやつさ」
俺はスライムを怒らせるべく、更に強気な口調で言ってやる。
予想していた通り、スライムの動きを見切り、カウンターを加えるのは簡単だった。動きも遅く、的も大きい。余裕を持って対処すれば、バットでボールを打ち返すより何倍も楽な作業だ。
けど、重要なのは、俺の攻撃がスライムに効いているかどうか。
自慢することじゃないが、俺は二年以上のニート生活によって体力がこの上なく落ちている。
ネットの対戦カードゲームで鍛え上げた、ポーカーフェイスによって、なんとか誤魔化せてはいるだろうが、俺の限界は近い。
「さあ、どっちが先に倒れるか、勝負といこうか」
俺は剣を地面に突き刺し、なんとか倒れるのを防いだ。
「ふ、ふん、俺の勝ち、みたいだな」
膝はガクガク、息も絶え絶え。
見るものによっては瀕死という判断を下す有り様だろうが、それでも勝ちは勝ちである。
ざまあみろ。最低ランクの魔物の癖に、俺に盾突きやがって。
俺は疲労か、ダメージかで身動きが取れない様子のスライムに止めを刺すため、剣を振り上げる。
いくら俺の剣の腕がなくても、この状態であれば、剣を突き刺すくらいは可能なはずだ。
………………いや、待て。少し冷静に考えてみよう。
今は勝利の高揚と、依頼をクリア出来そうだという達成感で忘れていたが、こいつを倒したところで、報酬は雀の涙。これで、うちのママンが俺が冒険者になったから、またニートに戻ってもいいよ、と言ってくれるなら、勿論、それでいい。それがいい!
ただ、冷酷無慈悲なママンのことだ、残念ながらそうはいかないだろう。
ニートからホームレスへとジョブチェンジしないようにするためには、俺は冒険者として活動するしかない。
そこでだ。
――――あれ、やっぱ俺、このまま冒険者やるのキツくない? ということである。
最低ランクにして最弱と名高いスライムにここまで苦戦したのだ。
今回は相性が悪かったとか、調子が悪かっただけとか、誤魔化したいけど無理がある。
これから毎日、腹筋、背筋、腕立てで鍛えるにしても、実戦に効果が出るまで、どのくらいかかるかも不明だ。
やはりキツイ。三日風呂に入らなかった時の体臭くらいにキツイ。
…………すまん、嘘吐いた。一日でも結構キツイ。
どっちにしろ、これはこのままじゃ、いけないことは確かだ。。
「ああ、どうすりゃ、いいんだ……。俺はただニートとして幸せに生きたかっただけなのに」
俺はどうしようもなく頭を抱える。
人生って残酷なんだね、神様。
俺は倒れているスライムに目をやる。
よくよく考えれば、こいつも可哀そうと言えば可愛そうか。魔物ってだけで冒険者に狙われるんだもんな。
俺もその冒険者で、先に攻撃を仕掛けたのも俺だけど、それは言ってみれば不可抗力ってもんだ。
だって俺は別に冒険者になりたくてなったわけじゃないからな。つまり言ってしまえば社会が悪い。
「なあ、俺達って可愛そうだよな」
「ス、ラ……?」
「どうして俺達は傷つけ合わなきゃいけないんだろう。皆、同じ星に生まれた仲間だってのに、ホント不幸だわ」
俺は溜息を吐き、天を仰いだ。
「スララ! スラ!」
「なんだよ? お前も、この星の不条理を嘆いてるのか? そうだよな。悲しいもんな」
「スラッ! スララララ!」
「そうかそうか。お前も、怒りが収まらないんだな」
しっかし、不思議なものである。
人間と魔物。種族は違うってのに、話してみれば言葉っつうか、気持ちは通じ合うんだからなからな。
そう思うと、なんとなくスライムの心がもっと深く読めるようになった気がする。
というか、子供の頃の俺はなんというか動物や魔物の言葉が分かっていた気がする。
うん、気がする、気がする。
「お前、ひょっとして俺の仲間になりたいんじゃないのか?」
「スラッ!?」
スライムの目が、歓喜によって見開かれる。少なくとも俺にはそう見えた。
「そうだよな! 嬉しいよな?」
「スラッ! スララ!!」
「ははっ、そんなに興奮するんじゃねえよ」
やっぱ、この様子からして相当、喜んでるみたいだ。
何せ、限界ギリギリであろう体を必死になって跳ねさせているのである。俺でなくとも分かるだろうさ。うん。
「大丈夫だ、迷惑なんかじゃないぜ。寧ろ、俺にとっても大助かりだ」
俺とこのスライムの戦闘能力は、ほぼ互角。つまり仲間になってくれれば、単純計算で戦力は二倍。
なにより、
「俺、気づいたんだよ。多分、俺には冒険者、戦いの才能はない。だから、お前を強くしてやればいいんじゃないかってな」
「スラ!?」
ほら、モンスターを育成するとか、一つのロマンだしさ。それでいて自分は傷つかなくて済む。
モンスターを育てて、モンスターに魔物を倒させて、そして自分は英雄になる。なんて素晴らしきかな、モンスターテイマー。
しかも、ラッキーなことにスライムは俺の仲間になりたいと言ってきてるのだから、これはもはや天啓という他にない。
「よし、そうとなれば俺達は今日から仲間だ!」
「スラァッ!?」
「ああ、そうだ」
俺は、あまりの嬉しさで動揺しているスライムにそう答える。
「あっ、因みにだけど、断ったり逃げようとしたら殺すから、そこんとこ、よろしく頼むぜ」