4. 現実
現実
時間は午前7時。
銭湯から帰った俺は、他の人間が来る前に掃除を終わらせる。
これは俺の日課だ。
日課というよりも義務だな。
1日の汗の80%くらいはここで出てるんじゃないだろうか。
冬でも窓を全開に開け、頭には何年も使い古したボロ布(元々なんだったのか忘れてしまった。)を巻き、職人の様に隅から隅まで掃除をする。
なんの証拠も残さない。
髪の毛だって落ちてれば気になって仕方がないんだ。
でも元々はこんなではなかった。
これにはウチの家族が関係しているんだが…まぁ家族の話はよそう。
午前7時半。
窓を全て締め、空調を完璧な温度にしておく。誰が来ても何も言わせない温度だ。
この時の俺は異常なまでにそれにこだわる。
「おはようございまーす。」
一番年下で後輩のカワセが出勤してくる。
この挨拶は俺に向けたものではなく、ただの社交辞令や反発的にでるものだろう。
その後も一切話もせず、カワセはテレビをつけ、自分のパソコンを立ち上げる。
また憂鬱な1日の始まりだ。
あいつは俺が寝ずに1日ここにいたことなんて気づきもしないだろう。
恐らく気にもしないだろうが。
8時には全員が出勤する。
大体、出勤してすぐに同期のタナカが営業回りに出かける。
それから昼前になるとカワセや課長がどこかに出かける。
スナダと二人きりで定時の17時を迎える事が度々あるほどスナダは基本営業にはいかない。
だが常に業績はトップクラス。
裏で何をやっているのか知らないが、いつもパソコンの前で爪になにか絵を描いたり、石の様な物を貼り付けては写真を撮ってブログにアップしている。
その間に俺はお前の仕事をやってるんだけどな!なーんて思ってたのは最初の頃だけですっかり慣れてしまった。
必死に書類をまとめるとあっという間に定時の17時がやってくる。
「お疲れ様でした〜。」
ジャケットを羽織り、17時ピッタリに帰っていくスナダのその言葉に意味はない。
これも無意識的に発しているのだろう。
それから18時頃には全員一度帰ってきて、飲みの相談などしながらすぐに出ていく。
こうして1日は過ぎて行くんだ。
本当にあっという間とはこの事だろう。
いつも通りの生活の中、あの詐欺サイトの事が心に引っかかっている。
「結果が出るのは1ヶ月先だったかな?」
誰もいなくなるとつい言葉を発してしまう。でないと声の出し方を忘れてしまいそうだったから。
もう一度あのサイトを見てみたい。
何故そう思うのかは全くわからない。
サイトの名前を思い出しながら、検索サイトで調べてみるが、ヒットしない。
あの時俺は一体なんて打ったのだろう。
そもそも会員なのだからいつでもログインする方法があるはずだ。
何も見ずにそのまま電源を落としてしまった為、方法がわからない。
そのまま20時まで調べたが何も出なかった。
「今日は寝なくては、体が重い。」
しこりは残りつつも仕方なく家に帰り簡単にシャワーを浴びると、帰りに買った酎ハイを飲み干す。するとそのまま意識は無くなり、寝てしまっていた。
鋭く高鳴る音に飛び起き、目が覚めた。
音の鳴る方へ目をやると俺の携帯が馬鹿の様になっている。
課長からの着信だ。
時間を確認すると、11時を回っていた。
しまった!寝坊した!
俺はこういう時、電話には出ない。
後日謝罪をする。
もちろん出勤もしない。
なんせ今日は金曜日だから、明日明後日は休みなんだ。
3連休を満喫するチャンスである。
携帯をマナーモードにし、脱ぎっぱなしのスーツをハンガーにかける。
元々出勤の日の休みっていうのはなんとも心地がいい。
外で喧嘩していう猫の声もなんだか優しく、美しく聞こえる。
日差しも暖かく、この時期にしては非常に過ごしやすい気温だ。
食パンをくわえ、ドカッとソファーに座るとおもむろにテレビをつける。
一応社会人として最近の日本の状態くらいは確認している。
するとこんなニュースが流れた。
「昨日、午前2時頃一軒家に住むヒロセ コウイチさん 29歳 が焼死体として発見されました。身元の確認が取れたのは、同居人のヒロセ ミチヨさん 29歳の証言による、金属でできたペンダントの一致から確認されました。警察では…」
身体中に電気が走るかの様な感覚に襲われた。
現実かどうかが理解できない。
もし、例えばこれが、現実だったとしたら。
俺は人を殺した事になる。
だがその実感は一切ない。
面白半分にパソコンを入力しただけなんだから。
夢か現実か理解できないまま1日を過ごした。飯もほとんど手につけれない。酒に身を任せ悩み続ける。
その日の晩、家のパソコンに一通のメールが届いた。