悪夢の夜
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―――ただ、死んでいく。
―――ひたすらに燃えていく。
数分前まで楽しそうに笑っていたおじさんも、ご馳走を美味しそうにつまんでいたおばさんも、愛する家族も、何もかもが、死んで死んで死んで死んで死んでいく。否、殺されていく。
瞳の力を奪われ、対抗手段を失ったノードの人間にできることなどなにもない。敵は手練れの警邏だ。肌を裂かれ血飛沫が飛び散っても、顔を焼かれ皮膚がただれても、骨を折られ苦悶に顔を歪めても、ただそれらを受け入れるしかない。拷問なんて言葉が軽く聞こえるほどの殺戮劇。何の力も持たない俺は遠ざかるその凄惨な光景を傍観することしかできない。母親が地面に倒れ伏すときも、父親が首元を裂かれるときも、俺はなにも―――なにもできない。
誰がやった!誰が両親を、俺の大切なものを奪った!
俺は獣の如く咆哮する。が、その叫びは空しく宙に霧散した。
考えろ考えろ考えろ。俺はもうその答えを知っているはずだ。
それは、それは―――国家だ。リグレジアそのものだ。
奴らがすべてを破壊したのだ。
なら、俺がすることはもう決まっている。
俺も奴らのすべてを破壊してやる。
この命尽きるその日まで、破壊の限りを尽くしてやる。
俺は、俺は―――
「―――ア! セア!」
俺の名前を呼ぶその声と、握り返された手のひらの温もりのおかげで、俺は悪夢から解放された。
ひどく息が乱れている。寝汗もぐっしょりだ。頭が酷く混乱していて、今いる場所がどこなのか一瞬分からなくなった。
俺が寝ている隣で心配そうに俺の手のひらを握ってくれているユーリがいなかったら、どうにかなっていたかもしれない。
「ユーリ……」
ユーリは動揺した表情で俺を見つめていた。
「セア、大丈夫? ひどくうなされていたみたいだけど」
身を乗り出して顔を覗き込んでいるせいで、ユーリの白銀の髪が俺の首筋に触れて少しくすぐったい。
「…あ、ああ。すまない。だい、じょうぶだから」
みっともないところを見せてしまった。
ユーリに握られていない方の手で顔を覆い隠す。
「とても大丈夫そうには見えないけど…悪い夢でもみてたの?」
夢の中の光景を思い出して、思わず手に力が入ってしまう。
「……やっぱり悪い夢をみてたのね」
勘のいいユーリは優しくそう言ったが、いつもみたいにそれ以上は追及してこなかった。
「昼間に散々人の部屋に無断で入るなって言っておきながら、黙って入ってごめんね。そんなつもりじゃなかったの。のどが渇いて目が覚めたから、一階に水を飲みに行こうと思って、それで廊下に出てみたら、この部屋からセアの苦しそうな声が聞こえたから……」
いつもの威勢の良さが嘘のようだった。もしかしたらこれがありのままのユーリなのかもしれない。
そんな風にユーリに優しくされたせいか、知らずうちに俺は口を開いていた。
「人は……眠っている時に夢を見る生き物だけどさ」
「いきなりどうしたの?」
「その夢の中で最低最悪な夢って何だと思う?ユーリ」
「えっと……誰かが亡くなる夢とか、亡霊に追われる夢とか?」
……亡霊って。
場の雰囲気を無視して俺は微かに笑ってしまう。
「あ、今あたしのこと子供っぽいって思ったでしょ」
「だって、亡霊に追われるって…今どき子供でも言わないだろ。そんなこと」
「もう、人がせっかく心配してあげてるっていうのに」
顔を隠している指の隙間からユーリの顔を覗き見る。
暗くてよく見えないが、今のやり取りで、いつもの明るい表情を少しくらいは取り戻してくれていたら嬉しい。
俺は平静を装って答えた。
「最低最悪な夢。それは、まるで現実みたいに、過去のトラウマが再現される夢のことだよ。ただでさえ痛い傷口を更に抉られるような夢。それが俺の思う最低最悪の夢だ」
俺はこみ上げる嫌悪感を精一杯抑える。夢から覚めた今でも、その心に負った傷口は痛み続ける。当然だ。この傷を負ったのは六年も前のことだ。昨日今日の話ではない。俺が一生背負うべき傷なのだ。
「セア……」
そうユーリが呟いてから、少しの間、俺たちは何も喋らなかった。
ユーリの呼吸の音だけが微かに聞こえてくる。自然と俺の呼吸も落ち着いてきた。ユーリが手を握ってくれているおかげだろう。すごく温かい。
静寂を先に破ったのはユーリだった。
「セア、あたし実を言うとね、昔の記憶が一部欠けてるの」
囁くようにユーリは告げた。
ユーリの突然の告白に俺は驚き、反射的に聞き返す。
「それは、記憶喪失ってやつか?」
「うん。だから、小さいころの記憶とか、ほとんどないの」
ユーリは微笑みながらそう言った。
それは今にも消えてしまいそうで儚げな微笑だった。
「……どうして俺にそんなこと教えたんだ?」
「なんとなくよ、なんとなくセアには言っておきたいと思っただけ」
「そうか……」
「そうよ……」
再びの静寂が俺たちの間に訪れる。
ユーリも必要以上に喋ろうとしない。お互い、そんな気力はありそうもない。
不思議なことに、ユーリに手を握りってもらい、こうして傍にいるだけで、気が付くと悪夢の残影は俺の胸の中から消えてしまっていた。
厚い岩盤に天を覆われた地下街は地上よりも格段暗い。そのため部屋の窓から月明かりが差し込むことはなく、部屋には近くの電柱の明かりが僅かに差し込んでいるだけだった。でも、こんなに暗いのに何故か温かい。少しもこの暗闇を嫌とは思えない。むしろこの時が永遠に続いてほしいとさえ思ってしまう。
またしても先に口を開いたのはユーリだった。
「明日の午後、ちょっとでかけない?」
ユーリのその誘いに俺は少なからず戸惑った。
「でかけるって…どこに?」
「別に、黄昏横町のあたりを散策するだけよ」
「でも明日もシフトがあるんじゃ―――」
「少しくらいなら問題ないわよ。そうね一時間、一時間だけでいいの」
俺はすぐに返事をできなかった。これ以上、ユーリと深く接してはいけない気がしたのだ。絆が深まるということは、同時にそれを失うリスクを背負うということだ。でも、それでも―――
「嫌?」
俺は小さな声で答えた。
「嫌なわけないだろう、もちろん行くよ」
そう言うと、ユーリは穏やかな笑顔をみせた。その赤い瞳が煌めいている。
「じゃあ、約束ね。」
―――それでも、俺はユーリの笑顔を失いたくない。
どうせすぐに終わってしまう関係なのだ。今だけは、今だけはこの温もりを感じていたい。
「ああ。絶対守るよ」
俺は深く深呼吸して、目を閉じた。
その後、ユーリが自分の部屋に戻るまで、俺達はお互いの手のひらを決して放さなかった。
セアがユーリと一緒にいられるのは傷口が治り、修理代を払い終えるまで。
復讐という宿命は決してセアを放しません。
一刻一刻と、酒場「ハチミツ」での日々に終わりが近づきます。
次回、舞台は地下街名物黄昏横町になります。
物語が「転」ずるまであと少しです。




