死の覚悟
少しだけ時間を遡ります。
なぜか聞こえてきた銃声は複数だった。
しかも鉛玉が俺の体を撃ちぬくことはなく、代わりに背後で銃声と怒号が飛び交ったかと思うと、少ししてまた静かになった。
そして、誰かが息を切らしながら俺に喋りかけてきた。その低くて怒気を含んだ声は、いつも酒場で俺を叱っていた髭男の声と酷く似ていた。
「はあ、はあ、はあ、っつ、セア! お前、こんなところで何してやがる!」
そいつは俺の背後に歩み寄ると、いきなり怒鳴った。
「その声…ヴァンゼだな。何でお前がここにいる?だいたいお前が捕まえた死刑囚に向かってその言い様は笑えるな。俺はたった今、処刑されるところだったんだよ。それともあれか、お前、俺を助けに来たとでも言いたいのか?」
俺は冷たく答えた。
「はあ、はあ、処刑だと?復讐はどうしたんだ。はあ、はあ、はあ、第一、お前、ユーリを放っておくつもりか」
「どういうことだ?何故ここでユーリがでてくる?あいつは俺を捕えて任務を無事遂行したはずだ。もう俺とは何の関係もな―――」
「こんの大馬鹿野郎が! 関係ないだと? もしそれがお前の本心だったら、俺がお前をここから突き落としてやる」
ヴァンゼはかつてないほどに険しい声で俺を怒鳴りつけた。
理不尽に言いたい放題言われて、俺も少々腹が立った。
「なんだと、人を騙しておいてまだそんな戯言を叩くつもりか。ユーリに恨みはねえが、ヴァンゼ、貴様を許したつもりはないぞ。まあ、俺はこの通り身動き一つとれない状態だからな、俺を殺したければいつでもここから突き落とせばいいさ」
俺がそう言い返すと、ヴァンゼは急に大人しくなった。
「っくそが、ああ、まあいい。今のお前の言葉を聞いて安心した。ユーリに恨みがないなら、それでいい。俺はお前のことが嫌いだが、ユーリのためになるならお前が何をしようが構わない。時間がないからな、本題にはいらせてもらう。俺がわざわざここまでしてお前の死刑を止めたのは、勿論お前を助けたかったからではない。他でもない、ユーリを助けるためだ」
「……ユーリを助ける、だと?ヴァンゼお前何を言ってるんだ? まさかまた『ハイエナ』の連中に―――」
「違う! 奴らはもう解散した。そうではない。少し長くなるが、よく聞け。いいから最後まで聞くんだ。お前にも関係する話だからな。そして、考えろ。ユーリを助け出す手伝いをしてくれるならお前の命を助けてやる。だが、ユーリを見捨てるというのなら、警邏の代わりに俺がお前を殺してやる」
ヴァンゼは酷く焦っているようだった。
『ハイエナ』の連中以外にユーリに危害を及ぼす奴らがいただろうか。
それに俺にも関係する話なんて、想像すらつかない。
ヴァンゼの様子からしてとても冗談ではないようだし、俺はとりあえずその話に耳を傾けることにした。
俺がユーリと出会ったのは、六年前のことだ。
当時、第一番隊の下っ端としてエリア1で働いていた俺は、ある友人から一人の女の子を匿うように頼まれた。聞くところによると、その少女は『青き悪魔の反乱』の生き残りの一人らしく、王家から重要危険人物として指定されており、警邏に追われる身だという。俺はすぐにその頼みを断った。その友人は良い奴だったが、その少女を匿うということは国家に敵対することに通じる。第一番隊で働いていた俺は国家に敵対することの愚かさを誰よりも知っていた。だが、それでも友人は俺に少女を預けようとしてきた。しつこく何度も何度も頼まれた。やがて、少女の身に起こった惨劇を聞き、いくつかの少女に纏わる秘密を知った俺は、渋々友人に協力することを了承した。
警邏の監視の厳しいエリア1で少女を匿うことは不可能なので、俺はエリア4の地下街へと逃亡し、酒場の主として素性を偽ることにした。最終的には成功したが、エリア1からの逃亡は至難を極めた。友人が囮になってくれたおかげで何とか逃げ延びることができたが、あの時の恐怖は今も脳裏に焼き付いて離れない。その後、友人は警邏に捕まり処刑されたと聞く。俺は友人のために涙を流さない代わりに、預かった少女を絶対に守り抜くことを胸に誓った。
それから俺は酒場『ハチミツ』の主として、また、自分を『密罰』の隊員と信じ込んでいるユーリの協力者として、身を潜めて暮らしてきた。ユーリと酒場を切り盛りしていくうちに、俺はユーリをまるで実の娘のように可愛がるようになっていた。警邏にいつ見つかるかわからないといった身の危険と隣り合わせの日々だったが、俺にはそんなに悪くない生活のように思えた。
その生活に変化をもたらしたのは一人の少年だった。
そいつが世間で噂されているノードの亡霊の正体だと、俺はすぐに見破った。警邏にそいつを差し出すのは簡単だったが、その過程でユーリまで危険に晒すわけにはいかない。俺は必死で考えた。すべては警邏からユーリを守るという、亡き友人との誓いを守るために。そして、俺は決断した。『密罰』の仕事の一環として、そいつを警邏に引き渡すことを。ユーリはそれを嫌がった。そいつとユーリの間に出来上がりつつあった絆の存在を俺も知らなかったわけではない。だが、いくらユーリの頼みといっても、こればかりは仕方なかった。俺がたてた計画は第四番隊隊長キルネスの計画となり、実行に移され、そいつは捕まった。任務を終えた俺とユーリは今まで通りの日常を取り戻した、はずだった。何故ユーリの素性がばれたのかは未だ謎だが、結果的に俺の目論見は警邏に見破られ、ユーリは警邏に連行されてしまった。腕っぷしには自信がある方だが、国家権力を笠に着た警邏の前では何の役にもたたない。俺にはユーリを救い出すことはできない。だから恥も承知で俺が裏切ったそいつにユーリを救ってくれるよう頼みに来たのだった。警邏の本部をたった一人で襲撃し蹂躙するような化物だ。そいつの持っている光眼の力を使えばユーリを助け出すことが可能かもしれない。俺はその可能性にユーリの命を懸けることにした。
俺はできるだけ簡潔にユーリの素性とその秘密を説明した。
セアは壁の外を向いたまま、いつバランスを崩して死界へ落下するかわからないような不安定な処刑場の上で、黙って話を聞いていた。もっと驚くかと思ったのだが、セアは終始沈黙を貫いたままだった。
ショックを受けて声も出ないのか、それともユーリのことなどどうでもいいのか。いや、それはないだろう。地獄街で俺がユーリの裏切りを告げた時のセアの悲痛な表情にはさすがの俺も胸を痛めた。セアがユーリを大切に思っていることはさっき確認したばかりだ。
「―――これが俺の知っているユーリの抱える過去だ。そしてユーリは今、第四番隊の本部で警邏に捕えられている。準備ができ次第すぐにでもエリア1に連行されるだろう。もともとユーリは第一番隊の能力開発部隊が実験体として所持していたらしいからな。エリア1に連れて行かれたが最後、もうユーリを取り戻すことは不可能と言っていい。俺はユーリを実の娘のように大切に思っている。できることなら俺が助け出してあげたいが俺にはその力がない。だから、お前に散々酷いことをした俺が言える身ではないかもしれないが、後生の頼みだ。お願いだから、お前のその力でユーリを助けてやってくれないか」
目を隠され前を向いているセアには見えないとわかっていたが、俺は深々とお辞儀をした。頼む以上は最大限の敬意を払う。もうセアに頼むしかないのだ。
強く体に打ちつける風をものともしない驚異的な体幹で、セアは何も喋らないまま立ち尽くしている。
まるで感情の無いロボットのように、反応の無いセアを見て俺が苛立ったのは言うまでもない。この餓鬼が、人がした手に出てやれば調子に乗りやがって。
「おい、セア!時間がないっていってるのがわかんないのか!セアを助けに行くのか、見捨てるのか、さっさと選びやがれ!あと、一つだけ言っとくがな、ユーリがお前を裏切る計画に賛成したなんて決して思わないことだ!警邏にユーリの素性がばれるリスクを軽減するために、俺が無理やりに計画に協力させたんだ。キルネスの野郎に連れ去られる前だってユーリは―――」
「ヴヴァンゼエ!」
突然、セアが怒り狂う猛獣の如く俺の名を叫んだ。いや、吠えたと言った方が適切な表現かもしれない。普段は冷静に振舞うことが多いだけあって、セアがこんな感情を露わにして怒ることは珍しかった。
俺がセアの様子の変化に言葉を失っていると、セアは吐き出すようにして喋りだした。
「野暮なこと言うんじゃねえ!そして言わせるな!たった数日間だけだったが、俺にだってユーリがどんな女の子で、どんなことに喜び、どんなことに悲しむかぐらいわかる。ユーリが俺に対する裏切りを望んでいなかったことなんて、ユーリの泣きそうな顔を見た瞬間に一発でわかったさ。どいつもこいつも人を弄びやがって。気に入らないな。ヴァンゼてめえ、何故ユーリを奴らに渡した!力がないだって?それ本気で言ってんのか!てめえがまだ生きてるってことは、死んでもユーリを守るって覚悟が足りてねえ何よりの証拠だろうが!」
そのセリフは俺の理性を吹き飛ばすのに充分過ぎるほど癇に障るものだった。
「んだと、こら!本気でそこから突き落とすぞ!俺がどれだけユーリを大事にしてきたと思ってるんだ!あの赤の光眼使いキルネスに加え、何人もの警邏を前にして俺に何ができたって言うんだ!おい餓鬼!答えてみろよ!」
処刑板に足を踏み入れる直前までセアに近寄り俺は叫んだ。
するとセアは姿勢を変えずに、処刑板から絶叫して命乞いをする死刑囚のように死界の闇に向けて叫び返してきた。
「何でもできるに決まってんだろ!力がないならユーリを守る盾になればいい。敵わないならユーリを引きずってでも逃げればいい。それでもどうしようもないっていうなら、刺し違える覚悟で警邏にぶつかるだけだ。ヴァンゼ!お前のとった行動は正しいさ。実際、お前がここにきてくれなければ俺はもうこの世にいなかっただろう。だが、お前のとった行動に納得はできないな。お前には死んでもユーリを守り抜くって覚悟がまだまだ足りねえよ。だから―――」
セアは目隠しをされていることなど気にも留めない様子で踵を返して、俺と向かい合った。この時初めて気づいたが、セアの白かった肌は固まった血と痣で埋め尽くされていた。拷問の痕だろう。
俺がその姿とセリフの迫力に圧倒されていると、セアは最後に一言だけ言い放った。
「―――だからユーリは、死んでも俺が助け出す。例え刺し違えてでも」
そう言って、セアは誰にも邪魔はさせないといった威圧的な覇気を纏って、処刑板からこちらへと歩き出したのだった。




