表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/31

プロローグ


 俺はポテチを食いながら、テレビに流れているニュースを眺めていた。

 曰く、王都が復活した魔王軍によって滅ぼされたらしい。多くの人間は犠牲になり、また、生き残ったものたちも、奴隷となることを強いられているようだ。


「魔族ヤバ過ぎ、人類終わったな」

 

 俺はやれやれと残ったポテチをコーラで流し込む。

 正直、王都つっても、この街からじゃ、かなり遠いわけだし、危機感なんかまったくなかったりするわけで。

大半のネット民の感想も、魔王が復活したなら、勇者だって、どっかで生まれてるでしょ、クソワロ、というものがほとんどである。まったくもって同意見だ。

 ――――と、そんなことよりも、MMOで新たに解放された新職業をレベルを最大にしなくては。

 そうとなれば、まずは腹ごしらえである。


「ママン、飯だ! 飯をおくれ」


 俺は部屋から出て階段を駆け降りると、そこからリビングへと直行する。

 勿論、仕事から帰って来て疲れてるだろう母親に、飯の用意をさせるのは、申し訳ないって気持ちもあるんだよ。でもさ、仕方ないよね。ニートだって腹は減る。にんげんだもの。

 だが、俺がリビングに入って目にしたのは料理中の母親ではなく、仁王立ちでこっちを睨めつける阿修羅様であった。

 なんだこれ? いつものママじゃないんだけど。


「ニトー、そこに座りなさい」


「いや、でも、俺も忙しいというか……」

 

 半歩下がって踵を返そうとしたが、


「い・い・か・ら」

 

 仮面のような笑顔と、有無を言わさぬ口調に、俺は従うほかなかった。

 これ以上、怒らせると包丁が飛んで来るからね、マジで。

 俺が椅子に座るのを見届けると、ママンは、その正面に腰を下す。

 

 食事をする時のいつもの定位置ではあるが、今日は普段と様子が違う。俺はビクビクしながら、母が口を開くのを待った。

 ニートになってからというもの、小言は言われるのは当たり前で、たまにボコられることだってあったが、今回は機嫌の悪さに拍車がかかってる気がする。

 まあ、俺のニート魂は簡単には折れないけどな!

 ママンは喉の調子を確かめるように咳払いすると、改めて口を開いた。


「いい、よく聴きなさい」

 

 緊張から無意識で、俺は息を呑だ。


「フィーナちゃんが、冒険者になったそうよ」


「………………ん、それで?」

 

 さも、とんでもないことのように言われたが、俺としては、だから? という感情しかない。

 そりゃあ、子供の頃は家が近かったという理由で、面倒を見てやったりはしてたけど、最近はまったく関わりもなかったからな。


「アンタ、フィーナちゃんが幾つかしってるわよね?」


「ええっと……確か十五くらい?」

 

 俺の記憶だと、俺と五歳差だったハズだし、恐らく間違いない。

「そうよ。今年で十六」


「ふぅん」

 ハッキリ言って、まったく興味がない。他人がいくつ歳をとろうと、俺にはどうでもいいことだしな。

 あ、勿論、ママンに怒られたら嫌だから口には出さないけどね。

 俺は鼻をほじりながら、ママンが続きを話すのを待つ。

 早くゲームしたいし、さっさと終わらせて欲しいんだけどな。

 しっかし、母ちゃんの目的がさっぱり分らない。フィーナの誕生日を祝えってやれって雰囲気でもないし、俺に何を求めてるんだろうか。


「あのね、アンタ、この話を聞いてもなんとも思わないの?」

「うん、まったく」

 

 俺が平然と頷くと、母ちゃんは愕然とした顔をし、その後、こめかみをピクピクと痙攣させ始めた。

 ヤバい、これは地雷踏んだか? でも、何に怒ってるのかさっぱりなんだけど……


「ニトー、フィーナちゃんが冒険者になったのは、最近、魔物の動きが活発になってるからなのよ」


「へ、へぇ~」

 

 口調は冷静を装ってるが、これは間違いなく不味い兆しだ。嵐の前の静けさ。噴火の前の、最後の溜め。


「魔王軍が復活したことで、世界は恐怖に満ちている。だからこそ、フィーナちゃんは冒険者になることを選んだの」

 舞台役者のような大仰さでそう言ったママンは、俺を憐れんだ、いや、侮蔑した目で見つめる。


「どう? 十五歳の、それも女の子がそんな一大決心をしてるってのに、アンタは二十歳にもなって変わらずニートのまま。それでいいと思ってるの?」


「うん、まあそうだね。で、でもさ、人には向き不向きがあるというか、適材適所というか……」


「ええ、そうね、お母さん分かったわ」


「ママン……」


 そうか、分かってくれたか。流石は俺の母親だ。よし、これからも、末永く養って貰おっと――

「今までのやり方じゃ温すぎたってことがね」


「へ?」


 異様なオーラを纏って立ち上がった母親の姿に、俺は瞠目する。

 え、誰この人? ひょっとして、魔王様? 魔王なら、ここに居ますよ、などという冗談が本気に思えてしまうほど、今の母ちゃんは恐ろしい。

 俺はあまりの恐怖に椅子から転がり落ち、這う這うの体で距離を取る。

 ヤバいヤバいヤバい! 目からして、明らかに実の息子を見るもんじゃないんですけど。あの目は、台所に表れたゴキブリを退治する時の目だし。


「いい、ニトー、お母さんはもう我慢の限界。何もアンタまで冒険者になれって言ってるわけじゃないわよ。でもね、こんなご時世に、いい歳した息子を働かせないなんて、世間様に申し訳が立たないの」


「で、でも、そんなこと突然、言われてもさ」


「突然? ずっと前から言ってたわよね?」


「うっ――」


 その通りだけれど。


「そ、そうだ、金がないなら金持と結婚すればいいじゃん! 母ちゃん、昔から美人だって近所や学校でも評判だったしさ、今だって相手くらい簡単に見つかるって」

 

 実の親をそういった目で見ることは皆無だけど、言われてみれば五十近いといは思えないほど若々しい。その気になれば、いつだって相手を見つけられるだろう。


「あのね、別に、お金に困ってるわけじゃないの。そもそも、私の操はとっくの昔にジークさんに捧げてるんだから」


「ぶふっ! 五十近くにもなって操って――」


「なんですって?」

 

 し、しまった、これは完全にやらかしたぞ、俺。


「いや、さっきのは言葉の綾というか」


「そうね、アンタの考えがよ~く分かったわ」

 

 笑顔ではあるが、その実、まったく笑ってない。

 これ、子供が見たら絶対、失神ものだぞ。俺だって、漏らしそうだし。


「でも、そんなことはどうでもいいの.……。大事なのは、今直ぐにでも働きに行くか」

 

 淡々とした語り口。


「ここで死ぬかってことよ!」


「お母様!?」

 

 どこからか取り出した、包丁に斬り付けられそうになり、俺は寸でのところで回避する。

 こ、この女、包丁仕込んでやがったよ。しかも、今の明らかにマジだったんですけど!


「さあ、どうするの? 言っとくけど私は容赦しないわよ」


「ひいいいいいいい!」

 

 俺は再び振り下ろされようとしている包丁から逃れるため、大急ぎで玄関から飛び出したのだった。

 ニートとしてのプライド? 働いたら負け? 命あっての物種だろうが。


「ああ、そうだ、忘れものよ」

 

 玄関から放り出されたのは、俺の財布。


「あの、中身は」


「………………」

 

 待ってはみたが返答もない。

 俺は財布を開け、中身を確認する。


「これでどうしろと」

 

 入っていたのは、ギリギリ一食分にはなるかという小銭と、身分証だけだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ