10
「てなわけで、約束通り武器一万で売って貰うからな」
「いや、一万とは誰も……いいけどよ」
確かに格安としか言ってなかったが、おっちゃんは言っても無駄だと諦めたのか、やれやれと頷いた。
「で、どれにするんだ?」
そう言われても、特に決めてたわけじゃないんだよな。
「別に俺、剣の心得があるわけでもないし」
それなりに見た目が良くて、壊れなければなんでも……
「なあ、あれは?」
俺が指差した方を見て、オッサンは目を見開く。
「おい、ちょっと待て」
「ん?」
「それは駄目だ。分かるな?」
「はい?」
なんで駄目なのか。格安で好きな武器を売ってくれるって約束だったはずだ。ん? 好きなって付いてたっけ?
まあ、いい。ダメだと言われたら、欲しくなるのが人の性ってもんだろ。
「いいか、冷静に、あの武器の値段を見てくれ。中々、売れなくて安くはなってるが、それでも百万だぞ、百万。一万で売れると思うか?」
「でも、売れないんだろ?」
だったら良いじゃん。物ってのは使われるためにあるんだぜ。
「売れないのは、冒険者には向かないのと、扱うのに技術がいるからなんだよ。この街じゃ、武器を美術品として飾る金持ちも、そういないしな」
そもそもからして、ガチの金持ち自体が、あまり、いないんじゃないだろうか。だって、ここ辺境も辺境。ゲームだったら、旅立ちの町って名付けられそうな所だからな。
「なら、俺が有効活用してやるって」
「お前、さっきなんて言ったよ? 剣の心得があるわけじゃないっていったよな? だったら、仮に誰かに譲るにしても、もっと役立ててくれそうな奴に譲るわ!」
これは完全に折れる気なしって感じだな。
けど、あの輝かんばかりの刀身。美しい波紋。かっこ良さなら、あれを超えるものはそうない。
やっぱ欲しい。
仕方ない、この手は使いたくなかったが。
「なあ、おっちゃん、自分の娘を、冒険者に尾行させるような父親だって、知られてもいいのか? え?」
「お、お前、それは言っちゃダメだろぉー!」
「ハハハッ! 欲しいものはどんな汚い手を使っても手に入れるのが、俺の、やり方なんでね」
同情してたんじゃなかったのかって?
それはそれ、これはこれだよ。
「きたねえ! きたねえぞ、お前!」
ああ、弱者の遠吠えは心地いいな~。
「それで、どうするんだい?」
おっちゃんは、崩れ落ち地面を、力強く叩く。
「畜生、お前みたいなキモオタ屑ニートに頼んだばっかりに」
………………それはちょっと言い過ぎじゃないかな。てか、俺がオタとか、ニートとかどこ情報だよ。
「ああ、分かったよ。持ってけ、泥棒!」
とはいえ。
「あざっす」
予想以上の、良品を手に入れらてた事だし、よしとするか。
「あ、でも、泥棒って言い方は人聞きが悪いんで止めてくださいね。ちゃんと一万は払うんで」
俺の言葉に、どうしてか、おっちゃんは、涙を流した。
「かっこいい」
自室に戻って鞘から抜いてみたが、やっぱ、最高という他ない。
ゲームや漫画でも十分にかっこいいが、実物はレベルが違う。
これはもはや、かっこいいを通り越して、美しい。
例えるなら魔性だ。なんていうか、ついつい、人を斬ってみたくなる。
「す、スラ?」
「安心しろって、お前で試し斬りなんてしないからさ」
俺が、でへへ、と笑うと、アオはビクっと震えた。
こう言ってるが、当然、人だって斬るつもりはないから安心して欲しい。俺だってその程度の良識は持っているのである。
しかし、
「これだけ、かっこよければ、改良すれば、もっと良くなるんじゃないか?」
「スラ!?」
例えばそう――――黒くするとかどうだろう?
ああ、分かっている。この剣は、芸術品としても価値が高い一品だろう。それを俺の手で、染めるなんざ、悪の所業だ。
けど、けど、
思い立ったら、止められない。
それが男ってもんなんだ。
「てなわけで」
俺は昔、プラモを塗装するために使った、金属塗装用のスプレーを取り出した。
簡易魔法により、色ムラなく塗れるって謳い文句だけあって、塗装は素人でも簡単だ。
約三十分程度で、俺は刀を染め上げることが出来た。
「うむ」
少々、高級感は失われたし、折角の美しさが、かなり損なわれた気もするが、やはり、こっちの方が中二心を擽る。
………………悪くない、よね?
ああ、後悔はしている、反省もしている。
「スラ?」
「別に、やっちまったなんて思ってないぞ。こんなことせずに売って金にすれば良かったとも思ってない」
「す、スラ」
アオは、よく分からないと言った感じに頷く。
折角だ。名前を決めよう。そうすりゃ、後悔も薄れるだろう。
そう言えば最初から、村なんとか、って名前が付いてた気もするが、こうして染めてしまったら新しい名前が必要だろう。
刀を置き、腕を組んで考えること数分。
よし、
「新月ってのはどうだ?」
「スラ?」
「この刀の名前だよ」
別に、あの刀を意識してつけた名前じゃないぞ。月がない夜のように暗いから、新月。それだけだ。
けど、やっぱ、ちょっと不味いかな? 仮にも似た、黒い刀だし、もうちょっと捻った方がいいかもしれない。
例えばニュームーンとか、いや、ないわ。流石にないわ。でもなぁ~……