滲み
ある男性はマンションの自宅の天井にでてきた滲みに
悩まされていた。
黒く、サイズは30センチほど。
そこから雨漏りがするとか破損しているというわけでは
ないのだが、それが歪んだ人間の顔に見えるのだ。
三つの点があるだけで、人はそれを顔であると認識して
しまう、シミュラクラ現象というものがある。
彼はそれを知っていて、そう見えているだけだろうと
初めは思っていたのだが、徐々に視界に入るだけで
気になって仕方がなくなるようになったのだ。
壁なら家具を移動させて隠せばいいが、天井だとそうも
いかない。
1度ポスターで隠してみたが、逆に意識してしまって
それも続けられなかった。
彼はノイローゼ気味になり、ついには仕事や日常にも
支障が出るようになってしまった。
その滲みがはっきりした苦悶の表情に見え、日に日に
形を変えているような気さえしてきている。
男性はそれを友人に打ち明けると、友人は常識的な
アドバイスをした。
滲みなら湿気などの原因があるはずだ。
業者でも呼んでそれを突き止めればいい。
不気味だということばかり先行していて、男性は
その判断ができなくなっていた。
改めて考えれば、真っ当な解決法である。
男性は管理人に許可を取り、業者に調べてもらう
ことにした。
すると何のことはない、どこかで水漏れがあって
その湿気のせいだろうという結論が出た。
正当な結果、そしてそれに何の意味もなく恐れて
いた自分が馬鹿馬鹿しくて彼は笑ってしまった。
天井はそこだけ交換となると多額の工事費が
かかるので、湿気への対策を施し、元の色に
塗り直してもらうことで解決となった。
半日で工事が終わると、今までのストレスが
出たのか、男性は熱で丸一日寝込んでしまった。
全身に酷い倦怠感と高熱の症状が出たが、大事に
至ることもなく、すぐに回復した。
悩みが解消したことを友人達に伝えると、気分を
リフレッシュするために次の連休に温泉旅行にでも
行くかと誘われた。
仕事のミスで取引先に謝罪に行ったり、その件で
上司に雷を落とされて鬱憤がたまっていた彼は、
誘いを快く受けた。
温泉宿に到着し、さてひとっ風呂浴びてから
料理と地酒を楽しむかと、彼等は温泉に向かった。
脱衣場で服を脱いでいると、友人の1人が、
「お前どうしたんだ、その大きなあざ」
彼の背中を見て、そう言った。
しばらく前、彼の住むマンションの最上階で、
入浴中に発作を起こして苦しみながら浴槽で
亡くなった住民がいたという。
彼とその住民には何の接点もなかったそうだ。
男性がその後、どうなったのかは分からない。