15
「魔の森には何度か行ったことがあるんだよな?」
もしトロールが見つからなかった場合、キノコ探しに移行する手筈となってるため、俺は、そう尋ねた。
「くっくっく、あそこはもう我らにとっては庭のようなもの」
「というのは、流石に冗談ですが、既に十回以上は入ってますので安心して下さい」
フィーナの言動を華麗にスル―するロゼッタ。付き合いの長さゆえだろうか?
「ひょっとして、お兄さん……怖いんですか?」
ギクッ!
「そ、そんなことないぜ。ただ、俺は安全を第一に考えてるだけだけど」
「声が震えてますし、それに口調も変ですよ」
「………………」
「大丈夫よ。私一人で行っても問題ないくらいだし、それにいざという時は護ってあげるから」
やめて、そんなこと言われると、なんだか惨めになっちゃうから。男にはプライドってもんがあるんだよ。
「シア、一人で冒険者活動をするのは、止めて下さいっていいましたよね?」
「ええ、そうね。ごめんなさい」
「わ、我だって、一人で行こうと思えばいけるのだぞ!」
そのアピールいる?
けど、これって冷静に考えたらハーレムってやつなんじゃないか。少なくとも俺の人生経験の中で、女は三人、男は俺一人で出かけた経験なんかない。いや、母ちゃんとその友達と、その娘の三人ってことは稀にあったが、それはノーカウントだろう。
この状況、傍から見れば、どのように見えるのだろうか。
「お嬢様と、その奴隷ってところじゃないですか?」
「え、口に出てた?」
「はい、少しだけ。あと、そのにやけた顔を見てれば、大体、何を考えてたのか分かりますよ」
や、やべえ、気を付けなければ。これじゃあ、落ち落ち考え事も出来やしない。
「いいじゃない、想像するだけなら自由よ」
寛容っぽくみせながら、実は貶してるよな、それ。
「我は、ハーレムというのは感心しないぞ。一人に絞るべきだ」
「いや、だから別にハーレムとか考えてないからな」
飽くまで、ハーレムっぽいって思ってただけだし。
「大体、俺とお前らの関係が、奴隷と、お嬢様に見えるってのは納得出来ないんだよ。せめて執事だろ?」
そもそも、奴隷なんて、この国では許されてないんだし。
「いいえ、執事というのは名誉ある立派な仕事なんですよ。お兄さんに勤まるはずありません。百歩譲っても下男ってところですね」
酷い。てか下男って言い方、凄く嫌な言葉に聞こえるのは俺だけ? せめて、小間使いとかにして欲しいんだけど。
「な、なら、まず第一にお前らが、お嬢様に見られないんじゃないのか?」
「失礼ですね。これでもボク、いいとこのお嬢様なんですよ」
「ホントかよ。でも、これでもってことは、自分がお嬢様に見えないってことは分かってるんだよな?」
いや、別に貶してるわけじゃないぞ。
少なくとも、可愛いのは間違いない。ただ、活発そうなショートカットの髪と、ボクという一人称。そして魔女服。それらが、お嬢様然とした雰囲気を一掃しているのである。
フィーナに関しては、完全に痛いコスプレ少女だしな。
「まあ、ボク達だけならお嬢様には見えないでしょうね。でもシアを合わせればどうでしょう」
「くっ」
確かにシアには、お嬢様然とした、いいやそれ以上のオーラがある。そんな奴と並んでる美少女がいれば、皆が、いいとこのお嬢様と勘違いされてもおかしくはない。
「でも、俺が小間使いってのは――」
「下男ね」
「下男です」
「下男だな」
「三人揃って言わないでくれるっ!?」
やっぱハーレム気分なんか俺に味わえるものではなかった。
「いませんね」
「………………うん」
前回、トロールと思われる化け物を見たところに来たはいいが、姿は見えない。
ここは魔の森に面しているだけあって、樹木も多い。だからどこかに隠れてるのではないかと思ったが、探して見つからないなら諦めるしかないだろう。
「アオ、お前はどうだ?」
「スラァ」
念のため尋ねてみたが、返答は今一、芳しくない。
ううむ、採取の任務で薬草を見つけるのとは、わけが違うか。
「まあ、当然といえば当然じゃないですかね? ボク達も、ここから森に入ることは何度かありましたけど、今までそんな化け物、見たことなかったですし」
「そうだったの!?」
「ええ」
そういうことは早く言って欲しいんですけど。
だったら、ここを探すだけ無駄じゃないか。
「もし、ニトーが見た魔物が実在するのだとしたら、森を住処にしている可能性が高そうね。その場合、流石に探し出すのは難しいでしょうけど」
魔の森は深く、奥に行くほど危険とされている。中には、ドラゴンまで住んでるんじゃないかって奴がいるくらいだ。
実際は伝承止まりで、実際に目撃されたことはないんだけどな。
「因みに、ボクたちは、一番奥とされる深度五まで行ったことはあるんですけど、その時、強大な魔物と出会うことはありませんでしたね」
「い、一番奥までか?」
「ええ。危険な魔物が本当に実在するなら、放置するのは危険だもの」
それはまた、勇敢というか、無謀というべきか。
実際、生きて帰って来てるんだから前者なんだろうが。
「だが、流石に全域を調査出来たわけではないからな。ニトーが見た怪物がいないとも言えないぞ」
「ただ、本格的に調査するにしても、今日は準備が足りないわね」
そうだろうね。てか、俺もそこまでしたくないし。
「しょうがない、キノコだけとって帰るとしますか」
ここまで情報が揃ってしまったのなら、俺としては諦めざるを得ない。
「そうね。そうして貰えると助かるわ」