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3/7

 

 ある男性が夕方からの勤務を終え、自転車で

帰路についていた。

 時間は既に深夜2時近い。

 彼はクタクタに疲れていたので、途中コンビニで

夜食を買うと、自転車を手で押しながら国道沿いを

歩いていた。


 それほど都市設備の整っていない片田舎の町だが、

この時間でも車の交通量はそれなりにある。

 深夜だと、昼間と違ってかなり飛ばす車も目立ち、

ふらふらしていると危険だ。


 早く帰って一杯やりたいなあ、などと思いながら

横断歩道の前まで来ると、近くの茂みからパッと

飛び出してくるものがあった。


 それは猫、三毛猫だった。

 首輪をして、歳を取っているようだが毛並みはいい。

 ガサッと音がした時は少し驚いたものの、男性は

特に気にせず、赤信号が変わるのを待っていた。

 この辺は野良、ペットを問わず猫が多いのだ。


 猫は静かにこちらへと近付いてくる。

 派手なエンジン音を撒き散らして走り抜けていく

車を見て、男性は今朝の光景を思い出す。


 勤務先の近くで猫が()かれて死んでいたのだ。

 急に飛び出してくるものだから、車のほうだって

避けようがないが、見て気持ちのいいものではない。


 この猫も道に飛び出すのではないか。

 男性は嫌な予感を感じていたが、その猫の挙動を

見て、それは掻き消えてしまった。

 三毛猫は横断歩道の手前まで来ると、男性を一瞥し、

そして気にもかけない様子でそこに座ったのだ。

 行儀よく、すまし顔をしているようであった。


 信号が変わるのをじっと待っている、ように見えた。

 男性は最初、猫が自分を警戒して動きを止めたのでは

ないかと思ったが、それにしてはおとなし過ぎる。

 猫からは、まるでエレベーターで他人と乗り合わせた

時に感じる、互いに関わり合いを持たずに時間を

やり過ごす、あの空気が発せられているようだった。


 猫相手にそんな風に考えるのもおかしいが、男性は

猫から人と変わらないほどの存在感を感じていた。

 だから普段はしない意識をしてしまった。


 やがて歩行者信号が青になると、猫はのんびりとした

足取りで横断歩道を渡っていく。

 それに同伴するように、男性も自転車を押して渡った。


 芸を覚える動物やしつけの行き届いた犬は見るが、

なかなかどうして頭のいい猫もいるものだ。

「お前、かしこい猫だなあ」

 去ろうとしていた猫に何気なしに男性は声をかけた。

 感想がもれた、独り言だ。


 すると猫は足を止めて、振り返ると、

「でしょ?」

 と発して、路地裏に続く道へと駆けていった。


 男性は何が起きたか分からなかった。

 だが確かに、そう、聞こえたのだ。

 猫は鳴き声やうなり声、喉を鳴らすなど、複数の

声を発する。

 たまたまそれが人語のように聞こえたのか。

 空耳か、全く別の音を聞き違えたのか。


 眠いし、残業続きで疲れているのかもしれない。

 男性は不気味な出来事に、妥当な理由をつけて

自分を納得させると、家に帰った。

 その晩、彼は酔えなかったという。


 なんでもこの地域では、夜な夜な猫が空き地に

集まる、所謂猫の集会がよく見かけられるらしい。

 それと今回の件が関係するかは不明だが、彼は

あれから、その三毛猫と会うことはなかったという。



 年数に諸説あるが、長年生きた猫は猫又という妖怪

になるという。

 自分で引き戸を開け、開けた戸を人間のように

行儀よく閉めるようになったら猫又になった証だ、

などとも言われるらしい。


 ペットフードの栄養成分向上や動物医療の進歩により、

昔より長生きする猫は圧倒的に増えたという。

 もしかしたら飼い主や周囲に正体を明かさないだけで、

猫又へと変わった猫は、割と身近にいるのかもしれない。



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