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短編小説

異世界に召喚されて、ようやく日本に帰って来たら夫が不倫してました。

作者: うわの空

 週刊女性美学「女性のお悩みコーナー」編集者様


 突然の手紙で失礼いたします。私は都内に住む二十七歳の主婦です。子供はおらず、夫との二人暮らしです。

 いきなりこのようなことを書けば私の精神を疑われそうですが、ありのままのことをつづらせていただきます。

 私は今から約一年ほど前、夫に失踪届を出された身です。私という人間はある日、世間から忽然と姿を消しました。失踪当時は夜逃げだとか誘拐だとか、いろいろと噂が立っていたようです。

 しかし、私がいなくなった理由は夜逃げでも誘拐でもございません。


 異世界に召喚されてしまったのです。


 ――編集者様は、近頃流行りのライトノベルをお読みになったりするでしょうか。地球に住むごく一般的な人間が、突然異世界に召喚されるというパターンの物が流行っているようです。私の場合もまさにこの通りで、秀でたところなど何一つない私が、ある日突然異世界に飛ばされてしまったのです。床に魔法陣のようなものが現れたと思ったら、次の瞬間景色が変わっていました。景色が変わったと言っても、中世ヨーロッパのような世界に飛ばされたわけではありません。車も走っていましたし、地面もコンクリートでしたし、家のつくりも日本の家屋そっくりなものでした。

 しかしその世界には、魔法というものが確かに存在していました。私の事をその世界に召喚したのも、魔法使いの男でした。男は二十代前半ほど。右目は青く、左目は金色でした。オッドアイというそうです。


 最近流行っている小説の続きになるのですが、異世界に召喚された主人公は無敵状態やチートなどと呼ばれる状態になっている、というパターンも人気だそうです。私はライトノベルを読まないので詳しくは存じ上げませんが、「異世界に行ったら主人公は最強になる」……という話だそうで。

 今時の物語は、主人公が苦戦したりしないのでしょうか。それこそがファンタジーの醍醐味だと思っていたのですが。


 さて。異世界に召喚された私も、そのような状態になっていました。ローブなる重々しい布に覆われた魔法使いに促され、コンクリート製の壁にデコピンすると、壁が一瞬で崩壊してしまいました。その様子は、私が知っているものですと、ドラゴンポールのスーパーサイヤン人が一番近いかと思います。重ねて言いますが、地球――日本にいたころの私は、ごくごく普通の女でした。



 ……そろそろ私の精神状態を本気で疑われれているか、読むのを辞められていないでしょうか。不安で仕方ありません。しかし話を続けます。問題はここではないのです。



 その世界には、『異世界の女を召喚し、王子との間に子を作ることで、より強い子を作る』という法がありました。私の事を召喚したオッドアイの男も、王族直属の魔法使いとのことです。チートだか何だか知りませんが、私のような異世界の人間が生んだ子供は、やはり強力な力を持っているそうです。

 当然ながら私は家に帰してほしいと懇願しましたが、やはり却下されてしまいました。子供を作らなければならないと脅されたのです。


 それからというもの、私は毎日のように王子に無理やり犯され続けました。馬鹿のように小さな王冠を頭にのせた、十七歳の青年です。……小作りが目的ですから避妊なんて当然していません。それが本当に、毎日のように続きました。地獄のような日々でした。


 ところがそれから一年が経って、私の『問題』が発覚しました。

 私は、子供を産めない身体だったのです。


 王族の人間は、私の事を必要のない人間だと判断しました。必要のない転移者は、『不要に強力な力を持った人間』であり、危険分子とみなされます。そうしてすぐさま日本に返還されました。


 そう、失踪したと言われていた一年間、私は本当に地球にいなかったのです。



 やっとの思いで帰宅した私は、自宅に戻るなり、悲鳴を上げてしまいました。

 夫が、見知らぬ女と裸でベッドにいたのです。男女二人とも裸。何をしていたかなんて見るだけで分かります。

 夫は違うんだ違うんだと何度も言いましたが、何が違うのかさっぱり分かりません。裸の女を追い出し、突き詰めたところ、しぶしぶ答えてくれました。


 私が異世界にいる間、夫は不倫していたのです。不倫相手は、会社の同僚だということでした。


 私が異世界で苦汁を飲まされ辛酸をなめている間、夫は会社の同僚を家に連れ込み、毎日のようにセックスしていたのです。寝室からは、一年前にはなかった避妊具やローション、玩具(具体名称は避けます)、女性用下着が山のようにありました。


 私はもう、夫のことを信用できません。この一年で日本も大分変わってしまったようですが、一番変わったのは夫の心のように思います。日本に帰ってきてから一か月が経ちましたが、夫とセックスしたことは一度たりともありません。異世界で犯された話もできていません。


 編集者様。私はこれから夫とどのように接すればよいでしょうか。







「……なーに書いてんの?」


 オフィス街の一角にあるオープンカフェで、女は一心不乱にそれを書いていた。近くに来た男がそれを右手でひょいと拾い上げる。青色の右目と金色の左目で、活字を追う。左手には、作り立てのキャラメルフラペチーノ。ホイップを増量したらしく、ドーム型の蓋からは白いホイップがあふれていた。


「その恰好はやめてって言ってるでしょう。目立って仕方がないわ」


 女は男の服装を見て、ため息をついた。真っ黒なローブを着ていた男は、自分の身なりをチェックする。


「さっきそこの通りで、似たような格好してる人を見たけどね」

「ハロウィンが近いからよ。今はまだいいけど、十一月に入ったら絶対にその恰好はしないで。『こっちの世界』の風習にも慣れてちょうだい」


 ふうーん、と言いながらオッドアイの男はストローに口を付けた。女もそれにつられるように、ホットコーヒーを一口すする。左に目をやると、有名な貿易会社のビルが見えた。


「それにしても」


 男は女の真正面に座り、いたずらをする子供のようにくすくす笑った。


「この手紙は随分とお話が作られてるねえ。僕の知ってる物語とは大分話が違うようだ。あなたは作家でも目指してるのかな?」


 男は持っていた紙を机に放り投げた。風で飛ばされそうになったそれを、女が片手でおさえる。男は愉快そうに、左右で色の違う目を細めた。


「オッドアイの魔法使いに異世界に召喚された。これは本当。その異世界は『ニホン』とそっくりだった。これも本当。転移者は特別な力があって、まさしく超人と呼ばれる存在になる。王族の人間は転移者との間に子供を作ることで、より強い子孫を残そうとする。そうしてあなたは、十七歳の王子と毎日のようにセックスすることになった。しかし自分は子供ができる身体ではなかった。そこまでは本当」


 あとはぜーんぶ嘘。男は笑った。


「あなたはあの世界に来た時、最初から帰りたがらなかった。夫のことがもう嫌なんです、日本という世界ももううんざりなんですとかなんとか言ってね。……十七歳の王子に無理やり犯された? 自分から誘って、喜んで脚を開いたくせによく言うよ。毎晩毎晩、町中に響きそうな声をあげてさあ」


 男はフラペチーノのクリームをスプーンストローですくい、一口舐めた。


「王子だけじゃないよね。召使のラディもカトルもベイブもネイクスも、コックのデトルアも、掃除夫のマルクも、庭師のシェイビーも、王子の家庭教師のスクエアも、ペット飼育員のアニサスも、運転手のゴイルも、護衛のディックもハルクスも。みんなみーんな! あなたが食べちゃった。しまいには、五十を過ぎた王にまで手を出してたよね。中年男性のお味はいかがでした?」

「悪くはなかったわ。――あと、誰かさんが抜けてるんじゃないかしら」

「そうだねえ。ね、僕はどうだった? おじさんよりよかったと思うんだけど」

「そうね。一番だったかも」

「それは光栄」


 女は書き終わった手紙を丁寧に三つ折りにし、冷めたコーヒーを飲んだ。男は頬杖を突きながら、女の行動を見ている。


「徐々に、あなたは凶暴で手が付けられない人間になっていった。気に食わないことがあるとすぐに手を出すんだ。……転移者は、無敵の超人。あなた一人が暴れただけで町一つ崩壊しそうな勢いだった。あなたに反抗できる人は誰もいない。みんな参ってたよ。――好きなだけ暴れて、好きなだけヤるやばい女。そして、子供を産めない。それを理由に、元いた日本ばしょに強制送還。ついでに、そんなヤバい女を召喚してしまった王族直属の魔法使いもお役御免ときた」

「だからって、どうして私についてきたの」


 女が鬱陶しそうに言うと、男は口を尖らせた。


「面倒見てくれてもいいでしょ? あなたのせいで僕は一気に無職なんだ。それにこれから、ちょっとは役立つかもしれないよ?」

「――……それもそうね」

「出すの? その手紙」


 女が封筒に宛書するのを見て、男は眉をひそめた。すっかりとけたフラペチーノを、ストローでくるくると回す。宛書をしていた女は切手を探しながら、顔をあげた。


「一年ぶりの感動の再会のはずが、夫の不倫発覚。私、すごくかわいそうな女だと思わない?」

「よく言うねえ。旦那さんのお相手って、その女一人だけでしょ? あなた、あっちの世界で何人の男とやってたっけ。召使のラディにカトル、ベイブ、ネイクス、コックのデトルアと」

「それはもういいわ」


 女は冷めた口調で言い切ると、封筒の端に切手を貼り付けた。黒い革製の鞄に手紙を押し込む。無理に押し込んだため、手紙の端が若干折れた。

 コーヒーを飲みほし、一息ついた女は男と鏡合わせのように頬杖を突いた。そして、小声で言う。


「……まだ魔法は使えるんでしょうね」


 その言葉に、男は微笑んだ。


「もちろん」


 男がそっと人差し指を立てる。その指先に、二センチほどの炎がぽっとともった。


「拷問用の魔法は?」

「使えるね」

「……たとえば、女の顔面をぐちゃぐちゃに溶かしたり」

「ああ、可能」

「あの人のちっさいアレを切り刻んだり」

「できるね。かなり痛いだろうけど」

「証拠隠滅なんて」

「必要ないね、魔法だから」


 なるほど、確かに役に立ちそうね。女はくつくつと笑った。左を見る。貿易会社のビルから、三十歳ほどの男と二十代前半だろう女が並んで出てきた。それを見て女は立ち上がる。ローブを着た男は、フラペチーノの残りを吸った。


「最後に確認するけど」


 女は男に言う。ビルから出てきた男女を見据えたまま。


「転移魔法もまだ使えるんでしょうね?」


 男は女に答える。ビルから出てきた男女を見据えたまま。


「もちろん。『二人』飛ばすこともできるよ。なんなら無人島でも、昆虫だらけの世界でも、ゾンビばかりの終末世界でも、カニバリズムの風習が残るサバイバルな村でも。――あなたが望むままに」

「嬉しいわ。じゃあ行きましょうか」


 かつて異世界で魔女と呼ばれた女は夫に目をやり、口元を歪ませ笑った。



「……最愛の妻がいなくなったからって不倫はだめよ。ねえ?」

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