9. 指名
指名
次に依頼したい事は決まっていた。
"人物指名"
これをするしか確かめる方法がない。
自分は既に、1人殺してしまっているのかもしれないから。犯人が捕まるのなんて待ってはいられない。
この"人物指名"の料金には+100万かかるそうだ。例えこれが本当だったとしても、俺はこの金を問題無く払う事ができるだろう。
俺は自分の職がなくなった時の事を考え会社に入ってずっと貯金している。この貯金から切り崩せばいい。
例えこのサイトが嘘だったとしても100万で確かめられるなら安いものだ。とにかく自分は犯罪者ではない!という事を証明したい。
問題は金じゃあない。誰を殺すかだ。
やはりてっとり早くわかる人間は
有名人。身内。それから会社の人間。
…やはりこの中からなら会社の人間だろう。
日頃から人間的な扱いを受けていなかったんだから。妥当な判断だ。やつらの平和ボケした面を消せる可能性もあるし、更に自分の無罪も証明できる。
サイトを開き、人物指名を選んだ。
名前や住所や連絡先、職場を細かく書き込み殺人ボタンにカーソルを持ってきた時、俺は手がブルブル震えていることに気が付いた。
それは恐怖や罪悪感によるものだ。いくら嫌がらせをしてくる会社の人間とは言え、いざ殺そうと思うと体の底から震えがやってきて、まるで極寒の地に翼を休める為に降り立つ渡り鳥のごとく無力になった。クリックするための人差し指に力が入らない。
深く、そして長い深呼吸を幾度となく行う。それから俺は心臓の高鳴りを抑えようと更にコップに入れた焼酎を飲み干した。
喉が焼けるように熱く、胃はギュルギュルと音を立てる。鼻はそのアルコールの臭いでその他の一切の臭いを受け付けなくなっている。
視界はグルグルと回り始め徐々に体のこわばりがとれはじめた。
俺は決心を決め殺人ボタンをクリックした。
「ご依頼ありがとうございます。結果は2日から3ヶ月でご報告させて頂きます。カワセ ミチヒロ は責任を持って殺害させていただきます。尚、ご依頼金に関しましては結果の報告メールを確認の上、メールに記載されています金融機関にご入金いただきますようよろしくお願いいたします。」
この文章を読み終わった俺はまた吐いた。
もし、これで本当に死んだら。俺は正真正銘の殺人犯だ。だけど ヒロセ コウイチ も呆気なく死んだ。なのに近隣住民やテレビはもう
新しいニュースに飛びつき、あー可哀想。この人は運が無かったのねきっと。なんて言いながら涼しい顔をして暮らしているだろう。人の死なんてそんなものだ。ヒロセ コウイチ もきっと数え切れない程の命を食して暮らしてきたに違いない。なのに呆気なく死んだ。あいつにそれほどの命を奪う価値が本当にあったのか?死んで当然の人間だったかもしれない。
…またこうやって自分を正当化しているだけだ。
俺は後輩のカワセを殺す事にした。あいつに罪はない。だが、これは俺の人生に関わる決断なんだ。なぜ、カワセにしたのか。これはあいつとあいつの女とのやりとりが気に食わなかったからだ。会社では俺以外にはヘコヘコしているくせに、女と電話している時は俺の時と同様に高圧的で上から物を言うタイプなんだ。そして決定的なのがあいつの女が会社にカワセが忘れた弁当を持ってきた時だ。他のやつは出来たいい女だ!なんて褒めていたがあいつらの目は節穴か?ロングスカートを履いていたが足首には青黒いアザができていた。あれは間違いなく虐待のものだ。俺の母にもあったのと同じ様に…
明日からどんな心持ちで過ごせばいいのか。そんな事を考えながら俺はベッドについた。時間は夜中の3時を指している。寝れそうにもないので俺は愛読しているボードレールの「悪の華」を読み、夜を明かした。




