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峠の灯り

 

 ある男性が車で出張の帰り、近道だからと地元の人に

聞いて、山の峠道に入った時のことである。

 夜7時を回り、辺りはもうすっかり暗くなっている。

 と言っても彼は危な気なく安全運転で走っていた。


「……まずいなあ」

 突然の尿意を覚え、どうしたものかと悩まされる。

 ナビを見ても、コンビニは峠を抜けてふもとまで

行かなければ無いし、人家なども見当たらない。

 だからと真っ暗な山の中で車を停めて用を足すと

いうのも不気味だ。


 あれこれ考えて車を走らせていると、曲がりくねった

カーブを三つ四つ行った先、距離にして2キロほどで

あろうか。

 灯りが見えた。

 そこに照らし出される建物の形は、遠目にも、田舎の

ドライブインなのが見て取れる。

 ああこれは助かった、どうせだから夕飯を済ませて

おくのもいいかな、と男性は安心しきって車を走らせた。


 ところが。

 もう到着するという直前のカーブを曲がり終えた時、

その灯りはこつ然と消えていた。

「え、閉店か?」

 ドライブインがこの時間に閉まるか?

 それとも、そもそもドライブインじゃなかったとか。


 とりあえず灯りが点いていたと思しきところまで行くと、

未整地だが十数台がとめられる程度の駐車スペースがある。

 ヘッドライトに照らされ、濃厚な暗闇から色あせた建物の

輪郭が浮かび上がっていた。


 トイレだけでも借りられないかな。

 閉店したとしても店員はまだいるだろう。

 事情を説明すれば、それほど嫌な顔をせずに貸してくれる

はずだ。

 もしここがドライブインでなくても、それは同様だろう。


 男性は車を降り、建物の入り口付近まで近寄った。

 薄汚れたガラス戸から中を覗き込むが真っ暗だ。

「すみません」

 返事を待つが、己の声だけが夜の闇に響き、消えていく。


 本当に誰もいないのか。

 男性は携帯電話を取り出し、ライト機能を使って内部を

照らしてみる。

 中は閉店して数年経った後であるかのように、古ぼけた

テーブルや椅子が乱雑に置かれている。

 とてもさっきまで営業していたとは思えない。


 その時、室内の、ライトの死角になる部屋の隅の辺りで

黒いものがずるりと動いた。

 そんな気がした。

 普段なら店員か誰かだと思ったかもしれない。

 だがこの時男性は、大きすぎる違和感を抱かされた。


 おかしい、何かがおかしい。

 あれは人間でもないし、動物でもないだろう。

 けれど意思を持った何かが、こちらに気付いて動き出した。

 男性は瞬時に言葉にはできない危機感を覚え、走って車に

戻ると、すぐに発進した。

 何かが追ってきているのではないか。

 その恐怖感は、ふもとのコンビニに辿り着くまで続いたと

いう。



 後日、どうしても気になった彼は、昼間再びそこに訪れた。

 だが場所は間違いないはずなのに建物だけが消えていた。

 コンビニの店員や近道を教えてくれた出張先の従業員に

聞いてみたが、揃って、そんなものはないと返された。

 これという曰くはあの峠道にはないという。

 ただ山だけあって、狸は年中出没するらしい。

 まさか狸に化かされたのだろうか。

 男性は冗談めいて深く考えるのを止めた。

 結局あの建物がなんだったのか、分からないままである。



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