meno mosso
石段を降りたところに、真っ赤なトラックトップ──平たく言えばジャージなのだけれど、手足が長くしなやかなスタイルのこの娘が着ていると、何だか都会の娘っぽく見える──を着た晶がいた。自転車に跨って、ハンドルの上で腕を組んでいる。
目が合うと、ようユキンコと言って、軽く手を上げた。ユキンコとは、晶が私につけたあだ名だ。家族の中でそう呼ぶのは晶しかいないのだけれど、残念ながら一部のクラスメイトには浸透している。
どうして上に来なかったんだろう。
振り向いて、確かに私のためだけに、これを上るのは面倒だと思う。
「叱られるぜ」
「どうして?」
「一人だろ。危ないじゃん」
──危ない?
ああ、そうか。
つくしちゃんの遺体に、何かと争った形跡はなかった。それでも、欠けてしまったのだから。長女のささめ姉さん、次女の晶、三女の私、四女の鏡花さん、五女のつくしちゃん。そこから、ひとり。
そういう気持ちになるのが、自然なことだ。
「ごめんなさい」
声が深刻に響いたのかもしれない。謝んなよ──と言われ、頭を撫でられる。私の身長は一五〇センチ未満。一方の晶は一七五センチ。晶からすれば手が出やすい位置なのだろうか。
──今日は、スニーカーも赤い。
晶は、いつもどこかに赤い差し色がある。帽子が赤かったり、ピアスが赤かったり、今日はどこも赤くないって思ったら、ティントリップのピンクが濃いめだったりする。見習おうとは思わないけれど、女の子として素直にすごいなって思う。
「ささめ姉さんとさ」
「うん?」
仲直りしたのって、すんなり訊けないのは、二人がああなった責任は私にあるからで。
「バスケした」
「え?」
「ワンオーワンだよ。勝ったぜ」
それは──。
「仲直りできたってこと?」
「私とささめんは、ただテーブルに向かい合って、さあ仲直りしましょで仲直りできるほどオトナじゃねぇってこと」
もういいから帰ろうぜと、晶が会話を打ち切った。
ささめ姉さんは──バスケ部に入っていた。去年の全国大会では優秀選手に名前が挙がっていたし、スポーツ選手として将来有望な十代の子たちを紹介する番組で取材を受けるくらい才能がある。それでも──。
全力で走るささめ姉さんが、ドリブルしながら走る晶に追いつく姿が、私には想像できないし、ささめ姉さんのシュートが、晶のブロックを前にして成功する場面も、私には想像できない。
晶は、スポーツ万能という言葉で括ってはならない域にいる。
私が晶に気を許しているのは、思えば、そういうところがいいのかもしれない。
晶が、顎で荷台を指した。
「二人乗り?」
言って、何て間が抜けているんだろうと思う。ジェスチャーでわかったくせに。
「おお、校則違反だから内緒な」
それでも、晶はイライラしないで、私のテンポに付き合ってくれる。
うん、二人乗りをすれば、早く家に帰れるだろう。
早く、着いてしまうんだ。あの家に。
「ねぇ、晶。歩いて帰らない?」
これが、鏡花さんや学校の友だちだったりしたら、きっと私はこう言うのだ。
──ごめん。先に行ってていいよ。
相手が晶なら、お願いできる。気軽にとはいかないけれど、何とか口にできる。
「厭ってわけじゃないの。校則違反はもちろんダメだけど、それだけじゃなくて」
上手く言い表せないのだけれど。
晶が、自転車から降りた。いいぜ、歩いて帰ろうと言って、理由は訊いてこなかった。
もうすぐ春休み。今年で、私は中学二年生になる。
けれど、つくしちゃんは五年生にはなれなかった。
殺されたからだ。今の私をつくった、かつての仲間たちに。
そんなのもう──。
私が殺したようなものじゃないか。