復讐者の実力
更新が遅くなりました。
今回は少々長めになってます。
奴らのアジトは地獄街の片隅にあるという。
地獄街。それは太陽の陽射しの届かない地下街の更に下に埋もれるようにして存在している。地下街を貧困者と犯罪者たちの街とするなら、地獄街は犯罪者たち専用の街だ。その街に住まう者は皆が皆、何らかの犯罪に手を染めた罪人で、そこには狂人や廃人ばかりが住んでいるという。まさに地獄。人の道を歩むことを放棄した人々が住むその街の存在を知っている者は少なく、俺も数か月前にとある人物を探していた際、偶然迷い込んでしまい、その異様な雰囲気に嫌悪したのを覚えている。地下街のように開けた巨大な空間のない地獄街は、まるで蟻の巣のように入り組んでいて迷路になっており、迷い込んだが最期、二度と外には出られないと聞く。
エリア4の地下街南部にあるというその入口をテロットから聞き出した俺は、ダークレッドの外套とノードの仮面を身に纏い、地獄街特有の複雑に曲がりくねった暗い道を進み、やがてそこに辿り着いた。迷路でいうところの行き止まりにそびえ立っているそれ―――犯罪集団『ハイエナ』のアジトは、揺らめく松明の灯に照らされており、この世のものとは思えないほど悍ましい雰囲気を放っていて、それは亡霊なんて呼ばれている俺に相応しい場所のように思えた。正面にある大きな扉の近くに薄汚い男たちが数人たむろしている。
俺は仮面が固定されているのを再確認すると、歩調を緩めることなく扉に近づいていった。男たちの何人かはもう俺の存在に気付いているようだ。
腐れ外道共が。ノードの亡霊を怒らせるとどうなるか、しかとその眼に焼き付けて、無様に死にゆくがいい。
俺は静かに瞼を閉じ、ゆっくりと開いて、視た。
奴らのアジトは二階建てで、一階には雑魚しかいなかった。体力を温存したかったので、雑魚の処分は光眼の力で手短に済ました。光眼も使い過ぎると精神力を削られるというデメリットがあったが、今は時間が惜しい。『侵入』を使えば複数相手でも一瞬で片が付く。
二階へと続く急な階段は真っ暗で明かり一つない。奴らが待ち伏せしていないか警戒しつつ上ると、二階には扉が一つしかなかった。
「ここだな」
深く深呼吸する。ここからが本番だ。ミスは許されない。自然と視界が細まり、瞳の焦点に神経が集中する。絶対、絶対に助け出す。そう、胸に刻み込む。
そして、俺は思いっきりその扉を蹴り飛ばした。
木材の割れる大きな音がして、ひしゃげた扉は部屋の中へと吹き飛んでいった。そして部屋の中の光景が目に飛び込んできた。
その時俺は、自分が何を見ていているのか認識するのに数秒を要した。最初は、そういうデザインの壁紙なのかと思った。
「これは……」
宴会でも開けそうなくらい広いその部屋の壁、天井、床のほとんどが黒ずんだ赤で染まっていた。まだ鮮やかでみずみずしい赤もあれば、乾ききって濁った赤もある。これは、血だ。その量から一人だけのものではないことがわかる。少なくとも三十、いや五十人くらい血が必要だろう。これは部屋を染め上げるほどの血がこの場で流されたことの証明だ。
薄暗い部屋には『ハイエナ』の幹部陣であろう男たちが左右に三人ずつ壁に寄りかかるようにして立っており、中央の奥に一人だけソファに腰を掛けている男がいた。こいつが『ハイエナ』のボスだろう。そして―――
「ユーリ!」
ボスらしき男が座っているソファの横の地面に縄で縛られて身動きが取れない状態で横になっているユーリを発見した。
「―――」
ユーリの口はテープで塞がれていた。でも、無事でよかった。一瞬でもそう思い込んでしまった己の愚かさに腹が立ってしょうがない。
ユーリの衣服はところどころ刃物か何かで裂かれた跡があり、ほとんど半裸と呼べる状態に近かった。外傷は見られないが、とても無事とは言い難い姿だ。
それを目にした時、俺は迸る怒りの激流をせき止めていた決壊が音をたてて瓦解していくのを感じた。
許さない、もう、死んでも許さねえ。
こいつらには苦悶の表情を浮かべ悶え死ぬような、最低の死をくれてやる。
撃ちぬいて、切り裂いてやる。
血が逆流するような全身が震撼する感覚が襲う。こんな気分は初めてだ。
直後。
俺がユーリに気を取られて油断しているとでも思ったのか、連中は左右から一斉に襲いかかってきた。左、右、正面から計三人が鋭利なナイフを突き出してくる。
いいだろう。拳銃も使わないでやる。
俺は右手で短剣『レグテッド』を鞘から抜き取ると、右斜め前方に体を傾け地面を蹴った。一瞬で間合いを詰める。男のナイフを、体を少し背けて紙一重絵で躱す。そしてすれ違い様に短剣を男の喉元に突き刺す。鮮血が飛び散る。体が血で汚れるが、身に着けてる外套はもともと血の色に似たダークレッドなのであまり汚れは目立たない。
後ろから接近する気配を感じとり、俺はすぐに短剣を死んだ男の喉元から抜き、振り向きざまに、振り下ろされたナイフを短剣で受け止める。力のベクトルを横に逸らしてナイフを弾く。膝を曲げ瞬時に力をためて、跳ぶ。男の頭を鷲掴みにしてその顔面に膝蹴りを叩き込む。鈍い音が響き、男の歯が砕け散る。悶絶してしゃがみこんだ男の後頭部に容赦なく短剣を突き刺す。小さな血の噴水が飛沫をあげる。すぐにもう一人が接近してくる。
前言撤回。やっぱり体力と時間が惜しい。形見の短剣を必要以上に外道の血で穢すのも癪だ。どんな形でも殺せればいい。拳銃くらいは使うか。
左手で腰から拳銃を引き抜き、男に照準を合わせて引き金を引く。射殺完了。
眉間を撃ちぬかれ倒れる男を横目に俺は足元で死んでいる男の後頭部から短剣を抜き取る。血振りをして、外套で汚れをふき取る。
あと四人。
だが、これは相手が戦意喪失していなかった場合の数だ。
正直、ユーリにこれ以上凄惨な光景をみせるのも胸が痛む。彼女は腐れ外道共や俺みたいに闇の中で生きている人種ではないのだ。
俺が正面に向き直り、歩みを進めると、ソファに座っている男を除く残りの男たちが襲いかかってきた。
そうだった。こいつらはまともな人間じゃないというのに、戦意喪失して逃げ出すことを期待した俺が馬鹿だった。さて、どうやって殺してやろうか。
俺が姿勢を低くして一番手前の男との間合いを詰めようとした刹那、しゃがれた低い声が部屋に響き渡った。
「うおい!止まれゴミ共!」
その一喝で、俺を襲おうとしていた三人の足がぴたりと止まる。
「てめえら、少し大人しくしてろ!勝手に動いたら処刑するぞ!」
ソファに座っているその男はやはり『ハイエナ』のボスだったようだ。怒鳴られた男たちが震えあがって壁際まで退いてしまったことから察するに、余程恐ろしいボスなのだろう。
よく観察すると、ソファの男は他の男達と同様に、土埃に塗れ卑しく光る髪で薄汚い格好をしていた。ただ一箇所を覗いて。そう、男には瞳がなかった。本来、目があるべき部分には暗い空白があるだけだ。何故―――いやその理由は顔にくっきりと表れている。男の顔には、目と目を線でつなぐように細い一直線の切り傷が刻まれていた。これは刃物か何かで瞳ごと切り裂かれた証だ。
「いよお、久しぶりだなあ?ノードの亡霊野郎」
俺が男の容貌に驚いていると、理解しかねる言葉をかけられた。
久しぶり…だと?
俺はこいつに会うのは初めてのはずだ。
俺が困惑していると、男は衝撃の事実を告げた。
「まあな、この顔じゃあてめえが思い出せないのもむりはねえ。いいだろう。教えてやる。俺の名はコレッガ。元第六番隊隊長コレッガ=ヘルソンだ。一年前、てめえに操られた間抜けたあ俺のことだ。ああ今でもてめえに全てを奪われた恨みは忘れねえぜ!殺してえ、ぶち殺してやりてえ。このくそったれが!」
「……元第六番隊隊長だと、まさかお前があの時の隊長なのか」
「ああそうだ。亡霊野郎、俺はてめえを来る日も来る日も探して憎み恨み続けてきたんだ。今この時を待ち望んでいたんだ。お前をぶち殺せるこの時をなあ!」
俺は驚愕した。
こいつがあの時の男だなんて、とても信じられない。
一年前、俺がエリア6にある第六番隊本部で『侵入』した隊長は、さらさらした茶髪をなびかせて高慢に振舞う、いかにも貴族出身という風な、いけ好かない男だった。だが、俺の目の前にいるこの男は、汚らしく汚れた髪で当時みたいな帰属特有の気品は少しも残っておらず、高慢でいけ好かないところを覗いて、まったくの別人だった。不気味なほど背筋が曲がり、頬も痩せこけていて生気がまるで感じられない。当時の面影は皆無に等しかった。
「なるほどな。それで俺に復讐ってわけか。いいだろう受けてたってやる。でも、だったら何故最初から俺を襲わなかった。彼女は関係ないだろう」
俺はコレッガに怒りの叫びをぶつけた。
コレッガは卑しく嘲笑う。
「くくく。まさかノードの亡霊に女がいたとは、俺も驚いたぜ。まあ心配するな。この女には手え出してねえからよ。まだ、な。そういえばこの女、部下に聞く限りじゃなかなか珍しいツラしてるらしいじゃねえか。銀髪に赤眼だったか。俺には見えねえから何ともいえねえが、なかなかの美女らしいし、奴隷市に売りに出したら高く売れるかもなあ」
「…貴様」
俺は短剣を強く握りしめた。
「なに、てめえが俺に勝てばいい話だろう。亡霊野郎。てめえが死んだらこの女は飽きるまで犯して売りに出す。てめえが俺らを殺せたら持って帰ればいい。まあ、できたらのは話だがな」
そう言い、コレッガはソファから立ち上がると、部下に命令を下した。
「てめえらは背後からこいつを狙え。俺は正面からやる。だが、てめえらはあくまで援護するだけでいい。この亡霊野郎をぶち殺すのは俺の役目だ」
コレッガの指示に従い、残りの部下三名は俺の背後に回った。
「上等だ。貴様ら全員始末して、俺は彼女を助け出す。コレッガ、貴様は楽に死ねると思うなよ」
「威勢がいいな。せいぜいあっさりと殺られねえように気を付けるんだな。こちとらてめえへの恨みは溜まりに溜まって爆発しそうなんだ。楽しませてくれよ。オラ、行くぞ亡霊!」
コレッガの一喝で、背後の三人が一斉に襲いかかってきた。
コレッガ自身はというと、ナイフを両手に持って獲物を狙う蛇のような気色悪さで俺が隙を見せるのを伺っている。
形勢は俺の圧倒的不利。だが何の問題もない。俺は万が一にも負けないし、億が一負けたとしても、ユーリを助け出すまで俺は死なない。
背後の三人をぎりぎりまで引き寄せて、俺はブリッジをする要領で後方に跳躍し空中で一回転する。いわゆるバク宙だ。三人の背後に降り立ち、一番近くにいた男の首を振り向きざまに一閃。頸動脈から血飛沫が噴き出す。これで奴らの包囲網から脱出でき、コレッガとも距離を取ることに成功した。左右から接近する男達の攻撃を回避する為、バックステップ。左にいた男の胸に鉛玉を打ち込む。銃声とともに崩れ落ちる男。残った男が聞き取れない声で唾液をまき散らしながら突っ込んでくる。自棄になったら殺し合いは負けだ。俺はナイフを右手の短剣で受け止め、男の脇腹に左手の拳銃を向けて引き金を引く。脇腹を打たれた程度ではすぐに死ねないだろう。男が倒れる寸前にその頸動脈を短剣でかきっきる。これであとはコレッガだけになった。
「さすがは俺の第六番隊を壊滅寸前まで導いただけはある。光眼を使わないでその強さ。腹が立つが、権力を笠に着て強がっていた一年前の俺が敵わなかったのも納得できるな。だが、それはもう昔の話だ。もうてめえには『光眼』で俺を操ることはできない。なにせ、俺には眼がねえからなあ。それに純粋な戦闘においても、俺はてめえ勝っている。てめえと俺の部下との殺し合いを見物して確信したぜ。ノードの生き残りだか何だか知らねえが、亡霊野郎、ここでてめえの復讐も命も愛する女も全て俺がぶっ壊してやるよ」
「この腐れ外道が。もともと部下は捨て駒だったってことか。…まあいいさ。それより、今何て言った?俺の全てをぶっ壊すだと?笑わせるなよ。お前如きに壊せるほど、俺の復讐は脆くない。お前如きに殺されるほど俺は軟弱じゃない。お前如きに……ユーリを好きにさせやしない」
俺は拳銃をしまった。コレッガは短剣だけで倒す。これは意地ではない。腕の立つ刃物使いとの近距離戦において、拳銃は邪魔になる。腕と肩の力を抜き、だらんと体をリラックスさせる。集中。
俺が睨みつけていると、コレッガは不敵な笑みを浮かべて言った。
「なら、ちゃんとその大切なものとやらを守らねえとな」
まさか、こいつ。
思うよりも先に体が動く。嫌な予感が的中した。
コレッガはユーリに向ってナイフを振り下ろす。その刃がユーリに触れる寸前、俺の短剣がその間に割って入る。間一髪だった。それにしてもなんて力だ。俺は両手でナイフを受け止めているというのに、コレッガは片手だけで俺を抑え込んでいる。
「コレッガ、貴様だけは絶対に許さない」
「ああ?誰が誰を許さないってえ? 言ってみろよこの亡霊が!」
コレッガがもう片方のナイフを俺の胸に突き刺そうとしてくる。俺は何とか受け止めていたナイフを押し返して後ろに跳ぶ。突き出されて方のナイフが外套を切り裂く。危なかった。ほんの少しでも遅れていたら致命傷を負わされていた。しかしこの状況は厄介だ。普通の一対一ならともかく、ここにはユーリがいる。俺は彼女を守りながらこのずる賢い野獣みたいな外道と戦わなくてはならないのだ。切り札であるべき光眼もコレッガ相手には役に立たない。どうする。どうやって奴を殺す。くそ、考えてる暇なんてないか。またユーリを狙われたらまずい。とりあえず、攻める。
コレッガとの間合いを一瞬で詰め、すぐに右に跳び、勢いよく繰り出される二本のナイフを避ける。
それにしても、目が見えないのにここまで戦えるとは恐れ入る。足音や気配で俺の動きを察知しているのだろう。見た目も中身も本物の獣のようだ。
「亡霊野郎がちょこまかと蚤みてえに跳び回りやがって、とっとと死ねや!」
コレッガの死角に回り込み剣撃をしかけては引く。コレッガが左右のナイフを交互に振るってくるのを、俊敏なステップと短剣の剣先を器用に組み合わせて紙一重で交わす。この攻防の繰り返しを俺達は約十分間続けた。
消耗戦になったらこちらが有利だ。奴はもう息を切らしている。ナイフ捌きもだんだん雑になってきている。あと少しで決着がつく。
「どうしたコレッガ。もう限界か?」
俺はコレッガをけしかけた。
「ぜえ、ぜえ、ぜえ、ぜえ、てめえ、調子に乗りやがって、ぜえ、ぜえ、いいだろう。とっておきの恐怖を味あわせてやる。この地獄街ならではのな」
コレッガは顔を醜く歪めて部屋の入口に近づいていき、いきなり近くの壁を殴った。その理由は一瞬にして理解できた。
突然、部屋の明かりが消え、視界が黒く塗りつぶされた。真っ暗闇だ。おそらく電灯のスイッチを切ったのだろう。なるほど。確かにこれは相当厄介だ。音と気配を頼りに戦うしかないこの状況下で、殺し合いにおいてコレッガに勝るものなどいるはずもない。
「どうだ?地獄街の暗闇はいいだろう。癇に障るうぜえ光の入り込む隙間なんてない完全なる闇だ。てめえの身軽さはたいしたもんだが、視界を封じられたこの状況では無闇に動けねえだろ。…じゃあ行くぜえ」
その言葉を最後に、コレッガは完全に気配を断った。
俺は最大限に五感を研ぎ澄ませる。足音、呼吸音、布の擦れる音、何でもいい。とにかくコレッガの正確な位置と攻撃のタイミングを把握しなくてはならない。さもなくば、奴のナイフの餌食となってしまう。
このような視覚や聴覚を麻痺させられた戦場においての常套手段は、一旦引いて体勢を立て直すことだ。だがそんなことをしたらユーリに危険が及んでしまう。それだけは絶対に避けなくてはならない。なんとしてもこの何重にも不利な状況を切り抜けて、ユーリを助け出さなくては。一刻とはいえ、彼女はひねくれ冷めていたこの俺に人の温もりを感じさせてくれた。人間らしい喜びを思い出させてくれた。復讐を成し遂げなくてはならない俺にはもう二度とあの時間が訪れることはない。それでいい。それでいいのだ。だが、そんな日陰の世界を歩む俺の因果の鎖に彼女を巻き込むわけにはいかない。雨上がりに陽射しを受けて輝く花々のようなあの笑顔を、俺は守り抜かなければならないのだ。
俺は体勢を低くして不規則に部屋中を動き続けた。奴は暗闇でも気配だけで俺の居場所を察知して攻撃をしかけてくるだろうから、立ち止まったままというのは愚かなことだ。
どこだ。どこに隠れている。
その時だった。背後で微かに摩擦音がしたのを聞き取った俺はすぐさま真横に転がった。左脇腹に熱い痛みが走る。くそっ。やられた。コレッガが小さく舌打ちをするのが聞こえる。幸い傷は浅いようだが、このままでは―――
今度は何の音もしなかった。外套に固いものが触れる瞬間まで俺は差し出されたそのナイフに気付くことができなかった。刃が深く左腕に突き刺さり激痛が走る。枯れたような吐息が喉から漏れる。俺は咄嗟に右手の短剣を奴がいるであろう真正面に差し出す。が、短剣は宙を刺しただけだ。ドスっ。直後、もう一本のナイフが俺の左脇腹に食い込んだ。しまった。先ほど俺の左腕を刺したナイフは奴の右手ではなく左手のもの。今、左脇腹を刺したナイフは奴の右手のものだ。つまり奴は後ろから俺を襲っていたのか。素手で刃を掴みナイフが柄まで挿入されるのを阻止するが、左脇腹は先日の第四番隊本部襲撃の際に負った怪我が完治していなく、ただでさえ壮絶な痛みが倍加される。内臓を抉られるような感覚だ。
「終わりだ、亡霊野郎。苦しみ悶えながら死ぬがいい。あの女のことなら心配するな。俺のペットにしてやるよ。確か名前はゆう―――」
耳元で囁きかけてきたコレッガの顔面に後頭部で頭突きをかます。鼻の骨が折れる嫌な感触がする。
「蛆虫みたいに醜く穢れたその声で、彼女の名を口にするんじゃねえよ!」
感情が昂る。戦闘において冷静さを失うことは死に直結する。ここに突撃して奴らとやり合う中で、怒りが爆発しそうになったことは二、三回あったが、なんとか、怒り冷ましてその全てを純粋な殺意に昇華して、冷静さを保ってきた。だが、今こいつなんて言いやがった。ペットだと。ふざけやがって。
顔面への頭突きがそんなに効いたのか。左脇腹に食い込んでいるナイフの力が少し弱まる。今だ。そのナイフを抜き取り、右手に持っていた短剣を口に咥える。背後を振りむき、再び俺に襲いかかろうとしている奴の両腕を、空いた両手で素早く捕え、強く手前に引っ張る。体勢を崩し前によろめくコレッガ。その鼻血で汚れた顔に俺は右足のつま先をめり込ませる。呼吸する暇さえ与えない。すぐに両手で奴の髪を鷲掴みにして毛をむしり取りながら顔面に膝蹴り。一回、二回、三回、四回、五回…何回も何回も顔の原形がなくなるぐらい力をこめて叩き込む。
やがて、コレッガは足元から崩れ落ちた。
口に咥えていた短剣を手に取り、奴の首をかきっ切る―――そう、それですべてが終わり、ユーリを酒場まで送り届け、俺は再び復讐者として孤独に生きていく。そうなるはずだった。
次の瞬間、誰かが何かを叫んだ。




