残酷な終止符
「今だ!突入しろ!」
聞き覚えのある、人の神経を逆なでするような声が部屋に響き渡った。
一階の雑魚どもは全員気絶させたはずだ。どうして他に人がいる。
その声を合図に複数の足音が部屋に乱入してきた。
現状が把握できない。ただ、何かがおかしいという危機感だけは感じていた。
すると、その声の主が部屋の明かりをつけた。
部屋中が真っ白な光であふれかえる。突然の明かりに俺は手で目を覆った。
「何がどうなっているんだ、これは一体―――」
目が光に慣れ、部屋を見渡した俺は絶句した。
何故、何故、警邏がここにいる。
何故、何故、キルネスがここにいる。
そして何より、何故、ヴァンゼ、お前がここにいる。
ユーリの救出を警邏にお願いしたのか。でもヴァンゼにはユーリが攫われたなんて一言も言っていなかったはずだ。それ以前に警邏がたった一人の女の子を救出するためにこんな地獄街までくるわけがない。地下街で誰かが攫われるなんて珍しい話じゃないのだ。ましてや隊長じきじきに出向くなんてもってのほかだった。
「久しいな。ノードの亡霊。いや、セア=レグノードと言った方が正しいかね」
俺は驚愕した。今だって仮面をつけているのに何故、俺の正体がわかる?
キルネスは警帽を深く被り直すと、驚いている俺を滑稽だと言わんばかりに嘲笑い、おもむろに語り始めた。
「まあ、お前が見破れなかったのも無理はない。今回、私がたてた計画は完璧だった。私の明晰な頭脳に、優秀な手駒、例外的な協力者。何一つ無駄のない作戦だった。立案者は私ではなかったがね。通称、ノードの亡霊。本名はセア=レグノード。お前にはいくつもの罠が張り巡らされていたのだ」
「罠……だと」
「そうだ。せっかくだから教えてあげよう。どうせ数日後にはお前はこの世から消えてなくなるのだからな。そうだな、ヴァンゼ、お前の口から言った方が彼も素直に信じてくれるのではないか?」
キルネスに指名され、ヴァンゼは俺に一歩だけ歩み寄ると、今までの寡黙さが嘘だったかのように滔々と喋り始めた。
「どこから話せばいいのか。とりあえず、セア。落ち着いて聞いてくれ。お前が俺の酒場に落ちてきたあの日、俺達はすぐにお前の正体を知った。ノードの亡霊の外見の特徴は有名だしな。すぐに通報しようか迷ったが、怪我がひどかったからな、見てられなくてついつい手当してしまった。少ししてお前は目を覚ました。一まず俺はお前を逃がさないためにバイトとして家に拘束することに決めた。お前のことを警邏に知らせたのはその数日後だ。だが、ここで一つ誤算が生じた。それはお前が予想を遥かに上回る速度で回復してしまったことだ。例え大勢の警邏で酒場を囲み、お前を捕えようとしても、その光眼を使ってお前は上手く逃走してしまうだろうからな。だから、俺達は一計を案ずることにした。その計画はお前を騙してどこかの逃走困難な場所に誘い込み、逮捕するというものだ。そのためにハイエナの連中も利用させてもらった。ま、こいつらは計画のことなんて微塵も知らないがな」
思考がヴァンゼのセリフに追いつかない。
頭に浮かびあがった疑問を俺は訊ねた。
「待てよ…なんで一般人のお前がそこまで警邏に協力するんだ?そんなの一般人が関与していい領域を超えてるぞ。それに、俺達って言い方はやめろよ!ユーリは関係な―――」
「―――俺達は第零番隊の隊員だ」
もう先ほどから衝撃の連続で、脳がどうにかなりそうだ。脇腹からの出血も気にならないほどに、俺は混乱していた。
第零番隊だと。そんなの聞いたことない。警邏の本部でサイバーシステムにアクセスした時も第零番隊なんて単語はデータに無かった。
困惑している俺を見かねて、キルネスがヴァンゼの説明を補足する。
「わたしが解説してあげよう。正確に言うと、二人は第零番隊にある特殊部隊のうちの一つ。『密罰』の一員なのだ。警邏関係者の中でもその存在を知る者は少ない。何といってもデータバンクにも載っていないくらい機密度の高い情報だからな。まあ、ここには警邏と処刑予定者しかいないから言うが、『密罰』とは、一般市民の中に身を潜め、隠れた犯罪者を密告する隠密部隊なのだ。彼らはそのメンバーとして国家に忠実に任務をまっとうした。わかったか亡霊?」
なん…だと……隠密、部隊の一員…俺は今まで弄ばれてたってことか。
「おい、彼女の拘束を解いてやれ」
キルネスが部下に命じる。
ユーリは拘束を解かれて自由になった。
「ではお次は、亡霊の心を奪った凄腕の『密罰』ちゃんに説明してもらおう」
この時、俺はまだ心のどこかで二人の裏切りを疑っていたのだと思う。
だが、重たそうに唇を開いたユーリに無慈悲な現実をつきつけられ、そんな俺の幻想は打ち砕かれた。
「……ごめんなさい、セア。すべて本当の話よ。あたしは『密罰』。あなたが復讐の相手として憎んでいる警邏の一人よ」
「…嘘、だろ。じゃあ、今まで笑いあったのも喧嘩したのも一緒に岩山に登ったのも、サプライズも、全部演技だったってことか」
俺が訊ねると、ユーリは眼を逸らし沈黙でそれを肯定した。顔を伏せていて表情が読めない。
「ユーリ、もういい。残りは俺が説明しよう」
ユーリを気遣ってか、ヴァンゼが俺とユーリの間に割って入った。それを見て、キルネスがつまらなそうに舌打ちをするのが聞こえる。
「とある筋から得た情報で『ハイエナ』の連中がお前を探していることを知った俺達は、それを利用してお前を追い詰めることにした。ここ、『ハイエナ』のアジトにな。連中にユーリが連れ去られることも、それを助けるためにお前がここに来るであろうことも、すべて計算済み、計画通りだった。……理解したか、セア。お前は最初から俺達に嵌められていたんだ」
俺はもう、何も言えなかった。
「ま、ここの屑共がユーリに少々手荒な真似をしたことは計画の範囲外だったが。それにしても、さすがはノードの亡霊だな。犯罪集団をたった一人で全滅させるとは…酒場で働いている様子を見る限りでは、普通のバイトの少年にしか見えなかったが。…これが本性か。恐ろしい」
部屋を見回してヴァンゼが呟く。
そういうことか。ヴァンゼ。お前が寡黙な風を装っていたのは犯罪者であるこの俺と会話をしたくなかったからだったんだな。その化け物を前にしたかような目を見れば、俺にもわかるさ。
そういうことか。ユーリ。まあ、こんな得体の知れない俺なんかに、初対面の女の子があんなに優しく親しげに接してくれるなんて不思議だとは思っていたんだ。だとしたら、君が第零番隊の隠密部隊員だったとしても納得がいく。この亡霊がまんまと騙されてしまった。君に握られた手のひらから本物の温もりを感じてしまった。朝顔の髪飾りに君との絆を感じてしまった。完敗だ。
こんな狭い空間で周りを拳銃で武装した警邏に囲まれてしまったら、ノードの亡霊なんて恐れられている俺にも為す術は無い。赤の光眼使いの第四番隊隊長キルネスもいる。二人も隠密部隊というからには戦闘向きの警邏ではないだろうが、第零番隊の『密罰』という謎に満ちた後ろ盾がある以上、迂闊に手出しはできない。もしかしたらヴァンゼとユーリも光眼使いかもしれないのだ。それに―――ユーリと戦うなんて、俺にはできない。
こうして、五年前から始まった俺の復讐人生は、初めてできた大切な人を助けようとしたがために、惨めにもあっけなく幕を閉じたのだった。
物語はまだ終わりません。
次回から新章になります。




