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Sugar and spice

 腹を、割る?

 ディスプレイの向こう。

 ボスは、身体こそ元に戻っているけれど。動きを見ればわかる。まだ本調子ではない。

 ガスマスクの拳が、ボスのお腹にめり込んだ。目を(つぶ)った。見ていられなかった。

「さぁて、最初の質問だ。ボス。アンタはお嬢に何をさせようとしている?」

 ボスは、片膝をついたまま、何も言わない。

 けど、なんとなくわかる。瞳にちらつく光は、動揺している。

「質問を変えようか? アンタはどうして野狐(やこ)に襲われているお嬢を助けた?」

 ボスは俯いた。やっぱり何も言わない。

 ガスマスクが、ボスの顔を蹴り上げた。

 尻餅をついたボスは、何だか遣り切れない表情をしている。

 トーマ君が得意げに鼻を鳴らした。

「どうですお嬢? これでもコイツは貴女に相応しいと言えますか? 背を預けるに値すると言えますか?」

 私は、上体を起こす。ガスマスクたちは何もしてこなかった。

 ディスプレイ越しに、ボスの目を見つめる。

「ボス。どうして何も言ってくれないの」

 テレパシーで訊かなかったのは──。

 私の声で訊きたかったから。貴方の声で返事を聴きたかったから。

「今は、何も申し上げることができません。何より──」

 何より──。

「貴女に、嘘を吐くことはだけはしたくない」

 だから、黙っている他ない。

「お嬢。俺は自分が貴女にこそ相応しいだなんて自惚(うぬぼ)れちゃあいません。しかし、コイツは──こんな信用ならねぇ奴だけは、即刻切り捨てるべきです」

 トーマ君の声が遠い。私は目を閉じて、通信路(チャンネル)に意識を傾ける。

 ──私ね。ボスに隠してることがあるんだ。

 いつか私が全力を出して、抗えないものがやって来たら。

 ──あの力。思いがけず使えることはあっても、自由には使えないって言ってたでしょ。アレ、ちょっと嘘なんだ。本当は結構自由に使える。気を抜いたら、あっという間にもっていかれちゃいそうになるんだけど、でも、平気。

 ああ、これが裁きなんだって受け入れようと思うの。

 ──これは貸しだから。先に私の秘密を教えたんだから。いつか、ボスの秘密も教えてくれなきゃダメなんだから。

 目をゆっくりと開けた。


「ねえ、あのときとおんなじこと言って」


 ガスマスクが、一斉にこちらへ銃口を向けた。

 それは、トーマ君がそう指示したからなのか、ガスマスクがそう判断したからなのか。

 どちらにせよ、伝わってしまうものがあったらしい。

 けれど、もう遅い。その銃から弾が出ることはない。

 私が、それを(ゆる)さないからだ。

 ボスが吠えた。ガスマスク二人の顔を鷲掴みにして、後頭部から壁に叩き付けた。

 ──貴女はもう何も知らない少女ではありません。

 いつまで可愛い子ぶってんだコラ。

 ──力に溺れる悪鬼でもありません。

 カイジューは力が強いから、怖いんだ。皆のそばにいられない。

 ──俺は貴女を一人にしません。一生貴女に付いてゆきます。

 だから、ボス。そのときは。

 裁きを受けるそのときは、付き合って。

 私を、一人にしないで。

「ココ、今はまだそのときじゃないだろ」

 ああ、力強い貴方の声がする。

 立ち上がった。銃を捨てたガスマスクが殴りかかってくる。その拳が、すっと上げた私の掌に収まった途端、形を失った。赤い稲光。全身が、ヒヒイロゴケに分解された。

 ゆっくりとディスプレイを見る。

「今から、そっち行くね」

 私──今どんな顔をしているんだろう。

             ※

 トーマは呆然としている。

 ディスプレイには、砂嵐が映っている。赤い稲光が見えたと思って、それきりだった。

 誰だ。今、笑っていたのは。

 自問自答して、心の中で、頭を振る。

 ココに決まっている。お嬢に決まっている。けれど──。

 あんなココは知らない。お嬢は知らない。自分は、見せてもらえなかった。

 ふと、身体ごと振り返った。

 ボディーガードとして置いていた二体のゴーレム。うち一体の頭上に、赤い立方体が浮かんでいる。自分の操る〈ウインチェスターキューブ〉ではない。どうして──使える。ハンドラーが使えるワンノートは、契約ギノーが使えるそれに限定されるのではなかったのか。

 降りた刃が、脳天からゴーレムを一突きにする。全身が、赤い稲光を帯びて。刀身が立方体へ引っ込むと同時に、崩れ落ちた。

 ココが、八百八狸と一年を過ごしたことは知っている。野狐(やこ)に襲われ、手足を喰われたところを助けたのがボスだということも知っている。

 それ以外だ。それ以外で、一体あの二人に何があった。

 ギノーとハンドラーは、お互いに恐怖を与え合う関係だ。それでも、双方に信頼めいた感情が芽生えるケースは別段珍しいことではない。

 だが、ボスとココの間にあるものは何だ。付け入る隙のない、あまりにも強固で、得体の知れないこの繋がりは何だ。

 二体目のゴーレムが消えた。足元に立方体があった。繋がる先へ落ちたのだろう。立方体が、咳き込むようにヒヒイロゴケを吐いた。最後に、飛び出たマスクがべしゃりと落ちた。

 ヒヒイロゴケは、トーマの足先に届くほど広がっていて。

 そこから、有刺鉄線が蛇のように伸びる。

 トーマは悲鳴を上げた。ショットガンを向けたが、もう手遅れだった。右足に有刺鉄線が巻き付いていた。尻餅をついた。余計に(とげ)が食い込んだ。いや、違う。これは、締め付けが徐々に強まっている。足を千切りとる気なのか。

 赤い色付きの視界。〈ウインチェスターキューブ〉から、ココが現れる。

 もう、笑ってはいない。ただ、何を考えているのかわからない。

 そう、わからないのだ。

 全身に、剣尖に至るまで張り詰めていても、おかしくないはずの殺気が。

 何故か感じられない。つい、早歩きで近付いて来る姿を(ぼう)と眺めてしまう。

 はっとして、ショットガンを構えて──。

 放り投げた。銃口から這い出した有刺鉄線が、手首に絡み付こうとしていたからだ。

 顔面を蹴飛ばされた。仰向けに倒れたところで、(きっさき)を突き付けられる。

            ※

 トーマ君の胸を足で押さえながら、尋ねる。

「つくしちゃんを撃ったあと、何かした?」

 ──もう綺麗になっていました。血の(あと)はなくなって、ベンチに横たわっていたんです。

 あの日着ていた、ダッフルコートを頭から被って。

 トーマ君は首を──小さく横に振った。真実だと思えた。

 今にも泣きそうな顔をしている。何て勝手なんだろう。

「アイツは、(やま)しいことを隠している」

「私だって、隠してることたくさんあるよ」

 つくしちゃんだって、ささめ姉さんだって、鏡花さんだって、まこ姉さんだって、玲市兄さんだって、晶だって。

「誰だって──そうでしょ」

 喉に、刃先を走らせる。

 ヒヒイロゴケが噴き上がって。

 しゅるしゅるという音が、虫の鳴き声みたいだなぁと思って。

 何かを──思い出しそうだった。


 首を絞められている。

 細い首だ。女というより女の子の首だ。

 折れそうで、苦しいはずなのに、それ以上に胸が痛い。

 小岩のような貴方の手に、自らの手を重ねて。

 昏い瞳に光を探して──。

 

 怖くて、切なくて、悲しい。

 そんな気持ちを、(まと)めてばくんって、(ひと)()みにされた気配があって。

「ココ!」

 名前を呼ばれて我に返った。

 涙が、頬を伝っていた。大きな腕で優しく包まれている。

 ボスの身体に、力が行き渡っているのがわかる。

 それはそうだろう。私のことを、少しは食べてくれたのだから。

 ねぇと声をかける。ボスが目を合わせるために、私の両肩をそっと押した。

「美味しかった?」

 ボスは何も言わない。ただ、さすがに無表情ではいられなかったようで。

 私は、再び抱き寄せられる。自分でもびっくりするくらい、女の子している声が漏れた。

「それは──ずるい」

 ずるい言い方ですねとボスが言った。

           ※

 空中に投影されたディスプレイは、左右に分割されている。左側には、スモークディフューザーの煙に包まれたしずりちゃんの家が映っている。シャロの言う通り、安全は確保されているらしい。そして、右側には──。

 輪郭がぶよぶよとはっきりしない、ヒヒイロゴケの塊に包まれたココ。この角度からじゃ顔が見えない。意識があるのかさえわからない。

 そう、本来ならギノーはこう映る。あの青い(はだ)のギノーが特別なのか、ここの機械が特別なのか。なんとなく後者だと思った。

 シャロが、彼は河太郎君と言って私の式だから安心していいと言った。本気で言ってるのそれって感じの目を向けると、式であることは否定しないが名前は間違えているかもしれないと悪びれもなく言った。

「急いで──」

 合流しないと。そう、続けようとして、咳き込む。

 足が、ふわりと床を離れて。ガラじゃない声が漏れて。

「今は、(はぐ)れないですむことを考えたまえ」

 いわゆるお姫さま抱っこだった。

 正直言えば、ありがたかった。()()きを使いたくても、釘を視ようとした時点で頭がガンガンした。さっき、咬まれたシャロの手を治すのに使ったので、打ち止めだった。

「皆──命が助かるには助かるのだからね」

 ──は?

 言ったそばから、壁のあちこちをぶっ壊して現れたのは。

 私の身体が収まる太さのパイプ。縁が、小刻みに震えて、とんでもない勢いでヒヒイロゴケを流し始める。この空間に、注ぎ始める。

 主を失って壊れる城とは酷くありふれているとシャロが他人事(ひとごと)みたいな調子で言った。

「助かるの? コレで?」

「ああ、フルグライトの説明をしていなかったね。フルグライトは、地気を糧に成長する工房だ。地中というフラスコの中でしか生きられない、巨大なホムンクルスだよ。このまま行けば、私たちはフルグライトへと続く転移ポータルのいずれかへ吐き出される。そう、いくつあるかもわからない、いずれかのうちの一つにね」

「ここって、そんなに広いの?」

「広いも狭いも予測が付かない。一つのフルグライトは、数ある地気の一種類のみを生涯の糧とする。地気の種類は土地によって異なるが、仮にこのフルグライトが糧としている地気をタイプAとして、そのタイプAが十朱市内に収まっているかどうかなど私は知らない。噂では複数の地気を吸収できる改良版も存在するというから、いよいよ事態は深刻だよ。次に目覚めたとき、私たちは共にいるどころか散り散りにされて、ささめ君はインナーアースを突っ切った挙句、ブラジルにいる可能性だってある」

 何で、私だけブラジルに飛ばすのよ。

「シャロ」

「インナーアースについて知りたいのかね?」

「それは帰ったらたっぷり聞いたげる。ブラックコーヒー飲みながらね。私に──できることは何?」

「ヒヒイロゴケには、大きく分けて五つの特質がある。プライマリ〈同化〉、セカンダリ〈記録〉、ターシャリ〈具現〉、クォータナリ〈反転〉、そして、クワイナリ〈革命〉。うち〈具現〉は言わば願いを形にする能力だ」

〈具現〉──それを使って、私は携帯を、思い入れのある物体をネイルガンに変えている。

「これだけのヒヒイロゴケだ。君が義妹(いもうと)君と共にいたいと強く願えば、どこに流れ着くかはわからずとも、同じところには流れ着けるかもしれないよ」

 シャロの首に回した両腕に力を入れて、顔を近づける。

「どうせブラジル行きならみんなで行きましょ」

「いいともアミーゴ。皆でコシーニャを食べよう」

 私は、笑って眼を閉じる。ココの顔を想い描く。

 つくしは、もう手の届かないところにいる。

 けど、ココは。

 たとえ地球の裏側だって、手が届く。捜しに行ける。

 ヒヒイロゴケに意識を奪われる寸前。

 ふと、思った。

 ああ──いないってこういうことなんだ。

             ※

 家族で、食卓を囲んでいる。

 そこに、つくしはいない。つくしの分の料理もない。

 けれど、みんなの顔は活き活きしてる。

 私も、多分イイ顔してる。

 ああ、これはそう遠くない未来だ。

 いつか迎えなくちゃいけない、日常の風景だ。

 私は、これを受け入れていいんだろうか。

 あの娘のいない世界で、笑顔でいいんだろうか。

「うん。いいんだよ。ささめねーちん」

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