17. 遭遇
今日の俺はいつもより早足だ。人間てのは面白い物で楽しみな事があると早足になる。逆に嫌な事があるとこれでもかって言うぐらいゆっくりと歩く。
レイコのいる会社は大企業と言うよりは、The中小企業といった感じ。社長の横柄な態度から大きな会社を想像しがちだが大したことは無い。以前来た時は建築の進み具合や今後もよろしくといった挨拶をしに来たようだ。
勿論直接聞いた訳ではなく、盗み聞いた。
場所もわりと近くて助かった。俺は長期間公共の乗り物に乗るのが苦手なんだ。人がたくさんいたり、気を使ったりして疲れてしまう。だったら車に乗れよって話だけど車はもっと疲れるんだ。
電車で30分くらいで駅を降り、そこから歩いて向かった。15分くらい歩くとこじんまりとした、だが歴史を感じる建物が見えた。周りはポツポツと民家やコンビニがあるがそれ以外には特に何も無い。いわゆる田舎だった。そこは事務所と作業場(隣に併設している作業用トラックや簡易的な作業を行う事ができる場所)を一緒にしたような所でスーツを着た女性や作業着を着た茶髪兄さんなどが出入りしている。
だが俺はこの会社自体に用が無いので、中に入る事は出来ない。仕方がないのでそのまま目の前を通り過ぎ近くにカフェがあったのでそこに入る事にした。
そのカフェもこじんまりとしていて、それでいて古臭い。木造の建物は所々腐っており看板も落ちかけている。客もほとんど入っておらずあそこの会社の社員が出入りしているくらいだ。
俺はこうゆう田舎特有の静かさは大好きだ。老後はこうゆう所で静かに死を待ちたいと思う事もある。
席に着き店員を呼び出してココアを頼んだ。なんとかショコラとか色々あったが俺はコーヒーとココアしか飲まない。
注文を待っている間、店内をグルリと見渡した。特に変わった様子も無いが綺麗にされている。
そこで俺はある人に目が止まり、息を飲んだ。
あの時の秘書がいる。
会社の女性と一緒に休憩をしているようだ。
一瞬のうちに俺の心臓は高鳴った。手汗が溢れ、ココアの入ったコップはカチャカチャと震えた。いつ見ても彼女は美しい。
前髪は目にかかるくらいの長さを真ん中分けし、後ろの髪はポニーテールの位置で一本結びしている。歳の頃は30代も後半くらいかもしれない。妙に溢れ出る色気に俺はしばらく見つめてしまっていた。
すると彼女はスッと立ち上がり会計をしようとしていた。ここで話しかけなければ俺はもうチャンスは無い!だがなかなか動けない。体はこわばり時間は無駄にゆっくりと流れた。そうこうしていると彼女は店を出そうになっていた。
「あの…!」
気づいたら俺は声をかけていた。
「あの…この間はうちの事務所にお越し頂きありがとうございました。今この辺を営業周りしてちょっと休憩をしていたらあなたをお見かけしましたので声をかけさせて頂きました。」
そう言うと彼女は驚いていたがすぐに営業スマイルで
「とんでもないです!こちらこそわざわざご挨拶ありがとうございます!また近いうちにそちらにお伺いすると思いますのでよろしくお願いします。」
彼女は会釈をして店を後にした。
彼女が喋っている間も内容はほとんど入ってこなかった。スタイルいいなぁとか、結婚指輪はしてなかったなぁとか、いい匂いがするなぁとしか考えていなかった。
外に出ると彼女はまだ見えたので走って追いかけ
「あ、あの…もし次いらっしゃる時担当がいない時は僕が対応出来る様に、い、一応電話番号を交換しておきませんか?」
少し息が切れながら必死に言葉を絞り出した。俺にしてはよく言えたと心の底から思った。彼女はなぜか少しクスリと笑い。
「いいですよ!これが私の番号です。もし不在の場合はあなたに連絡するかもしれませんね!その時はよろしくお願いします。」
こちらの気持ちが分かっているかの様な口ぶりだったが、そんな事はどうでも良かった。なんと電話番号を交換出来たのだから。
鼻唄を口ずさみ、スキップで駅まで戻るとモンモンとしながら家まで帰った。