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「私が前衛を務めるから、フィーナと、ロゼは援護を」


「任せておけ」


「了解です」

 

巨木にも見える、トロールを前にしてもシアは冷静に指示を飛ばす。それに続くフィーナもロゼッタも決して慌てた様子は見せない。

 これが冒険者って奴なのか、それともこいつら特別なのか。

 なんというか、かっこいい!


「なあ、俺はどうしたらいいんだ?」

 

 俺も続こうと、尋ねる。


「邪魔だから下がってなさい」


「…………はい」

 

 いや、いいんだけどね。好き好んで危ない奴と戦いたくなんかないしさ、どうせなら、尻尾巻いて逃げ出したいくらいだし、うん。

 でも、ちょっと不満なのはなんでだろう……?


「グオオオオオオオオオッ!!」


「ちょ」

 

 トロールの咆哮は草木どころか、大地まで震わせた。


「なん――」


「速い!」

 

 咆哮によってもたらされた、一瞬の隙。

 ひょっとして、トロールは始めから、それが目的で吼えたのか。


「くっ」

 

 シアはトロールの拳を上手く剣で受けたが、耐え切れず吹き飛び、背後にあった、木へと激突した。

 おいおい、なんて怪力だよ。人をボールみたいに吹き飛ばすなんて。


「シア!」


「くっ、ただ図体がデカイだけではないということか。ならば我が真の力を見せてやろう!」

 

 今まで何もやってなかったのに、行き成り、真なのか。


「清廉なる聖女は闇へ落ち、深淵より呪歌を唄う」

 

 神官職には、絶対相応しくなさそうな詠唱だが、その効果は本物なのか、様々な色の光がフィーナの周りを踊るように飛び回る。


「フィーナ、こんな時に無駄な詠唱をするのはやめて下さい!」


「む、無駄じゃない! こういうのは、気持ちが大事なの!」

 

 それって突き詰めれば必要ないってことだよな。

 さっきの俺の説明、凄く恥ずかしいことになっちゃったんだけど。


「朽ちろ、腐れ、折れ曲がれぇ!」

 

 動揺しているせいか、詠唱もどこかおかしい。


「ジャイアント・ジャスティス!」

 

 だが、その術の威力は凄まじかった。

 天から降り注ぐ一筋の光は、トロールの全身を包み込む。


「やったか?」

 

 少なくとも見た目は……


「む、無傷だと」

 

 まあ、完全にフラグ立ってたし、予想はついてたけどね。


「どうやら、あのトロールって化け物、ただの魔物ってわけじゃないみたいですね」


「どういうことだ?」


「今、フィーナが放った術は魔物に対して特効を持ってるんです。ですが、トロールには効いてない」


 へえ、そういうことか。

 けど、そんなことが分かったところで、何か対策はあるんだろうか。


「ボク達は、こいつを足止めしますので、お兄さんは、シアを」


「了解」


 どうせ出来ることはないのだし、少しでもトロールから離れた方が安全だろうという打算もあって、俺は直ぐに了承する。

 でも、あんな化け物に勝算はあるのだろうか。


「おい、大丈夫か?」


 こういう時、揺らすべきではないという知識だけはあったため、俺はシアの肩を軽く叩き、声をかけるだけに留める。


「うぅ……」


 どうやら、気を失ってるらしい。

 こうなってしまえば、毒舌女も可愛いものだ。

 それでも、このまま起きないでいられると何より困る。


「し、しょうがない、人工呼吸を……」


 俺は倒れているシアの気道を確保し、口を近づけ――


「何をしてるの?」


「…………ええっと」


「もしかして、気を失った私を前に、ここぞとばかりに唇を奪おうと」


「誤解だ! 俺はただ、お前を助けようとして」


「そう。なら、そういうことにしといてあげるわ。アナタが相手なら、仮に唇を奪われたところで、犬に舐められたようなものだし」


 扱いが酷すぎる!

 そりゃあ、ちょっとは役得だと思ったりしたけどさぁ。本当に助けようとしたのに。


「とにかく、今はアナタに構っている暇はないから、ここでじっとしときなさい」


「ねえ、だから、もうちょっとオブラートに包んで言ってくれない?」


 真実でも、口にしない方がいいことってあると思うんだ、僕。

 シアは俺の言葉なんざ聞く必要さえないと、トロールに向かって疾走する。

 シアは、この中で唯一の前衛職だ。フィーナとロゼッタを守るために、前に出るのは別に不思議なことじゃない。

 ただ、どうにも違和感がある。

 剣は宝石と見紛うほど、美しく、装飾も豪華だ。俺の刀とは、まったく違うが、高級品であることに違いない。

 そしてそれらは、冒険者にとって不要。寧ろ、邪魔なものだ。

 ああいうのを持ってる奴は、どっちかというと、前衛を務めるよりも、後ろに控えて、指揮でもしてる方が自然だろう。


「ハアアアアアッ!!」

 

 けれど気迫は本物。

 やっぱ、何か秘密でもあるのだろうか。少なくとも、門番のオッサンが、敬意を払うくらいの立場ってのは、確実なんだが。

 ………………まっ、どうでもいいか。考えるのしんどいし。


「スラ!」


「手伝わないのかって?」


 そうは言っても、俺が行ったって実際邪魔になるだけだろう。

 最初は吹っ飛ばされたシアも、今では化け物じみたトロールと渡り合ってるように見えるし、フィーナだって、回復魔法や、何かしらの術でフォロー出来てるようだ。ロゼッタにしても、器用にシアを巻き込まない範囲で、トロールへと攻撃を加えている。

 俺も学校で習った分野ではあるが、正直、こいつら以上の使い手は、教師にもいなかった。

 まあ、実際に戦闘に使うやつなんざ、冒険者くらいだから無理はないんだろうが、それでもこいつらが凄いのは間違いない。

 こうなったら、俺はなにもせず、のんびり観賞させて貰うのが、一番の協力だろうさ。


「厳しいわね」


「え?」


 突如として、シアは不穏な言葉を呟いた。

 俺としては、普通に勝勢だと思ってたんだが、違うのか?


「これがAランクって奴ですか。ちょょっと、甘くみてたかもです」


「ぐっ、我が力が及ばぬとは」


 どうにも緊迫した様子っぽいが、俺には、まったくその危機感が伝わって来ないんですが。

 説明して貰おうにも、そんな余裕はないみたいだし。


「スラ!」


「ん?」


「スララ! スラ、スラ」


「トロールは今でも無傷?」


 そんなハズは――少なくとも、何度もシアの剣で斬られていたし、ロゼッタの魔法も受けていた。体毛で隠れてるだけじゃないのか。


「ハアアアアアアッ!」


 シアの剣は、ついにトロールの腕を切り落とした。

 なんだ。やっぱ優勢じゃない――


「嘘、だろ……」


 切られたはずの、トロールの腕が瞬時に生える。


「どうやら、トロールは凄まじい回復、いえ再生能力を持った種族のようね」


「そんな冷静な……」


 いいや、シアの頬には汗が伝っている。恐らく疲弊によるものだけではないだろう。


「こうなったら、ボクの最大魔法で焼き払います! フィーナとシアは時間稼ぎを」


「分かったわ」


「うむ。任せておくがいいわ」


 いや、焼き払うって、


「ここ森だよ!?」


 ただの表現だったらいいんだけど、もし言葉通りなら、トロールだけでなく俺達まで焼け死ぬことになるんじゃないのか?


「お兄さん、それについては心配いりませんよ。魔の森の草木は、火への耐性が高いんです。というより、そうでもなければ、こんな森、とっくの昔に焼き払われていたでしょう。というか、この程度のこと普通に学校で習うと思うんですが」


 そういえば、そんな話、昔、聞いたような気も……


「やめて、そんな憐れむような目で見ないで!」


「別に見てませんが。そもそも、今、お兄さんに構ってる余裕はないので」


「ご、ごめん」


 どうやら、俺はお邪魔らしい。

 まあ、被害妄想が凄いのはニートあるあるだから仕方ないね。

 ロゼッタは魔力を高めるように、杖を両手で持つ。

 詠唱が必要ないといってた通り、特に何かを呟く様子もない。けど、こう観察してたら、詠唱がないと、ちょっと味気ないように思うのは、俺の我が儘なんだろうか。どうせ魔力を練ってる間は暇なんだし。

 ロゼッタの周囲で、赤い光が渦を巻く。

 確か、あれは周囲のマナと術者の魔力が共鳴することによって、生まれる現象のはずだ。

 要するに、術の完成は大詰めということである。


「撃てます! 下がって下さい!」


 ロゼッタの指示で、シアはトロールから距離を取る。


「フレイム・インフェルノ!」


 詠唱はなくても術名はあるらしい。

 発生した大量の炎は、トロールに絡み付くように、強く燃えあがる。

 離れていても凄まじいまでの、熱を感じる。あれが人間だったら、一瞬で消し炭だろう。

 だというのに、炎は勢いを落とす様子をまったく見せない。


「不味いぞ」


 フィーナは苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。


「え? なんでさ?」


 寧ろ、これは完全に決まったと思ったんだが。


「あの魔法は、魔力を込め続ける限り、敵を灰にするまで燃え続ける魔法なのだ」


「それって、つまり」


「うむ。あのトロール、まだ生きているのだろう」


 おいおい、冗談じゃねえぞ。あんな魔法で倒せない相手に、どうやって、勝てというんだよ。


「それに、ロゼの魔力も無限ではない」


「グオオオオオオオッ!!」


 トロールの絶叫が再び轟いたと思うと、炎がこっちに向かって突っ込んできた。


「ちょ、燃えたまま来てるぞ!」


「ロゼ、魔法を!」


「分かってますよ!」


 魔力を流すのは、止めたんだろうが、一度、ついた炎が一瞬で消えることはない。


「皆、下がって!」


 三人は、早々に距離を取るが、一瞬、判断が遅れた俺は、僅かに出遅れる。


「ひえええええ!」


「スラァ~」


 当然、狙われるのは、遅れた俺だ。

 トロールはその巨体に似合わず、動きも速い。

 くそっ、逃げられねえだろ、これ!


「ニトー!」


 フィーナが詠唱を始めるが、術が発動するまで逃げられる気はしない。というか、こうなってみると、詠唱のウザさが分かったわ。


「まったく、世話が焼けるわね」


 俺の横を駆け抜け、トロールとの間に入ったシア。


「ちょ、お前、どういう」


「言ったでしょ、守ってあげるって。アナタに協力を依頼したのは私だし、そのせいで死なれては気分が悪いもの」


 うぐっ、かっこいいじゃねえか。

 不覚にも、シアの姿が神々しく見えてしまったぜ。

 けど、もし、あんな炎の塊みたいな奴に、掴まれたりしたら、一貫の終わりだってこと分かってるのか。

 気分が悪い程度の理由で、命を賭けるなんざ、馬鹿のやることだろうに。

 ズドンという衝突音。

 とても拳と、剣がぶつかったとは思えない音が響く。

 あの華奢な体のどこに力があるのか、押されてはいても、トロールに吹き飛ばされるということはなかった。

 それでも均衡は長くは続かない。


「ぐっ」


 トロールを包む炎が、シアを襲う。

 当然だ、剣と拳がぶつかる距離まで近づけば、その熱は、十分、肉を焼ける。


「ニトー、早くこっちに来い!」


「お兄さんにそこにいられると、シアが逃げられません!」


「わ、分かってる!」


 シアが、トロールと鍔迫り合いを続けてるのは、俺が後ろにいるからだ。

 畜生。これじゃあ、ホントに足手まといじゃないか。

 普段なら、そんなこと気にもしないはずなんだが、命の危険が掛かってる状況と、女の子に助けられてるという情けなさが、俺を責め立てる。

 俺に出来ることは、何かないのか。


「シア、今から、無理矢理、火を消します!」


「了解よ」


「アクアボール!」


 シアが、トンと地面を蹴り、飛び上がると同時に、巨大な水の球が、トロールへと直撃する。

 中々の威力だったように見えたが、トロールに対しての効果は、ほぼないんだろう。

 それを証明するように、トロールの焼けた皮膚が、瞬時に修復していく。

 これによって、分かったのは、燃やすことに効果がなかったわけではないということ。しかし、決して致命傷には至らないということの二つだ。


「これはもう絶望的ですね」


「むう」


 確かに、こんな光景を見てしまえば、諦めが早い、なんて言葉は口にする気にもならない。

 だが、一つだけ言わせて貰おう。


「俺は死にたくないぞ!」


 だから、諦めるな、俺としてはそういった激励のつもりだったのだが、


「ならアナタは逃げるといいわ。アナタでも、ギルドに報告することくらいは出来るでしょ?」


「…………え?」


「そうですね、ボク達なら足止めくらいは可能ですし」


「適材適所という奴だな。お前は、助けを呼んで来てくればいい」


 ちょっと待て。お前ら、何を、決まったことのように話してるんだ。

 俺だって、女の子を見捨てて逃げ出すなんて、ちょっとは気が咎めるんだぜ。少しくらい考えさせてくれ。


「真剣に悩んでる顔をするのはいいけど、後ろ向きで歩くのは危ないわよ」


「ちゃんと街の方角に進んではいますけどね」


「は? 何言って……」

 言われてみれば、体が勝手に。

 べ、別に逃げようとしてたわけじゃないんだ! そう、これは本能というか、反応というか。


「というか、私達でもそこまで時間を稼げるわけじゃないから、早めに逃げてくれた方が助かるのだけど。どうせ、アナタはここにいたところで、足手纏いにしかならないのだし」


 いつもの毒舌だが、今回ばかりは、気を使っての台詞のように聞こえてしまう。


「まあ、天才であるこのボクは、まだ本気を出してませんしね」


「ふっ、お前がいなければ、我らの真の力を解放出来るとうものだ」


 こ、こいつら……


「リアルに、そんな台詞を吐いたところでダッセェだけだぞ」


「グハッ」


 フィーナは吐血でもしたかのように、口元を押さえ、


「ちょ、こんな時に、それを言いますか!? ボクだって恥ずかしいの我慢して言ったのに!」


 ロゼッタはツッコミを入れる。


「それについては、私もニトーに同意ね」


「シアはボク達側でしょ!?」


 こんな状況で仲間割れとは、やれやれである。

 でも、漢前な発言ではあった。


「分かったぜ、お前らの覚悟を無駄にしないためにも、絶対、助けを呼んで来てやるからな!」


 ビシッと親指を立て、俺は踵を返した。


「スラッ!」


「ちょ、痛ッ! え、何!?」


 頭を強く縄で締められるような痛みに、俺は苦悶の声を漏らした。


「スラ! スララ!」


「ここで女の子を見捨てるのは、ダメだろって?」


「スラ!」


 そんなこと言われても困るんだけど。

 実際、役立たずなのはホントなんだし、寧ろ、逃げることこそ、最善だろうに。


「いいのよ、アオ。その男に、ここで命懸けで戦うような勇気を求めてないから」


 なら、そういう言い方するのやめてくれる?

 死に気で戦えって、言われてるように感じちゃうからね。


「スラ! スラスラ!」


 ここで戦わなくちゃ、男じゃない、か。

 俺は生まれた時から、生物学的に男のはずなんだが、アオが言いたいのは、そういうことではないのだろう。残念ながら。


「お兄さん、言い争ってないで、早く逃げて下さい! 護りながら戦うのは、本当に難しいんです!」


 ロゼッタは器用に、トロールの目や、足を狙い、足止めしているようだ。


「ほら、アオさん、彼女達、ああ言ってますよ」


「スラ!」


 聞く耳持たんと。


「わ、我は、まだまだ余裕だがな!」


 術の効果がトロールに対して低いと分かった今、フィーナは基本、支援担当だ。

 声はちょっと震えてたが、回復から補助までしっかりこなすのは、やはり実力があるからに他ならない。

 もちろん、シアの剣術だって一流だ。


「いいか、アオ、ハッキリ言うが、俺達が、あの輪の中に入って出来ることは何もない。いいや、邪魔だけだ」


 アオはスライムだとは思えない正義感を持っているようだが、ここまで言われれば諦めるだろう。


「スララ!」


「は? 冗談だよな?」


「スラ!」


 本気、と……

 俺はアオの提案を熟考してみる。

 可能性としてないわけじゃない。上手くいけば、全員が生き残れるかもしれない。

 ただ、相当、危険だ。

 特に、


「お前、分かってるのか? スライムだって不死身ってわけじゃないんだぞ」


「スラ!」


 なんて漢前な。

 これじゃあ、俺だけが情けない奴のように思われちまうじゃないか。


「…………分かったよ」


 どうせ断ったところで、頭を締め上げられるだけだ。だったら、やってやるさ。


「スラ!!」

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