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 問題はタイミングだ。

 細かい打ち合わせを、今からやるのは厳しいし、それ以上に、俺達にはトロールの情報が足りない。

 ゴブリンがそうだったように、人間の言葉が理解できるのだとしたら、寧ろ作戦を伝えることはリスクになりかねない。

 だからこそ、


「ぶっつけ本番で行く」


「スラッ!」


 気合いは十分。

 俺は静かに、トロールの動きを見極める。

 シア達は息も絶え絶えという感じだが、トロールに疲れはみられない。

 多分、足止め出来る時間は、もうそんなに残ってないだろう。

 いや、どうせチャンスは一度だ。そんなこと考えるだけ無駄だね、無駄。

 俺は一旦、藪の中へと身を隠す。

 正面から近づくより、単純に不意をつける可能性が上がるからだが、


「こ、こえええ……」


 もはや、俺が、あそこに飛び込むということは、一般人が戦闘民族の戦いの中に足を踏み入れることに等しい。

 ホント、素晴らしい勇敢さだと、自分で自分を褒めたい。てか、褒めて下さい、お願いします。

 俺はアオを頭から下ろして、両手で使んだ。


「いいか、ヤバくなったら戻ってくるんだぞ」


「スラ」


 アオは静かに肯定したが、完全に覚悟を決めた奴の声音だった。


「ホント、お前は主に似て勇敢な奴だよ」


「スララッ!?」


 俺達は、トロールにジリジリと近づいて行く。

 可能であれば、トロールだけでなく、シア達にも気づかれたくない。もし気づかれたら、トロールにまで、勘付かれるかもしれないからな。

 だからこそ、本当にタイミングが命。

 シア達を危険に晒さず、それでいて、アオをトロールの口へと投げ込めるタイミング。その二つを満たすことが、最低限の条件だ。

 俺達はその時を待って、息を殺す。

 上手くいってもトロールを倒せるかは分らない。だが、ここまで来たら、やるしかない。


「グオオオオッ!」


 トロールはいつまでも、誰も倒せないことに苛立ったのか、雄叫びを上げる。


「頼むぞ!」


「スラ!」


 大きく振りかぶり、


「この一投に全てをかけるぜ!」


 全力の一投。


「ちょ、何して!」


「お兄さん!?」


「逃げたのではなかったのか!?」


 三人全員が喫驚し口を開いたのと同様、ありがたいことに、トロールも唖然と口を開いたまま硬直してくれた。

 その、お陰で、スポッという小気味良い音が聞こえてきそうなほど、鮮やかに、トロールの口内へとアオは侵入する。


「ニトー、アナタ、ホントに何やって」


「黙っててくれ」


 シアの疑問はもっともだが、俺だって不安なのだ。

 第一に、不死身じゃないのかというほどの再生能力を持つトロールに、窒息させるという行動に意味があるのかということ。

 第二に、あまりにも鮮やか過ぎて、喉に留まれなくて、胃にまで入っちまったんじゃないかということ。

 トロールとアオの対格差のせいで、顔全体を塞ぐことは出来ないため、方法はこれしかなかった。

 つうか、ホントに胃の中に行っちまってんなら、詰みなんだからな、アオ。



 

「ゴッ、ゴッ……」


 ん?

 トロールは今までの雄叫びからは、想像も出来ない小さな声を出した。

 いや、そうじゃない。

 あれは、上手く声を出せないんじゃないのか。


「おい、お前ら、最後の一踏ん張りだ! トロールに攻撃を加え続けてくれ!」


「どういう――」


「説明してる暇はない。もし、何かしらの方法でトロールに起こっている、問題を解決されたりしたら、打つ手はないだろ?」


「いいだろう。我が命運、貴様に預ける」


「まあ、他に手段もありませんしね」


 フィーナとロゼッタは、早々に同意してくれる。


「仕方ないわね。やってあげるわ」


「よし!」


 シアの了承も取り付けた。

 あとは、成功を信じるしかない。


「オラァ! 行くぜーッ!」


 俺も少しでも時間を稼ごうと、刀を抜く。

 地味に実戦で使うのは、初めてかもしれない。

 となれば、


「この刀の切れ味、試させて貰う――ぐへっ」


 勢い勇んだはいいものの、トロールが軽く振るった拳に、吹き飛ばされ、地面に激突する。


「お兄さんは、大人しく下がっていて下さい! 邪魔ですから」


「………………はい」


 刀の切れ味を確かめられるのは、もう少し後になりそうだった。



 


「けれど、ニトーが言っていた通り、トロールに何か異常が起きてるようね」


「スライムを投げ込んだ影響でしょうか?」


 トロールの攻撃は、最初より派手に、それでいて苛烈になっているが、それと同時に、焦っているようにも感じる。

 三人とも、トロールにアオが影響を与えているということは気付いてくれたようだな。

 つっても、上手くいくかは、まだ不明なままだが。

 何せあの巨体だ。肺活量だって、人間の比じゃないだろう。

 最後の一踏ん張りとは言ったが、その時間が、どの程度か、想像することさえ難しい。

 頼むぜ、マジで。

 俺のせいで、死人が出たりしたら、罪悪感、半端じゃないからな。

 と、


「今、ふらついたよな?」


 一瞬だが、踏鞴を踏んだように見えた。

 てことは、効いてるってことでいいのか。

 安心しかけた、その時、


「な、何をするつもりだ?」


 驚愕を滲ませた声で、フィーナが呟いた。

 当然だ。行き成り、トロールは攻撃を止め、防御まで捨て、自分の首を引っ張り始めたのだから。


「まさか、アイツ」


 最悪な想像が、俺の脳内をよぎった。


「おい、そいつを止めろ! 自分で自分の首を引き千切る気だ!」


「なんて、冗談」


 シアはトロールへと、急速で接近し、肩腕を切り落としたが、


「くっ!」


 残った右腕によって、払い除けられた。、


「くそっ、片手でもってか」


 トロールは、まだ諦めてない。

 本当に、頭、引っこ抜いても治るってんなら、なんとしても阻止しなくては。

 逆に言い換えれば、そうせざるを得ないほど、追い詰められてるってこともでもあるんだ。

 ブチブチという、嫌な音が響く。

 どうすれば、

 無意識のうちに、鞘にしまわれた刀へと目が行った。

 マジか、冗談だろ?

 自分でも馬鹿だと思う。

 さっきだって駄目だったわけで、しかも今のトロールは、凄まじいまでに殺気立っている。大して、技術もない俺が、本気のトロールにぶん殴られたりしたら、まず終わりだ。


「おい、フォロー頼むぜ! 俺がなんとかする」


「ちょ、お兄さん!?」


「フォローって何をだ?」


「その辺は任せる」


 俺は、おりゃあと、叫びながら、トロールに向かって突進する。

 どうせ、このまま放置しても終わりなら、せめて、分が悪くとも賭けに出た方がいいに決まってる。

 迫りくるトロールの拳。

 糞、


「どうせ死ぬなら、諸共ってな!」


「縁起でもないことを言わないでください!」


 ロゼッタの爆発魔法が、トロールの拳を弾き上げる。

 なんとか助かったが、俺の身体能力じゃ、ジャンプしてトロールの腕を斬るなんて芸当出来るはずもない。

 このままじゃ、今度は潰されることになる。


「我に任せろ! 汝に堕天の翼を授ける! ハイブースト!」


 これまた詠唱内容は微妙だけども、体は急激に軽くなった。

 これが一流の補助魔法か。

 百メートル走のタイムが一秒縮む程度のものとはわけが違う。


「これなら」


 刀を振りかり、助走がついたまま、高く跳躍する。

 これでもシアには遠く及ばないが、位置的にはギリギリトロールの腕を切り裂ける。


「喰らえええええええええ!」


 スカッ。

 そんな空虚な音が聞こえてきそうなほどの、空振り感。

 や、やらかしたぁ!!

 サァーっと顔が青褪めていくのが自分でも分かる。

 しかし、それと同時に、トロールの腕が両断され、宙に舞い上がるのが、目に映った。

 ドスンという、重い物が大地へと落ちる衝撃音。


「え?」


 やったの? まったく実感がなかったんですけど。


「ニトー、逃げるのだ!!」

 フィーナの呼び掛けで、俺は我に返る。

「しまっ」

 腕を切断しても、トロールが死ぬわけじゃないことを、完全に失念していた。

 倒れ込むみながらも、迫りくる、トロールの大口。

 まさか、俺を丸呑みにすることで、喉のつかえを取る算段か? だとしたら、やっぱり、相当、頭が回る。


「つうか、こんなので死にたくねえ!」


 出来れば、腹上死、希望! 勿論、本来の意味で!

 無論、こんな馬鹿なこと考えてる場合じゃないと分かってるが、空中ではなす術もないんだから仕方ない。


「まったく、世話を焼けるんだから」


 もう駄目かと思った瞬間、誰かに体を持ち上げられた。


「ぐえっ」


 結構な衝撃だったため、俺は情けない声を上げた。


「まあでも、今回ばかりは褒めてあげるわ」


「シア!」


 無事だったのは良かったが、お姫様抱っこで、俺を抱えるのは、やめて欲しい。

 でもま、


「悪い、助かった」


 トロールの大口から逃れることが出来たわけだし、俺は素直に礼を言うことにした。

 そして、



 

「起き上がらない、な」


 トロールは俺を喰おうとして、倒れた状態から身動き一つしてない。


「みたいね」


 シアも同意して頷く。


「倒せたということでしょうか?」


「恐らくな」


 誰もが、半信半疑といった様相だ。

 もしかしたら、俺達が近付くのを待ってるんじゃないかと思うと、用意に判断を下すことは出来ない。

 その時、


「今、動かなかったか?」


「どうかしら? 私には分からなかったけど」


「ボクもです」


「我もだ」


 三人とも否定するということは、俺の見間違いだったのだろうか。

 しかし、


「やっぱ、動いたぞ!」


 トロールの顔辺りが、さっきよりもハッキリ動いたことにより、三人も警戒する。

 そして俺はトロールの顔の下から、何かが這い出てくるのを目撃した。

 蠢く、液体なのか、固体なのかも分からない平らな物体。

 つうか、


「…………アオか?」


「スラ」


 アオは、返事をするとともに、ボヨンと、元の丸々とした体型に戻った。


「おお、無事だったのか!?」


 俺はアオの元へと駆け寄る。


「スラ!」


 どうなることかと思ってたが、ちゃんと戻ってきてくれて一安心だ。これで、これからの冒険者活動にも支障はないだろう。

 ホント、良かった。


「お兄さん、折角、戻ってきた仲間を見て、その顔はないと思いますよ」


「は? 俺がどんな顔してるって言うんだよ?」


「そうね、鴨が葱を背負って来たのを、見たような顔、かしら?」


「うむ、目がゴルドマークになってるぞ」


 そんな、漫画みたいな。


「スラ……」


「え、マジで?」


 アオからも、そう見えたらしかった。

 これからは気をつけよう。どう気をつけたらいいのか分からないけど。

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