7. 日曜日
日曜の朝は憂鬱だ。
お日様がカンカン照りでも、どんよりと黒い雲が空を覆い被せても、雨がしとしとと降り注いでも。
月曜日を作った人間を俺はいつも憎んでいる。いつも、毎週、どんな時でも、日曜日の次の日は月曜日なんだ。
月曜日には仕事に行かなければならない。
でないと俺はクビになっちまう。
ただでさえも必要とされているかわからないのに。
不必要とされる訳には行かないんだ。
朝7時に起床し、パンを焼いている間に顔を洗いヒゲを剃る。
隣の家や、家の前の道路はまだ静かでまるでこの辺一体が自分の物になった様な感覚に陥る。
この時間が堪らなく好きで毎週憂鬱になりながらこの快感を楽しむ。なんという矛盾何だろう。自分でもわからない。
一つだけわかることは日曜日が誰よりも好きだということ。
パンを焼いている機械がジリジリと音をたてている。俺はそっと耳を当てて聞いている。平日の朝ならこんな音すら楽しめない。
隣では低学年の子供を持つ母親が朝から起きない息子にどなり散らしている。
なんとヒステリックな母親なんだ。
普段温厚な俺でもたまに頭の線が切れて文句の一つでも言ってやろうかと思うほどに。
でも日曜はそんな音は聞こえない。自分だけの世界にひたれる。
パンを食べ、髪をセットしたらスーツに着替える。別に仕事に行く訳ではないがマトモな服と言えばスーツくらいしかない。シャツを上まで留め、ネクタイをつけ、革靴を履く。
今日はお気に入りの出してこよう。
いつも黒い革靴で飽き飽きしてるんだ。
靴箱の奥から濃い、茶色の靴を引っ張り出した。いつもピカピカに磨き上げられており、傷一つ見当たらない。
家に鍵をかけてから外を見渡し、窓をチェックした。一軒家っていうのは兎に角警備が甘い。とくにウチは祖母から譲り受けた家で、時折キシキシと音がなり雨の日にはポタポタと音が鳴り響く。
俺の家は道路に面していて、それでいて静かだ。大通り沿いではなくそこから小道に入っていき、右や左に何回か曲がった所にある。
坂道も急で帰りは特に帰るのを躊躇わせるんだ。
一通りチェックが終わるとバス停まで歩いて行く。バス停は大通りの、家から歩いて15分程の所にある。そこからバスに乗り込み電車の止まる駅まで移動する。ヒロセ コウイチの家は電車で2時間もかかるがランダムで選ばれた人間にしてはかなり近場だと思う。
電車を降りるとそこは高級な一軒家が立ち並ぶ住宅街だった。俺の家は下町的な場所であり、ここは都会にもアクセスしやすく住むにはとても環境がいい場所だ。
事前に調べていた地図を広げ(スマホはあまり扱いが得意じゃないから)、ヒロセ コウイチの家を探した。時間は11時を回っており、家からは掃除機の音や家族の笑い声がした。
その声は俺を苛立たせた。
せっかくの日曜の静かさを堪能したばかりなのに。
その幸せそうな声が俺を馬鹿にしているように聞こえる。
近隣に事件があってから間もないのにいい気なもんだ。
人の死なんてこんなものなんだ。よほど身近な間柄でもない限り、近所の人が死のうが同僚が死のうが。悲しみなんていうのはあっという間に過ぎていき、忘れられて行くんだ。
そんな事を考えていると、ブルーシートのかけられた家を見つけた。ここがヒロセ コウイチの家だと直感が感じ、身震いがした。そこはまだ焦げ臭く、近くには1人の女性が座り込み、未だ悲しみがその人の周りをうろついている。俺はニュースを見たから知っている。この女性は同棲相手のヒロセ ミチヨさんだ。いや姓がヒロセだから婚約者と言った方が的確だろう。
彼女から色々聞きたい事があったが何もできない。俺は赤の他人だから。ここまで来て自分の無力さを今更ながらに噛み締めた。そう、何も知ることが出来るはずがない。警察でもあるまいし。大丈夫ですか?と声をかければそこから何か聞きだせるかもしれないが俺にそんな事する勇気もない。何をしにここまで来たのか。
自分の中に激しい怒りと、虚脱感が襲う。
俺はそのまま引き返す事にした。
帰り際に焼酎を買いながらあることを考えた。
もう一度殺しをしてみるしかない。
できるだけ避けたい、唯一の方法に俺はかけてみることにした。




