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復讐讃歌 〜青き瞳が世界を塗り替えるまで〜  作者: 抹茶堂
第1章「本物の仮面者」
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酒場「ハチミツ」

 要塞国家リグレジアの地下には大規模な地下街が存在する。

地上の街全体をそのまま飲み込めてしまいそうなその巨大な空間は、地下街と言うよりも地下都市と言った方が適切かもしれない。そう呼ばれていないのは地下街も地上のエリア制の影響下にあるせいだろう。


エリア間の移動に警邏の検閲を強いられるのは地下街でも同じだった。あくまで地上にあるエリアの延長でしかないということだ。地上から地下へ降りる手段は、地下街へ通じるマンホールを抜けるか、どのエリアにも数か所はあるという警邏管轄の大階段を通る以外にない。最も警邏が目を光らせているそんなリスクの高い手段を取る人間はほとんどいなく、大抵は俺みたいにマンホールを抜けて地下街へ降りる。

マンホールを梯子で降りていくと、怪しく輝く街々が顔を覗かせる。地下街はリグレジアの裏の顔だ。そこは無法地帯、治外法権であり、犯罪が横行している危険な場所である。国もそれを認識してはいるが、国家の中枢が地下街の闇に深く関係しているため、その一切を黙認しているという。地下街にはリグレジアの総人口の過半数が暮らしており、経済的に貧しい下層の人々や、警邏に追われている犯罪者、法に抵触するような商売を営んでいる人間が大半を占めている。勿論、俺もその中の一人だ。


 復讐者として、国家に対して破壊活動を繰り返す俺が安心して眠れる場所など地上には存在しない。それに、ここには俺のような隠者が多くいる。蛇の道は蛇だ。以前、エリア6で警邏第六番隊本部施設を完膚なきまでに破壊したことがあったが、その計画が無事成功したのも数名の協力者の力添えがあったおかげだった。最も、実際に計画を行動に移して本部に乗り込んだのは俺だけで、彼らはあくまで陰から支える程度しか動かなかったが。

 まあ、俺にとって協力者がいようがいまいが、奴らに復讐することに変わりはない。何が何でも成し遂げる。完膚なきまでに破壊してやる。

 そんな煮え滾る復讐心を晴らすべく、一日も早く計画を進めなければならない俺が、何故こんな古びた酒場の厨房でどこの誰とも知らない酔っ払いのために賄いを作らなければならないのか、誰か説明してくれ。ほんと頼むから。

 俺は深いため息をついた。


「おいセア!軟骨のから揚げはまだできないのか!」


 ヴァンゼの低い声が聞こえてきた。


「もう少し待ってくれ!」


「つくねともも肉の串焼きはまだか!」


「それはもう出来てる! そこのテーブルに置いといた!」


「よし!それが揚げあがったら、もう厨房はいいから料理を客に持ってってくれ、結構混んできやがった。あとついでに、二階で休んでるユーリの奴を呼びに行って厨房に入るように伝えてくれ」


「了解した」


 いい感じに揚がった軟骨のから揚げをテーブルの皿に添えて、二階に向かう。

………なんだこれは。

 何で酒場で俺はいい汗かいているんだろう。

「最悪だ……」

 ため息をつきながらも俺は階段をのぼっていく。


 ユーリとヴァンゼに出会って、もう五日が経過していた。体の怪我も少しずつだが完治へと近づいている。この酒場で働くよう宣告された俺は出血が原因で気を失った後も何度かヴァンゼに抗議してみたが、あの厳つい図体と無駄に図太い声による圧力に負け、結局この酒場『ハチミツ』でこき使われていた。


 木造の今にも崩れそうなボロい酒場にどうしたら『ハチミツ』なんてふざけた名前を付けられるのか気になるとこだったが、聞いたら聞いたで命名者が調子に乗りそうだからやめておいた。これは勘でしかないが、多分ユーリだ。絶対そうだ、間違いない。あの髭おやじが『ハチミツ』なんてメルヘンな名前をつけるとは到底思えない。もしそうなら声をあげて笑ってやる。

 一階には、主に客をもてなすお世辞にも広いとは言えないカウンター付きホールがある他に、人一人しか入れない狭い厨房と俺が壊してしまった酒瓶を収納する倉庫があるだけだ。急な階段を上るとそこは生活空間である二階。トイレとシャワー室、小部屋が三つあり、俺はその小部屋の中で一番汚い例の散らかった部屋で雨露をしのがせてもらっていた。ま、ここは地下街だから雨が降ることなんてあり得ないが。


 他の二部屋の内一つがユーリの部屋だ。

俺は数回ノックして、ヴァンゼからの伝言をそのまま伝える。

沈黙。

いや、これは無視か。無視なのか。

まだ出会って一週間も経ってなかったが、ユーリの性格はそれなりに分かっているつもりだ。

良く言うなら、自分に素直でまっすぐな女の子。

 悪く言うなら、自分勝手で諦めの悪い女の子。

 同年代の女の子と話すこと自体俺にとっては珍しいことなのに、同じ屋根の下で暮らすことになるなんて、まだ信じられないというか、信じたくないというか、俺にも自分の気持ちが上手く理解できなかった。最も彼女といると調子を狂わされるのは確かだった。俺は国家の敵として復讐者に模している時と、一般人として平凡な庶民を演じる時とでは、人との接し方を変えるようにしている。復讐をよりスムーズに遂行する為の措置の一つだ。だが、それがユーリの前では全くと言っていいほど通用しないのだ。彼女のストレートな言動は、当の昔に捨て去ったはずの復讐者になる前の俺を、不思議なことに呼び起こしてしまうのだった。言葉にできない戸惑いのようなものが胸に棲みついて消えてくれない。こんな感覚は初めてだった。


 もう一度、ノックする。返事がない。無人のようだ、とは俺は決めつけない。何故かというと、つい二日前に同じような状況でユーリに居留守を使われたことがあったからだ。もう騙されない。


「おーい、ユーリ。入るぞー」


 気怠く声をかけ、俺は扉を開ける。

 部屋の中ではユーリが寝転がって―――いなかった。無人だ。

 その代わりに目に飛び込んできたのは、色とりどりのガラス細工だった。壁際の棚や机の上に所狭しと並べられた透明な赤、青、黄、緑、紫、ピンクの輝きは、部屋を照らす電灯の光を反射して煌めいている。どこか遠い別世界にいるかのような神秘的な雰囲気が古い小部屋に広がって充満している。とても綺麗だった。

そういえば以前ユーリが、透明感のある綺麗な色が好きなの、なんて珍しく感傷的というか可愛らしいというか、とにかく女の子っぽいことを言っていた記憶がある。


「なるほどね、そういうことだったのか。……じゃあユーリはどこに」


 隠れてないだろうな、と俺が疑って部屋の中へと歩みを進めた時だった。


「いつあたしが無断で部屋に侵入することを許可したかしら?」


 振り向くと、そこにはバスタオル一枚だけを纏い、濡れた白銀の髪を滴らせながら、怒りの表情で立ち尽くすユーリがいた。

 条件反射で部屋から飛び退く俺。そのまま階下まで一度撤退したいところだったが、ユーリの処女雪のように白い腕に阻まれて、停止を余儀なくされる。


「……っと、これはだな、ヴァンゼに伝言を頼まれてだな、その―――」


「そんなことは聞いてないの。第一、伝言なんてドア越しに言ってくれればいいじゃない。あたしが訊いてるのは、無断で部屋に侵入した理由よ」


「だからそれは―――」


「言い訳なんて訊きたくないわ。この変態、変人、変質者!」


「っく……」


 この有無を言わさぬ言葉の弾幕。とても勝てる気がしない。

 まあ、確かに言われてみれば俺も悪かったかもしれない。年頃の女の子の部屋に勝手に入ったのだ。百歩譲っても俺は変質者などでは断じてないが、ここは素直に謝っておくとしよう。


「…俺が悪かったよ。ゴメン、次から気をつけるって」


「ほんとに反省してる?しゃあ、反省文を書いてもらうわ。最低でも八万字よ。ま、合格ラインはその倍の十六万字かなあ」


 ユーリは湿った頬に人差し指を当てながら宣言した。


「待て待て、そんなの人間が書ける文字数を超えてる。しかも何だ、その合格ラインってのは」


 冗談じゃない。これ以上調子に乗らせたままだと碌なことが起こりかねない。

 俺は慌ててユーリの命令を拒む。

 すると、いきなりユーリは吹き出して、声をあげて笑い出した。


「ふふ、あははは、ほんっとに、セアって、ちょっ、苦しい、助けて」


 終いには涙を滲ませて笑い出す始末だ。

 もう意味が分からない。俺にとってこの少女の言動は理解不能だ。


「なんだよ、急に笑い出して」


「いや、もう、セアがあまりにも真面目に謝りだすから。それもそんなに慌てて。ああー、ほんとにいじりがいがあるなあ」


 くすくす笑いながらユーリはそう言った。

 ……いじりがい?

 もしかして今まで怒っていたのは全部演技だったってことか。


「部屋に無断で入ったことはあまりいいことではないけど、別にその程度のことで本気になって怒るほどあたしも器の狭い女じゃないわよ」


「……ユーリ」


「うん?なに、もしかして怒った?」


 ユーリは相変わらず愉快そうな顔をしている。


「そんな馬鹿な。ははは、俺が怒るわけないだろう。ヴァンゼの伝言を伝えなきゃとおもってさ。混んできたらしいからユーリも手伝うようにとのことだ」


 こんなに乾いた笑い声をあげるのは生まれて初めてだ。


「へえ、意外と図太い神経してるのね。まあいいわ。それより、せっかくシャワーで汗流したっていうのに、また働いて汗かけっていうの? 冗談じゃないわ」


 俺は首にかけていたハンドタオルを手に取る。

そう厨房は暑いから特に汗をかくのだ。


「冗談じゃない、だと」


 そしてそれを、濡れた銀髪をのんきそうにいじっているユーリの顔に、


「それはこっちの」


 ありったけの力を込めて


「セリフだ!」


 思い切り投げつけた。

 俺の汗がしみ込んだそのタオルは勢いよく、洗ったばかりで清潔なユーリの顔面に叩きつけられ、運が良いのか悪いのか張り付いた。

 ユーリは無言…固まっていた。

 それを確認した俺は今だとばかりに階段を駆け下りる。

 客のいるホールに行ってしまえば、例えユーリと言えど手は出せまい。

 やり返してすっきりした俺は、ユーリとのやり取りに時間を割きすぎてしまったという失態に気付き、ヴァンゼにどんな言い訳をしようか迷っていた。

 だがその直後、俺の小さな復讐は大きな復讐となって背中に襲いかかってきた。階段を降りきっていない俺は、怪我をしているというハンデのせいか、見事に体勢を崩して、無様に階段を転がり落ちた。


「っぐあ、って、っつあ、んなっ、ぬえっ、痛っ───」


 声にならない声をあげてなんとか一階に到着。仰向けに倒れていた俺が、傷口が開いたかもしれない、と割と真剣に心配していると、それは追撃の手を緩めることなく俺の体に跨ってきた。


「この正真正銘の変質者が! もう怒ったわよ。覚悟しなさい、女の子の恐ろしさってやつを教えてあげるわ」


 バスタオル一枚という無防備で色気溢れる姿で俺にのしかかっているのは規定事項の如き当然さでユーリだった。ただでさえそのラインをくっきりと浮かび上がらせている胸が見上げることによってより魅力というか威力を増大させ、脇腹に当たる太ももの感触と一緒になって俺を苦しめる。いや、最も危険なのはそこではない。太腿の付け根のあたり、バスタオルでぎりぎり陰ができているがあまり動きすぎると一線を越えた何かが見えてしまいそうだ。


「馬鹿かお前は!怪我人に、しかも階段で、背中に蹴りって、ていうかその前にその恰好を」


 もうどこから突っ込んでいいのかわからない。


「馬鹿は君でしょ!格好何て別にいいわよ、裸ってわけじゃないし。…まあでも、そのいやらしい視線はどうにかしないとねえ……くらえ目潰し!」


 あろうことか、ユーリは右手でピースを作って俺の両目に向けて突き刺してきた。

僅かに顔をずらす。ユーリの人差し指と中指は俺の眉間と左目のすぐ横に当たった。俺は光眼使いだぞ。もし失明したらどうしてくれる。しかも、目じゃなくてもその勢いで突かれたらどこだって───


「痛っ、やめ、痛いって」


「大丈夫、次は外さないから」


 にやりと微笑むユーリ。

こいつ、この状況を楽しんでやがる。…や、殺られる。冗談でなく真剣に。

 ユーリは右手を引いて、再び俺の両目目がけて突き出そうとする。が、どうやら助っ人があらわれたようだ。視界の端にヴァンゼの姿が─――


「馬鹿野郎はお前達両方だ!早く仕事せんか!」


 前言撤回。助っ人ではなかった。

 手に調理用の包丁を持ち、憤怒の表情で立ち尽くすヴァンゼは本物の鬼のように恐ろしかった。



「ほんっとにあり得ない、風呂上がりの女の子に汗臭いタオルを投げつけるなんて。君、いったいどういう神経してるの」


 酒場「ハチミツ」が閉店し、客用のテーブルや食器の片づけが終了した後、やっと俺達は夕食をとる暇を与えられる。

 夕食時は、三人揃ってホールのカウンターで食事するのが習慣になっていた。まあ、その方が色々と手間が省けるからだろう。この家にはリビングなんて大層なものはないようだし。

 労働後の一服の時間。庶民の飲み物の定番である黄緑茶を俺が心地良く飲んでいると、思い出したかのようにユーリは喧嘩を売ってきた。


「あれはユーリが悪い。あんな風に人をからかうから」


 空になったグラスに冷たい黄緑茶を注ぎ足しながら反論する。


「知らないわよ、そんなの。仮に百歩、じゃ足りないから、そうね、一万歩譲ったとしても、セアが百二十パーセント悪い。これは確定事項よ」


 ユーリはそう言い、俺が飲もうとしていた黄緑茶をえいっと、無理矢理奪い取ると、まるで酒豪がビールを飲むかのような潔い飲みっぷりで、グラスいっぱいに入っていた黄緑茶を一気飲みしたのだった。

 俺が呆気にとられていると、ユーリは横目で、


「なに? 文句でもあるの?」


 と俺を威嚇し、間接キスしているという衝撃の事実をこれっぽっちも気にしていない様子で、おかわり、と空になったグラスを俺に差し出すのであった。

 やれやれだ。もうどうにでもなればいい。

馴れ馴れしいというか、変なところで警戒心が薄いというか。

 俺は黙ってグラスに黄緑茶を注ぎ足す。我ながら情けない。

 憂鬱な気分を紛らわすために、俺は話題を変えることにした。


「そういえば、今日はやけに客が多かったな」

 この酒場でバイトを始めて今日で三日というド新人な俺だが、それでも今夜の客の多さと賑わいは目を見張るものがあった。


「そうね。ここまで混んだのは久しぶりかも。何かあったのかなあ」


 ユーリは機嫌を取りなおしたというより、もうすっかりどうでもよくなってしまったという感じで俺からグラスを受け取った。もともと大して気にしてなかったのだろう。そう、さっきの文句もからかいの一環だったのだ。


「祭りの時期でもないから…たまたま常連客が同じ日に居合わせたんじゃないか?」


「うーん、どうだろう? ヴァンゼ、何か知らない?」


 ユーリは長い白銀の髪を耳にかけて、黄緑茶を口に運ぶ。

 その問いかけに、夕食中ずっと寡黙に口を閉ざしていたヴァンゼが初めて口を開いた。自然とその発言に注目してしまう。


「ああ、それはあれだ。さっき客から聞いた話だが、何やら、数日前に警邏の本部が襲われたらしくてな、地下街でも警邏の分隊長が部下を引き連れて巡回してまわっているらしい。特に今日は黄昏横町のあたりをうろついてるようでな、その影響かここら一帯の酒場は店を閉めてるってわけよ。ま、酒場で酔い潰れている連中には基本的に碌なのがいないからな。警邏の監視が厳しくなるのも仕方ないだろう」


 ヴァンゼの口は予想を遥かに超える滑りの良さで、その声も心なしか楽しそうだった。噂話が好きなのだろうか。それとも、自分は警邏にビビらずに店を開いてやったぞ、と自慢したいのだろうか。

どちらにせよ、この情報は俺にとって聞き逃せないものだった。近くに警邏がいる。顔は割れていないので、すぐに気付かれる心配はないと思うが、怪我を調べるなど、いくらでも俺をノードの亡霊だと断定する要素はあるのだ。


「警邏の本部って…もしかしてまた例の亡霊が出没したの?」


 ユーリが少し声のトーンを落としてヴァンゼに訊いた。


「ああ、どうやらそうらしい。実際に警邏と血塗られた仮面をつけた男が戦っているのを地上で目撃した輩もいるようだ。まず間違いないだろう」


「亡霊、ねえ……」


 ユーリは手で弄んでいたグラスをカウンター置き、訝しげに小さく呟いた。


「どうかしたのか?」


「ん?いえ、その仮面の正体、本当に亡霊なのかなって思って」


 俺は内心ひやひやしながら、冷静を装って返す。


「それは…まあ、そうなんじゃないか?」


「そう?あたしは亡霊なんかじゃなくてあたし達と同じ、普通の人間だと思うんだけどなー」


 思ってたよりも鋭い考察をするユーリに、俺は驚く。

これが女の勘というやつだろうか。


「いや、でもエリア6で起きたあの事件、ユーリも知らないわけじゃないだろう?」


「うん、それはそうだけど……」


 まあ確かに、あの事件を生身の人間の仕業だと言い切るには、ユーリには少々知識がたりないだろうから言葉に詰まっても仕方ない。


 ノードの亡霊。

 そんな奇妙な呼び名を俺がつけられたのは、国家に対して破壊活動を行うようになってから二年が経過した去年のことだった。俗に、『ノードの亡霊事件』と呼ばれるその一件の犯人は言うまでもなくこの俺である。


その日の夜、俺はエリア6にある第六番隊の本部施設に侵入して、電脳管理室でハッキングを行い、エリア6のありとあらゆるサイバーシステムを破壊した。それだけではない。当時の第六番隊隊長の意識に『侵入』することに成功した俺は、そいつを操って第六番隊の指揮系統を滅茶苦茶にかき乱し、警邏の動きを完全に麻痺させた。先日、第四番隊の電脳管理室に『侵入』した時は、警邏の関係施設のサイバーシステムのみを破壊したため、一般市民に影響がでることはなかったからまだ良いほうだ。エリア6の全サイバーシステムを破壊した当時は、多くの一般市民の生活に影響が出てしまい、エリア中が大パニックになったという。しかも、俺が隊長を操り警邏を混乱させたせいで、警邏の対応は大幅に遅れ、ただでさえよく思われていない警邏の信頼は完全に地に堕ちたのだった。

突然人が変わったかのように理解不能な指示を出す隊長の異様さと、サイバーシステムの暴走、そして目の前に現れた仮面の男を見て、当時の警邏が恐怖して、亡霊などというふざけた名前を付けたとしてもおかしくないだろう。


ちなみに、ノードというのは仮面に血で赤く書かれた紋章に由来している。その紋章は六年前までこのリグレジアで栄華を誇っていたノード財団の象徴だった。ノード財団とは、ファミリーネームの最後にノードと名の付く五つの一族で構成される巨大な財産を有していた大貴族の集まりのことを指している。

カジノ界の頂点、バルノード家。

建築業界の中心、ミロノード家。

先端技術業界の先駆、ヒスノード家。

料理界の帝王、アザノード家。

そして───サーカス界の主役、レグノード家。

王家にも匹敵する権力と巨万の富を有していたノード財団は、名実ともにリグレジアの中心であり、王に次ぐ支配者だった。そして、それ故に皆殺しにされたのだ。警邏の手により、ノード財団は完全に崩壊させられたのだ。

ここにこそ、俺―――セア=レグノードの復讐者としての原点があることは言うまでもないだろう。

とにかく、一族の復讐の意味を込めて仮面に書いたノードの紋章が、結果的に俺を『ノードの亡霊』と呼ばせる原因になっていたのだった。


「やっぱ亡霊の仕業なのかなあ…」


 ユーリの呟きによって、俺は我に返った。

 いけない。ノードのこととなると、つい過去へと思考をタイムスリップさせてしまう癖がある。


「どちらにせよ、俺達には関係のないことさ」


 俺はそう言い、この話題を半ば強制的に終わらせた。

 リグレジアには知らない方が幸せでいられる闇がそこかしこに転がっている。その中でも俺の抱える闇は異彩を放つ深い闇だ。そう、この光眼以外のすべてを失ったあの日。俺は誓ったのだ。もう誰も巻き込まない。俺の闇に誰一人として踏み込ませない。もう誰も失いはしない。この闇は俺一人で背負うものだ。俺一人で打ち消すものなんだ。


「なんか今日は疲れたな。先に失礼する」


「ああ。この分だと明日も混むだろうからな。よく休んでおけよ」


 グラスに残っていた黄緑茶を一気飲みして、俺は席を立つ。


「ふーん、もう寝るんだ」


 つまらなそうな顔をして、ユーリは頬杖をついた。


「ああ。また明日」


「うん、おやすみ。寝る前に今日の反省忘れないでよー」


 まったく、いつも一言多い。それにしても、また明日、か。こんなセリフを平気で口にしてしまうとは自分でも驚きだ。俺はここで暮らすようになって弱くなったのかもしれない。環境が変わって、心境まで変化してしまったのか。

 もっと強くならなくては。普通の生活に慣れてはいけない。

そんな反省じみたことを考えながら、俺は二階へ上がっていった。

読んでいただき、ありがとうございます。

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